「働き方改革」の隠れた争点を考える職場で人格を傷つけてはいけないパワハラ問題の核心は個人の尊厳の尊重
日本労働弁護団事務局長
─法的な観点から見たパワハラの位置付けは?
「パワハラ」という概念は、法的にはまだありません。2012年に厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が、「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」で、パワハラの定義や行為類型の分類などを行いましたが、法的な規制ではありません。この提言ではパワハラを(1)身体的な攻撃(2)精神的な攻撃(3)人間関係からの切り離し(4)過大な要求(5)過小な要求(6)個の侵害─の六つの類型に分類しています。
職場のパワーハラスメントの行為類型
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
この類型に基づいて、どういう行為が違法になるのかという質問をよく受けます。ですが、大切なのは、ただ単にその行為を6類型に当てはめることではありません。パワハラ問題の核心は、憲法が保障する個人の尊厳を守るということ。個人の尊厳を侵害するような行為は認められない。ここをまず押さえてほしいと思います。
─裁判ではどのような行為が違法行為になっていますか。
裁判所がパワハラ行為を違法かどうか最終的に判断するための基準は「社会常識」「社会的相当性」です。裁判所はその行為が労働者の人格を傷つけているかどうかを問います。
実際の裁判では、相当強い人権侵害がなければ、裁判所はパワハラ行為を違法行為だと認めません。しかし、違法行為をしてはいけないのは当たり前で、違法とは言えなくても不適切な行為はたくさんあります。違法ではないからといって、その行為が許されるわけではありません。6類型に当てはまっているかどうかを考えるだけではなく、その行為が人格を侵害しているかどうかを考えてほしいと思います。
─社会相当性の内容とはどのようなものですか?
社会相当性の内容は、時代の流れとともに変わっていきます。セクハラやマタハラという概念は、昔はありませんでした。今は男女雇用機会均等法に規定があります。パワハラも同じように、何が社会相当性を逸脱しているかは、人びとの意識によって変化します。かつては問題にならなかったような「根性論」や「年齢序列」でも、今は問題になることが数多くあります。
労働相談を受けていると、古い体質・価値観を押し付けるようなパワハラが横行していると感じています。ワーク・ライフ・バランスを重視する働く人が増えているため、古い価値観とぶつかり合うことが増えています。そうした中で、古い価値観を受け入れられない若者や、権利を主張する人がパワハラの対象となる事例がかなりあると感じています。年長者には、世の中が変わってきていることを説明し、納得してもらわないといけません。
─裁判で損害賠償が認められるかどうかのハードルは高いようですね。
裁判所でパワハラが違法行為と認められるのは、極端にひどいケースが多いです。損害賠償で認められる金額も数十万円程度と高くないケースがほとんどです。
ですが、違法にならなくても、許してはいけない行為はたくさんあります。パワハラが原因でメンタル不調に陥る人は少なくありませんが、これは企業にとっても大きな損害です。たとえ、パワハラ加害者が成果を出していたとしても、長い目で見れば、社員のロイヤルティーを低下させ、企業に損害を与える結果になります。査定の段階でパワハラ加害者を減点評価するなどの毅然とした態度を取るべきです。
担当者などへの啓発に関しては、厚生労働省が「明るい職場応援団」というサイトで各種の資料などを公開しています。これらを活用するのもいいと思います。
─相談を受けたときのポイントは?
相談を受けた場合は、その職場の人間関係や雰囲気、文化がどうなっているかをしっかり把握することが大切です。単に、一つの行為を取り上げて、それをやめさせるだけではだめ、ということです。パワハラを職場から根本的になくすためには、職場の体質改善が求められます。ノルマが厳しい、長時間労働がまん延しているなど、パワハラが生まれる背景を考え、それを是正するように努めてください。
社内の労働組合に相談したけれども対応してくれず、その後労基署に申し立てをして、労災認定されたケースも実際にあります。そのようなことがないように、労働組合は労働者側の立場に立って話を聞いてほしいと思います。成績が悪いからと言って、誰かの人権を侵害していいという理由など一つもないのですから。
職場で人格を傷つけてはいけない。当たり前のことです。一人ひとりの労働者の人格を大切にすること。憲法で保障された個人の尊厳を尊重すること。大切なのはこのことに尽きます。