特集2023.08-09

平和の訴えを止めない
安全保証環境の変化と平和運動
これからの平和学習をどうする?
新しいオリジナルの
平和学習をつくろう

2023/08/16
戦争体験者が少なくなる中で、平和学習のあり方が問われている。平和学習を次の世代につなぐために何が必要なのか。現場で実践を重ねる研究者に聞いた。
林田 光弘 長崎大学RECNA
特任研究員
シンクタンク一般社団法人「長崎みんな総研」メンバー

──平和学習に関する現状の課題は?

日本の平和学習は、アジア太平洋戦争の歴史学習がベースとなってきました。長崎や広島の被爆者や沖縄のひめゆり学徒隊などの戦争体験者は、その中心的な担い手となってきました。

しかし、戦争を体験した当事者がいなくなる中で、戦争を体験していない人たちがそれをどう伝えるかが課題になっています。これまでの平和学習が戦争体験者の活動が中心だっただけに、新しい平和学習の創出は十分とは言えません。

日本の平和学習は、戦争における被害の実態を学ぶことが中心になっています。ただ、戦争には、被害と加害の両方の側面があります。被害と加害の両方の事実を示して、歴史を俯瞰しながら、その中に戦争の被害があることを学んでもらうことが大切だと思います。

平和学習が、他の教科とリンクしていないことも課題の一つです。平和学習で「平和が大事、戦争はいけない」と学んでも、それが他の教科とリンクしなければ、具体的な行動につながりません。「戦争はダメ」という感想で終わらせず、具体的な行動に結び付けられる学習が大切だと思います。

──その中で、新しい試みをしてきました。どのような内容ですか。

2022年に1年間かけて「みんなの平和学習会」というオンラインイベントを計10回開催しました。

「みんなの」というネーミングには、平和学習における当事者性の幅を広げたいという思いを込めました。戦争被害という意味では、被爆者などがその当事者になりますが、戦争を語り継ぐという意味では、戦争を体験していない私たちも当事者になり得ます。そしてそのためには子どもたちに限らず、私たち大人も学習し担い手になることが重要であると強調するためにも「みんなの」という言葉を使いました。

10回の学習会の中では、複数の被爆者から話を聞きました。被爆者と一言で言っても、その経験は一人ひとり異なります。複数の被爆者から話を聞くことで、被爆の実相をさまざまな角度から学びました。

その上で、後半の学習会では、当事者性の幅を広げることを目的に、若い世代で活動している人に、活動の動機や取り組み内容について話してもらいました。

学習会には毎回30〜50人が参加しました。講師の話を聞くだけではなく、意見交換の時間を毎回設けました。また、学習会では毎回、広島の「ハチドリ舎」というカフェとオンラインでつなぎ、広島からも参加してもらいました。オンラインなので全国各地から参加者がありました。

さまざまな年代や地域の人に参加してもらうことで、多くの気付きがありました。例えば、講演一つとっても、世代や経験が異なれば感じることも違います。学習会では、異なる世代や地域の人たちからさまざまな角度の意見が提起されました。立場の違う人たちが集まって一緒に学ぶことの価値を再確認しました。学習会を通じて、当事者性の幅を広げることができたのではないかと感じています。

──デジタル教材を使った平和学習も展開しています。

2021年度から長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)と国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館が共同して、《「被爆の実相の伝承」のオンライン化・デジタル化事業》をスタートしました。現在、その成果の一つとして『被爆前の日常アーカイブ』(https://dl-archive.jp/)というウェブサイトを公開しています。

このウェブサイトでは、1945年8月9日に原爆が落とされる前の長崎の写真や映像を閲覧できるようになっています。被爆前の長崎の雰囲気はどのようなものだったのか、人々の日常を感じ取ることのできる内容になっています。

こうして日常の暮らしを見てもらうことの狙いは、原爆の犠牲になり、被害を受けた人たちは、私たちと同じように実際に生きていた人間だと感じてもらうためです。例えば、映画の最初のシーンが目玉焼きを焼くところから始まるように、時代や国が違っても、日常の暮らしを見ると、私たちはそこに何らかの共通点を見いだします。

戦時中は現代とまったく別の世界のように思えますが、そうではありません。写真を見ると現代と共通する点がたくさんあることに気付いてもらえると思います。これらの教材を使って学習会をすると生徒から「当時の恋愛はどうだったのか」「おしゃれは?」といった質問が出てきます。そういう気付きがあると、原爆が奪い取ったものについて、理解がより深まるのではないかと思います。

ウェブサイトでは、写真をダウンロードできるようにしているほか、教材としてそのまま使えるスライド資料をダウンロードできるようにしています。サイトの作成に当たっては、学校の教員のニーズ調査も行いました。教員からは高く評価してもらっています。労働組合でもぜひ活用してほしいと思います。

──これからの平和学習はどうなっていくでしょうか。

戦争を防ぎ、平和を構築するためには、「答え」のない問いに向き合わなければいけません。その意味で、平和学習はとても高いポテンシャルを持つ分野だと感じています。平和学習では、戦争を防ぎ、平和を構築するために、歴史を学んだり、さまざまな文化とのコミュニケーションを図ったりする必要があります。こうした体験は、学ぶことの楽しさややりがいも与えてくれると思います。

近年では、VRなどのテクノロジーを活用した平和学習も展開されるようになっています。例えば、東京大学大学院の渡邉英徳教授の研究室では、世界的に人気のあるオンラインゲーム「Minecraft」を使った平和学習も行われています(『教育版マインクラフトで広島の歴史を学ぼう』)。

平和学習に決まった型はありません。戦争体験者が少なくなり、これまでとは異なる当事者性が求められる中で、新しいオリジナルの平和学習をもっとつくっていきたいと考えています。その内容は、「サッカーと平和」でもいいし、「通信と平和」でもいいです。平和運動の当事者性を広げられるような学習をつくっていきたいと考えています。そのために大切なのが、コラボレーションです。さまざまな人や組織と連携して、新しい平和学習をつくる空気を広げていきたいと思います。

──安全保障環境の変化が平和学習に与える影響は?

平和学習では戦争を個人の視点から考えます。戦争被害を考える時、人権という考え方が欠かせません。平和学習は、人権学習でもあります。

しかし、台湾有事やウクライナ侵攻のように語る内容の主語が大きくなっていくと、私たちは戦闘や空爆などによって人々がどのように傷つくのかという視点を忘れがちです。平和学習では、兵器が人々をどのように傷つけるのかを学びます。それは、自分たちが武器を使えば、自分たちが加害者になるということを学ぶことでもあります。けれども、安全保障がテーマになると、自分たちが兵器を使うというリアリティーが薄れていきます。安全保障環境のリスクが高まっているとされている今だからこそ、戦争を個人の尊厳や人権を軸に捉え直す平和学習が大切だと思います。

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