特集2016.05

いま知っておきたい「憲法」家族の中の役割を背負う前に私たちは対等な関係の個人です

2016/05/18
自民党改憲草案は、24条1項に「家族の助け合い義務」を新設した。この条文の意味するところは何か。家庭問題などに詳しい打越さく良弁護士に聞いた。
打越 さく良 弁護士

24条1項新設の意味

「家族は私にとっても大切な存在だし、家族が助け合う物語に涙することもあります。家族っていいなと思っている人にとっては、なんてことはないのでしょうけど、それだけじゃすまされない─」

自民党改憲草案に盛り込まれた《家族の助け合い条項》について聞くと打越さく良弁護士はこう答えた。

まず条文を確認しておこう。

自民党改憲草案24条1項

《家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。》

打越弁護士は、条文の問題点をこう指摘する。

「改憲草案では誰が、家族を尊重するのかがあいまいです。その書きぶりからは個人が家族を支えるべきというように読めます」

その意味するところについて打越弁護士はこう話す。

「小さな公共である家族を尊重するということは、国家という、より大きな公共を支えるための土台になります。個人よりも国や家族が優先されることで、国が決めたことを国民に守らせようという考え方があるのでしょう」

家族の中の役割

個人より家族が優先されることで、その中の個人の役割も変化する。家族という単位を支える上で、人はこれまで、ある一定の役割を担わされてきた。例えば女性は、子どもを産み、夫を支え、自己主張をしてはいけないという役割を担わされてきた。戦前の民法下で、婚姻は戸主の同意がなければならず、女性は財産権をもつことすらできなかった。女性は女性の分をわきまえろと教育された。家族の中の役割を押し付けられることで女性の人権は抑圧されてきた。

「改憲草案も現行憲法が保障する個人の尊厳と両性の本質的平等を削除することまではせず、条文に残しています。けれども改憲草案は24条1項に助け合い義務を新設して、本質的平等などの規定を2項、3項にずらしました。これではこれらの価値が、1項よりも劣後するかのような書き方です。警戒しないといけません」。現行憲法24条は、家族生活における個人の尊厳と両性の平等を定めた。この下で家族は、自由な個人が対等な立場で結びつくものとして想定されている。個人の尊厳を後回しにし、家族の助け合いを強調する自民党改憲草案24条1項の内容は、時計の針をまるで逆戻りさせたかのようだ。

閉鎖された空間での人権侵害

自民党改憲草案は家族の役割を強調するが、家族という単位は時代によって変化する。現に国勢調査(2010年)では、調査を重ねるたびに1人世帯が増加しており、1人世帯が全世帯に占める割合はもっとも高くなっている(32.4%)。そして、家族はときにブラックボックス化する。閉じられた空間の中で人権侵害が起きる。DV訴訟なども多く担当する打越弁護士はこう話す。

「家族という親密圏内で、DVや児童虐待といった暴力が起きています。DV防止法や児童虐待防止法は、そうした家族の中の暴力を可視化し、社会問題化するために立法されました。その一方で家族の責任を強調する動きは、こうした立法への反動のようにも感じます」

打越弁護士は続ける。

「経験上、DV加害者には《誰の稼ぎで飯を食っているんだ》とか、《嫁だから》というように、家族の中の役割を強調する人がたくさんいます」

「一方で女性たちも《女性が耐え忍ぶべき》とか、《子どものために我慢するしかない》とか、《女性が分をわきまえるべき》と考える人も少なくありません」

人はある役割を担わされるとき、それに応じきれない自分を価値のない人間だと思い込んでしまうことがある。その役割は、個人の自己肯定感を高める場合もあるが、役割が押し付けられることでその人の尊厳が傷つけられることもある。「家」の中での「役割」が、女性をはじめとした人たちの尊厳を傷つけてきたからこそ、現行憲法は個人を大切にする。

「家族の中の《役割》を背負う前に、私たちはお互いが自由や生きがいを求める個人です。現実にはまだ《妻》や《母》といった家族の中で役割を背負って自分の考えや行動を抑制することもあると思います。けれども、私たちはその前に対等な関係の個人であることを確認すべきです」

1946年、GHQと日本政府が憲法草案に関して議論した際、24条は天皇制と同じくらいたいへんな議論を巻き起こした(2000年参議院憲法調査会:ベアテ・シロタ・ゴードン氏の証言)。そのとき日本側は、「こういう権利は日本の文化にあわない」と強く主張したという。打越弁護士は、「戦後70年がたっても私たちは個人の人権の尊重について繰り返し訴えなければいけない状況にいる」と強調する。自民党改憲草案13条は、現行憲法にある「個人」という言葉を「人」に代えた。その意味は重い。

「三世帯同居」推進の意味

家族の助け合いを強調する一方で、安倍政権は家族を支えるための社会保障に熱心だろうか。打越弁護士は、「育児や介護などの問題は、社会保障に頼るのではなく、家族で支え合いなさいという自己責任的な意図を感じます」と指摘する。実際、安倍政権は「三世代同居の推進」や「3年間抱っこし放題」など、育児や介護の責任を家族に担わせようとする政策を打ち出してきた。「保育園落ちた日本死ね」のブログエントリーを発端に待機児童問題がクローズアップされたときも、安倍首相は「実際本当に起こっているか、確認しようがない」などと答弁し、冷淡な態度を示した。委員会室には口汚いヤジが飛んだ。

「本当にずれているなと思います。例えば三世帯同居推進のプラカードを掲げて国会前に立つ人はいないでしょう。そんなことは望まれていません。大切なのは、個人の多様な選択を可能にすること。そのための仕組みや社会保障を国が整備することこそ求められているのに」

自民党改憲草案24条1項を読み直してみる。そこには育児や介護の問題を家族に押し付ける考え方が透けて見える。打越弁護士は、「9条や緊急事態条項に比べて24条に対する危機感は低いです。けれども、ここにも個人を尊重しない考え方があり、実際の政策にも反映されている。そのことを引き続き訴えていきたい」と強調する。

「家族は助け合うべき」という一見問題のなさそうなことを憲法に盛り込もうとすること、権力を持つ側がそれを強いるように仕向けること、個人より役割を強調すること。その問題をしっかり認識すべきだろう。

現行憲法

第24条

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

自民党改憲草案

第24条

家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

2.婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

3.家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「のみ」の文言削除
婚姻にかかわる規定も変更

自民党改憲草案24条には注意すべき点がまだある。現行憲法24条1項にある「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という中の「のみ」という文言を削除している点だ。これにどのような意味があるのか。自民党のQ&A集に解説はない。この文言が現行憲法にあるのは、戦前の婚姻には戸主の同意が必要で、両性の合意のみでは婚姻できなかったからだ。

「戦前の家制度を復活させて、婚姻に戸主の同意を求めるようなことはさすがに考えていないと思いますが、《のみ》の文言を削除したことで他の要件を課す余地を残すものになっています。例えば、同意に加えて承認を要件とするようなことも考えられなくもありません」

選択的夫婦別姓訴訟の弁護団事務局長を務めた打越弁護士は選択的夫婦別姓訴訟の中で、婚姻の際にどちらかの姓を捨てさせる現在の仕組みは、両性の合意《のみ》に基づくという規定に反して、余計な要件を課していると主張した。この主張は最高裁の多数意見に取り入れられなかったが、この《のみ》という文言が持つ重要な役割を示している。

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