特集2016.05

いま知っておきたい「憲法」必要性によって「法の支配」が破られてはいけない

2016/05/18
わかりやすい解説で有名な木村草太・首都大学東京教授に憲法の基本の「き」を聞いた。「立憲主義」や「法の支配」はなぜ必要なのか。本質を学び直そう。
木村 草太 首都大学東京教授(憲法)

憲法には三つの機能があります。一つ目は、国家権力の管理規約としての機能です。人権保障や権力分立を憲法に定め、それを国家に守らせることで、国家権力の乱用を防いでいます。

二つ目は、日本という国がどのような国であるかを外国の人びとに伝える、外交宣言としての機能です。憲法に民主主義や人権保障という理念を書き込むことで、日本がそうした価値を大事にする国だと世界に発信することができます。

三つ目は、歴史物語の象徴としての機能です。憲法は、フランス革命やアメリカ独立など、歴史的事件をきっかけにつくられることが多いので、そうした事件の象徴としての意味を持ちます。

日本の近代は明治維新に始まります。1889年につくられた明治憲法のもっとも重要な存在意義は、議会という政治プレイヤーを日本に登場させたことにあります。議会制民主主義という私たちの社会の基本は、明治憲法によって与えられたということです。

その後、日本国憲法ができて、人権の重要性が確認され、違憲立法審査権などの新しい内容が憲法に盛り込まれました。私たちが日頃当たり前に享受している自由や民主主義という理念はいずれも憲法によって獲得されたということです。

憲法は私たちの自由な生活を支えるインフラです。憲法を身近に感じられないとすれば、それは、あまりにも身近になりすぎて電気や水道といった生活インフラを日頃意識しないのと同じことです。

憲法を生かすこと

日常の場面で憲法を生かすとはどのようなことでしょうか。例えば、加入義務がないのに詐欺的に会費を集める「違法PTA」や、働く人を使いつぶす「ブラック企業」のように狭い団体の中で人権が侵害される場合があります。そうした場合に、まずは法律にのっとって対応しようと主張できることが「法治主義」「法の支配」です。これは日本国憲法がとても大切にしている思想です。

法律違反を許さないことが「法の支配」に基づく社会のベースラインです。たとえ違法PTAやブラック企業が「これは重要な活動だから」とか「会社の収益のため」とか言い訳をしても、法律違反はそれだけでアウトなんだということをみんなで認識する。そういう法律違反を許さない空気をつくっていくことが「法の支配」を確立することです。「法の支配」は、異なる価値観を持つ人びとが共存するための最低限必要なプラットフォームです。これにのってもらえないと私たちは共存することができません。

そもそも権利とは、保障されるべき理由があって保障されているものなのであって、権利を行使されたときに迷惑を感じるほうが悪いわけです。例えば権利として行使されるストライキも同じです。迷惑を感じる人は確かにいるでしょうが、私たちはお互いの権利を尊重するわけですから、権利として行使されるストライキは尊重されなければいけない。お互い様ということです。

私たちは中世ヨーロッパ世界に暮らしているわけではなく、「法の支配」に基づく国家の中で生活しています。必要性によって法の支配が破られることが許されてはいけません。これはすべての人が守らなければならない価値なのです。

安保法制の問題点

違憲だとの指摘にもかかわらず、無修正で安保法制が成立したのは残念です。今後、法律を修正したり適正な法運用をさせたりするためには、問題の所在を正確に認識することが重要だと思います。

まず、集団的自衛権に関しては、どのような場合に行使されるのかがはっきりしませんでした。法案の内容自体が意味不明なので、合理的な議論をする土壌がまったくありませんでした。

次に、自衛隊が後方支援として、これまでよりも危険な任務に就けるようになりました。後方支援は遠い外国の出来事なので、国民が関心を持ちにくい分野です。国民の関心が薄い中で自衛隊を派遣することの是非も問う必要があります。

そもそも「安保法制」という名前が不適切でした。その内容は日本国内の安全保障というより、「自衛隊海外派遣拡大法」とでも呼ぶべきものです。それにより、自衛隊員の方々は、非常に危険な任務に就くことになります。例えば、後方支援に関しては、活動場所が「非戦闘地域」から「現に戦闘が行われていない地域」に変わりました。電車の駅に例えれば「黄色い線の内側でお待ちください」だったものが、「現に電車が通っていなければ線路に入ってもよい」という規定に変わったようなものです。

安保法制の最大の問題点は、多岐に及ぶ内容を一括抱き合わせで法案を提出したことです。昨年は違憲の内容を含む一括法案を廃案するために、すべてを否決する態度で臨むことは間違っていませんでした。しかし現在は、特に問題のある条項に焦点を当てて問題提起した方が、国民にとってはわかりやすいと思います。とりわけ集団的自衛権の行使を容認する自衛隊法76条の修正が急務でしょう。

国家とは憲法というルールによってはじめて成立するものですから、憲法違反を見逃しては、今度は、国家はどのようなルールに基づいて運営していいかわからなくなります。憲法と国家とは同義です。ですから憲法を燃やすことは国家を燃やすことと同じことなのです。

改憲と世論形成能力

憲法を本格的に改正すれば、有事に際して自衛隊を派遣するかどうかを真剣に検討する段階が来ます。昨年の安保法制の議論を見ていて、そのような事態に日本が対応できるか心配になりました。

というのは、専門家の間では安保法制は違憲だとする意見が圧倒的に多かったにもかかわらず、マスメディアの中には、合憲と違憲を同じ割合で放送するものもありました。これではかえって、正確な情報が届かなくなってしまいます。こうしたメディアの状況を見ていると、仮に改正された憲法に基づいて、自衛隊を派遣すべきか考える際に、不適切な情報流通により、アンフェアなまま世論が形成されてしまいます。私はこうした世論形成能力にこそ問題を感じています。

基本的に商業ベースで運営されるマスメディアは国民が見たがらないことは報道し続けられません。メディアだけが頑張っても、視聴率が下がったり、雑誌の売り上げ部数が下がったりするようでは、情報発信ができなくなります。その意味ではマスメディアの側にも国民の側にも責任があると言えます。

問題の所在を的確にわかりやすく伝えるためには、専門家と協力しながら情報を提供すること。紋切り型にならない形でも勇気を持って発信することが大切だと思います。

憲法の理想を諦めない

憲法の理想を諦めずに、理想に向かっていく連帯を取り戻していくこと。そのためには、未来への想像力を働かせることが大事だと思います。一人ひとりがいま取り組んでいることの意味は自分ではわかりません。例えば1789年7月14日にフランス革命は始まったとされますが、バスチーユ牢獄を襲った民衆はこれがフランス革命の始まりだと思っていなかったでしょう。それを後から振り返って、たしかにあれが起点だったとわかるようになる。

そういう意味で、私たちがいま取り組んでいる行動は未来にどのようなインパクトを与えるかわからないし、とてつもなく大きな出来事につながっていく可能性があるわけです。ですから、自分の行動に関して直近の結果だけを見ないで、もっと未来に向けた想像力を働かせることが大切だと思います。

同じようにさまざまな人の立場に立って考えることも大切です。自分たちのデモにたとえ関心を持ってもらえないと思っても、それは強大な権力を持つ安倍首相だって同じように感じているはずです。一生懸命改憲を訴えても理解が広がらない。どんな権力者でもそうなのですから、結果がすぐに出ないからといって腐らない方がいいと思います。

昨年の国会前デモの成果はたしかにあったと思います。例えば、安保法制の議論の中で法文の修正は勝ち取れませんでしたが、付帯決議を閣議決定させるところまでは政権を追い詰めた。あれは国会を包囲したデモがあったからこそだと思います。そこで勝ち取ったものは活用していくべきです。

そういう意味では社会運動は「断固反対」の姿勢を貫いて運動を展開するチームと、少しでも譲歩を引き出すチームの両方がないとうまくいかないということが見えてきたと思います。それは「2015安保」の一つの成果でしょう。

自民党改憲草案

自民党改憲草案に関しては、自民党議員が危険に使うつもりはなくても、あの条文だけ見れば、正気の沙汰ではないと思われても仕方ありません。自民党はそうではないことを示したければ、交渉したりコミュニケーションしたりする姿勢を明確にすべきです。

憲法は権力を合理的に使い、その乱用を防ぐためのものです。その本質に反するものがたとえ草案であれ出てきたときには、徹底的に批判しなければいけません。そして、それをあらためるためのコミュニケーションが求められていると言えます。

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