特集2016.10

産業別労組の次なる可能性日本の産業別労働組合に未来はあるか?求められる役割はこれだ

2016/10/21
日本の労働組合は企業別労働組合中心だと言われる。その中にあって、産業別労働組合に求められる役割は何だろうか。期待される二つの役割を提言する。
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構労使関係部門統括研究員

労働組合のスタンダードとは何か

日本の労働組合の特徴は企業別組合だと言われています。確かにそうなのですが、話はもう少し込み入っています。労働者の雇用労働条件について交渉、協議その他さまざまな形で決定する集団的な枠組みとしては、企業・事業所レベルと産業・職業レベルの二つ(場合によっては全国全産業レベルも加えた三つ)があるということ自体は世界共通だからです。

先進国の大部分を占める欧州では、産業レベルで自発的結社としての労働組合が組織され、そのレベルで労働条件に関する交渉を行い、労働協約という産業レベルの規範を設定する一方、企業レベルでは選挙によって選ばれた公的性格を有する従業員代表制があり、経営者側と(争議権を背景にした交渉ではなく)協議をすることによって、そのレベルで事業運営との関係で生じるさまざまな問題を処理するという仕組みが確立しています。

これに対し、日本では企業レベルで(建前上は)自発的結社として結成された労働組合が、そのレベルで(建前上は)争議権を背景として労働条件について交渉するとともに、全く同じ企業レベルで欧州の従業員代表制と同様に協議によって企業内諸問題を処理する点に特徴があります。そして、過去十年以上にわたって前者の交渉が沈滞する中で、その役割の大部分は後者にシフトしてきていたと言えます。

戦後日本労働史の大テーマ

では、企業別組合が欧州の産業別組合と従業員代表の両方の役割を果たしてしまっている日本において、産業別組合(と呼ばれる企業別組合の連合体)にはいかなる役割が残されているのでしょうか。実はこれは戦後日本労働史の大テーマだったのです。

3年前の2013年、故松村文人氏らによる『企業の枠を超えた賃金交渉』(旬報社)という本が出されました。戦後いくつかの業種で試みられた産業別賃金交渉の歴史を丹念にたどった本ですが、いずれも後退を重ね、今日その跡はほとんど残っていません。同書の結語から引用すれば、「(1)1960年代まで存続したのは、石炭の対角線交渉、私鉄の中央統一交渉、ビールの統一交渉、(2)1980年代まで存続したのは、海運・外航部門の統一交渉、金属機械の石川県の地域連合交渉、(3)1990年代まで存続したのは、私鉄の中央集団交渉、繊維の業種別中央交渉(化繊の連合交渉、羊毛の集団交渉、麻の連合交渉)、(4)2000年代まで存続したのは、海運・フェリーの統一交渉、尾西地区毛織業の地域集団交渉、(5)現在も存続しているのは、海運・内航部門の統一交渉」です。

同書の叙述を読んでいくと、日本の労働社会において労働組合員の賃金水準そのものを産業別組合が決定するという仕組みがいかに根づきにくいかがよくわかります。これを変えるには、雇用システムの根幹を全面的に取り換えるほどの労力が必要でしょう。企業別組合・交渉が国家権力によって強制されていた韓国では今日産別組合化が進められていますが、労働者自身によって自生的に企業別組合が生み出された日本では、それはより困難と言うしかありません。

期待は「産別最賃」「労働時間」

では産業別組合には期待できる役割はあまりないのでしょうか。せいぜい、その産業の産業政策について政府にロビイングをするという周辺的役割しか残されていないのでしょうか。私は労働条件にかかわる二つの領域で、なお産業別組合には果たすべき役割があると思います。一つは産業別最低賃金であり、もう一つは物理的労働時間の上限設定です。

前者はそもそも法律上期待されている役割です。にもかかわらず、産別最賃は沈滞と廃止論のはざまを揺られ続けてきました。過去十年にわたって地域最低賃金が急激な引き上げを見ている中で、東京を始めとする地域では産別最賃が地域最賃を下回るという現象が発生しています。そもそも1970年代後半以来、経営側が産別最賃など不要だから廃止せよと繰り返し主張するのをかいくぐって、1986年の新産別最賃、2007年改正による特定最賃と制度としては生き延びてきたのですが、社会的に役割を果たせているとはとてもいえない状況です。

しかし最低賃金の歴史を振り返ってみると、この状況は誠に皮肉なものがあります。というのも、1960年代から70年代にかけての時期には、労働側がもっぱら全国一律最賃を唱え、産別最賃に否定的であったのに対し、経営側は地域最賃を毛嫌いしていたからです。むしろ、1950年代にごく一部の業種に産別最賃を導入することにすら強い反対があったために、迂回作戦として労働省が持ち出したのが業者間協定方式でした。地域の事業協同組合等を主体とする業者間協定で初任給の最低額を定めるといったものです。これは当時、労働側から「ニセ最賃」と非難され、1968年改正で廃止されました。

しかしこの制度は、ある地域のある業界の経営者団体を、自分たちの雇う労働者の最賃を決めさせるという土俵に引っ張り出して、責任を持たせていたということもできます。当時の労組は全国一律最賃を唱えるばかりで、自分たちの力で地域・業種の最賃を勝ち取る力量はほとんどありませんでした。今になって考えれば、当時あれだけ「ニセ最賃」と罵倒していた業者間協定をうまく使って、それに関係労組をうまく載っける形でのソフトランディングはありえなかったのだろうか、という思いもします。業界団体という土俵はあったのです。企業を超えた賃金設定システムという生まれつつあった土俵を叩き潰して、もはやその夢のあとすら残っていません。

求められるリアルな政治感覚

しかし今日、特定最賃の存在意義を復活させる可能性のある大きな政策課題が盛り上がってきています。いわゆる同一労働同一賃金の問題です。それがどういう形で落ち着くのか現段階ではまだ不明ですが、すべてを法律と行政のガイドラインで決めるなどということができるはずもありません。

『労働調査』3月号で述べたように、何らかの集団的労使関係の枠組みで非正規労働者の最低基準を定めることで一定の合理性を推定するような枠組みを設けることが現実的な解決策でしょう。ところが企業別組合の多くは非正規労働者を排除しており、肝心の当事者を代表する資格が疑わしいですし、それに代わるべき従業員代表制をつくると言っても、それだけで何年もかかる大事業ですし、異論も多いところです。

そこで、組合に加盟していない中小零細企業の労働者も含めた当該業種の最低賃金を産業別組合が(一種の法定代表的な立場で)設定するという発想を少しずらせて、当該業種の非正規労働者の最低賃金を設定する立場にあるのは産業別組合であるという考え方を打ち出すことはできないでしょうか。経営側としてやらざるを得ない課題について、ある意味でゆるい抜け道を用意することによってこそ、労働側がつけ込む余地が出てくるのだというリアルな政治感覚が求められるところだと思います。

産業レベルだからこそ

もう一つ、これまた現下の政策課題として盛り上がりつつある長時間労働の規制についても、何でも法律というような過度のリーガリズムに陥ることなく、集団的労使関係の意義を再確認するような方針が求められます。

しかし、今日最大の批判の対象になっているのがまさにその集団的枠組みで締結されたはずの36協定の無原則なまでのゆるさであることを考えれば、どうしても企業レベルの経営上の必要性に追随しがちな企業別組合に全てを委ね続けることは許されないでしょう。また、何十年も指摘され続けてきた過半数代表者のいい加減さについても、今直ちに従業員代表制を確立することは上述のように不可能です。やはり企業レベルを超えた、しかし当該業種に共通の労働時間のあり方については理解しているようなレベルが、長時間労働の上限設定なり休息時間規制なりの主体となる必要があります。

企業レベルには任せられない、とはいえ国レベルで決められてはたまらない、という、経営側が追い込まれている状況をうまく活用する政治的リアリズムが労働側に求められるところでしょう。

特集 2016.10産業別労組の次なる可能性
トピックス
志進
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
巻頭言
バックナンバー