特集2017.04

「働き方改革」の隠れた争点を考えるあなたの会社にもいるかも!?
「クラッシャー上司」への対処法は?

2017/04/18
「クラッシャー上司」という言葉をご存じだろうか。部下たちを精神的にどんどん潰していきながら出世していく上司のことを指す言葉だ。そういう上司がなぜ生まれるのか、どのように対処すれば良いのか。「クラッシャー上司」の言葉の生みの親の一人である松崎一葉氏に聞いた。
松崎 一葉 (まつざき いちよう) 筑波大学大学院医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授。医学博士。産業精神医学・宇宙航空精神医学が専門。「クラッシャー上司」の命名者の一人。著書に『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)など

─「クラッシャー上司」の定義とは?

「クラッシャー上司」とは、「仕事のできるパワハラ上司」ですね。基本的には「パワハラをする人」なのですが、それだけではなく、仕事の能力が高くて、利益も出します。困難な案件も最後には解決してしまう、そんな人です。

単なるパワハラ上司であれば、コンプライアンスに基づいて処分されるのですが、「クラッシャー上司」は、業績を上げているので会社としても大っぴらに処分できない。だから、そんな人でもいつの間にか出世してしまって、気が付いたら部下を何人も潰している。そういう人物のことを指します。

─「クラッシャー上司」の特徴はありますか?

「クラッシャー上司」の特徴は、「自分のやっていることはコンプライアンスに少々抵触するかもしれないけれど、会社にとっては正しいことをしている」という風に、自分のやっていることが「善」であるという確信を持っていることです。「クラッシャー上司」からすれば、人事部から注意されたくらいでは、「それくらいのことわかっている。でも正しいことをやっている」という感覚にしかなりません。確信犯というより、良いことをしているという感覚が強い気がしますね。

─もう一つの特徴として「他人への共感性の欠如」を挙げていました。

実際の職場では、若手育成のために厳しく接する場面もあると思います。その中で、「こんなこと言われて、つらいだろうな」という若手社員に対する共感性があれば、そこまでひどい接し方にはなりません。一方で、「クラッシャー上司」は部下を潰すことにどこか快感を覚えている、そういう悪いところがあります。

これも著書の中で記しましたが、「クラッシャー上司」は、人から共感された経験が少ない人が多いです。例えば、親から厳しく育てられて褒められたことがない、就職してからも上司にパワハラされたとか、そういう育成環境などが影響しています。その構造はDVととてもよく似ています。DVも、子ども期にDVを受けた人は自分が親になってDVをしてしまう傾向があります。企業にパワハラする土壌があると、それが将来的に連鎖していくとも言えます。

著書では、「クラッシャー上司」には、自己愛の歪みがあると書きました。パワハラする人たちは、他人から褒められたい、出世したいという承認欲求を強く持っています。何のために仕事をするのかというのも、自分が偉いことを証明したいからという側面があります。相対的に他人より優れていることを証明したい。パワハラ行為も自分の方が上だと示すためのマウンティング行為の一つなんですね。

─「クラッシャー上司」が可視化してきた背景に経済成長の鈍化があると指摘されています。

パワハラに一生懸命耐える努力をしても、かつてのようにその分の見返りがない時代になりました。そのため、「もう耐えられない」という声が上がるようになりました。

パワハラ加害者を処分する会社は増えてきましたが、事業環境が厳しい中で、利益を出している「クラッシャー上司」には、おかしいと思っていても口出しできない。そういう会社がすごく多い。

─「クラッシャー上司」に厳しく対処できない会社の問題もありますね。

「クラッシャー上司」は本人だけの問題ではありません。利益は出すけれど、部下を潰しながら出世する人をきちんと裁けない会社の問題でもあります。「クラッシャー上司」は、本人と会社の両方に問題があって出現するモンスターなんですね。

パワハラをしてはいけないのはなぜか。パワハラをしてはいけないのは、企業の成長やイノベーションの芽を摘むからです。パワハラは、会社の大事な資産である人材を潰していく行為です。だから、してはいけない。そういう視点が多くの企業で欠落しています。私が今回、本の中で言いたかったのは、このことです。

グローバル化で経済の動きが流動化し、先の見えない時代において大切なのは、「自己変革する力」です。これまでのように「予定調和型」の事業では、時代の変化についていけません。その変革の力を持っているのが若者です。それなのに、「俺の言っていることに従っていればいい」という「予定調和型」の「クラッシャー上司」が上層部にいるようでは企業は生き残れません。

─具体的な対処法は?

皆さんは、パワハラ研修に参加して、腑に落ちた思いがしていますか?どこかで「現実はそうじゃないよな」とか思っていませんか。パワハラがいけないのは、それが会社の変革力を削ぐからです。こう説明した方が腑に落ちるのではないでしょうか。

経営者に対してパワハラの問題を指摘するときは、労使双方が納得できる合理的な説明をしなければ、実効性ある対策は出てこないと思います。労働組合は、パワハラが「人格の否定だからいけない」とよく言いますが、そうではなく、パワハラが企業の成長の芽を摘むからいけないんだと訴えるべきでしょう。

パワハラの事案が発生したら、事実を確認した上で、きちんと処分することです。その際、加害者側がどれだけ業績を上げていても、断固として対応することです。そういう事例が積み重なっていくと、会社全体に波及して、パワハラ被害も少なくなっていくと思います。

一番良くないのは、業績を上げているからといって、多少のパワハラを見過ごしてしまうことです。これが一番いけない。例外を認めるべきではありません。

─「クラッシャー上司」は反省するでしょうか。

会社からパワハラを注意された時、ほとんどの「クラッシャー上司」が言うセリフがあります。「心外だ」と言うんですね。「俺は会社のために良かれと思ってやった。だから心外だ」と。これがキーワードです。

「クラッシャー上司」は元々、仕事のできる人ですから、仕事のコンテンツ自体は間違っていないことが多いです。だから、部下への伝え方を工夫するよう説明することです。もう一つ、「クラッシャー上司」に対する「切り札」があります。それは、「そんなことをやっていると出世に傷がつくぞ」と言うことです。先ほど述べたとおり、「クラッシャー上司」は、出世をしたくて仕方ないので、こういう言葉にぞっとするのです。

─一人ひとりが生き生きと働ける職場にするために何が大切でしょうか。

企業が変革能力を身に付けるために大切なのがダイバーシティです。ダイバーシティを実現するためには、さまざまなタイプの人材を取り入れていくことが大切です。異質な人材を受け入れることが強みに変わっていくんですね。こうした積み重ねによって、個人が生き生きと働ける職場になっていくのではないでしょうか。

特集 2017.04「働き方改革」の隠れた争点を考える
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