特集2023.08-09

平和の訴えを止めない
安全保証環境の変化と平和運動
核の被害という揺るぎない事実が
核兵器廃絶への原動力

2023/08/16
ロシアによるウクライナ侵攻を背景に核兵器の脅威が高まっている。安全保障環境の変化を背景に防衛力強化を訴える声もある。そうした中、核軍縮をどう訴えていけるのか。
畠山 澄子 国際交流NGOピースボート共同代表

高まる核兵器の脅威

ロシアのウクライナ侵攻によって核兵器使用の脅威が高まっています。昨年夏のNPT再検討会議でウクライナからの出席者が、核兵器がいつ使われるかわからない中で生きる恐怖を述べた上で、核兵器の脅威にさらされること自体が、核兵器の被害者であると語っていました。とても印象的でした。核兵器は、使われる側からすれば恐怖でしかありません。

一方、ロシアからベラルーシへ核兵器が配備されるように、核兵器の拡散に歯止めが利かなくなっています。戦争状態になると原子力発電所が危険な兵器になってしまうこともウクライナの事例から明らかになりました。民間軍事会社ワグネルが反乱を起こした際、核兵器が標的になる可能性もゼロではありませんでした。核の脅威は高まっています。

戦後、核不拡散条約(NPT)体制が、5大国に核兵器の保有を許してきたのは、大国であれば信頼があり、一定の国際秩序をつくると見られてきたからです。しかし、そうした前提はロシアのウクライナ侵攻で崩れてしまいました。大国だから戦争しない、核兵器を使わないという仮定は揺らいでいます。

こうした状況の中、メディアでは一時期、「核共有」を巡る議論に注目が集まりました。日本を取り巻く安全保障環境の不安定化がこうした言説の理由として使われているのだと思いますが、核兵器の怖さを知っているのなら、危機をあおるべきではありません。

不安が高まると防衛力強化の声が強まりますが、視点を変えて周辺国の目線で見れば、日本が緊張を高めている側面もあります。自分たちが核兵器のリスクを高めることに加担していないか、客観的に見る視点も必要だと思います。

「広島ビジョン」の評価

今年5月に広島で開催されたG7サミットは、G7としては初めて核軍縮に関する「広島ビジョン」を取りまとめました。

率直に残念な内容だったと感じています。各国の首脳が被爆地・広島を訪れ、平和記念資料館などを見学し、世界の注目が集まったことは良かったと思います。一方、核軍縮をライフワークとしてきた岸田首相が、核不拡散をテーマにすると言っていたわりに期待した成果はありませんでした。

「広島ビジョン」に書かれていたのは、これまでNPT再検討会議などで言われてきたことの焼き直しでした。核軍縮にコミットすることも、核兵器のない世界をめざすということも、これまでの国際会議で確認されてきたことであり、広島でなくても書けるものでした。

一方、「広島ビジョン」には、核兵器は防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止するものという文言が含まれています。広島や長崎の被爆者たちが言い続けてきたのは、核兵器は絶対悪であり、抑止の意味でも肯定されてはいけないということでした。それが「広島」の名を冠する声明の中で、核兵器の抑止力を肯定する文言が盛り込まれました。このことは、被爆者をはじめ多くの人を裏切る結果になりました。

こうしたことは、これまでの経緯を知らない人にとっては気付きづらいのも確かです。問題を指摘する側も、どこに問題があるのかを丁寧に発信することが必要だと感じています。

日本は、核保有国と非核保有国との橋渡しをすると言いながら、実態はかなり保有国の方を向いて機嫌を損ねないようにしています。国の規模は小さくても、核兵器禁止条約の取りまとめに奔走し、具体的なリーダーシップを果たした国も存在しています。「唯一の被爆国」をうたう日本が、それをなぜできないのか、とても残念です。

今年11月下旬には核兵器禁止条約の第2回締約国会議が開かれる予定です。日本がオブザーバーとして参加するよう、与野党の政治家に働き掛けていきたいと思います。

核の被害という事実

核の被害というと、広島・長崎の原爆投下を思い起こす人が多いでしょう。しかし、核実験や原発事故などで苦しむ核被害者は世界中にいます。

私たちは、そうした人の話をたくさん聞いてきました。核の被害という揺るぎない事実があるからこそ、私たちは、戦争はダメだし、核兵器はダメだということを訴えることができます。それは核兵器の抑止力に疑問を突き付けます。核兵器には戦争を抑止する力があるといわれますが、現実には戦争が起き、核の被害が生じています。核の抑止力というのはあいまいなものでしかありません。一方、核による被害は実際に生じています。その揺るぎない事実が、私たちが核兵器廃絶を訴える原動力になるのです。

そのためにも核の被害の深さや広さというものをもっと多くの人に知ってもらう必要があります。それには世界とつながることが大切だと思います。核の被害の痛みは、被害を受けた人が日本人だから感じるわけではありません。どの国で起きても、同じ人間としてその痛みを共有することができるはずです。広島や長崎の被爆者の話を聞くほかにも、マーシャル諸島やチェルノブイリの人たちなど、世界の核被害者の話を聞くことに力を入れていくべきだと思います。

安全保障環境が変化する中で危機をあおるような言説も見られますが、国際環境は変えることができます。武力に頼るのではなく、対話の手段を尽くしたのか責任をしっかり問い続けることが必要です。核の被害という事実に基づいて核兵器廃絶を訴え続けていきます。

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