特集2017.04

「働き方改革」の隠れた争点を考える過労死事件の多くで長時間労働とパワハラは同時に起きている

2017/04/18
過労死の背景には長時間労働とともにパワハラの問題がある。そこに共通する背景とは何か。過労死事件に数多く対応してきた川人博弁護士に聞いた。
川人 博 弁護士

パワハラと過労死

パワハラによる過労自死で有名な事件として、2007年の日研化学事件があります。製薬会社にMRとして勤務していたAさんが、上司から常軌を逸したパワハラを受けて、自死した事件です。

この事件でAさんは、「お前は会社をクイモノにしている、給料泥棒」「存在が目障りだ、いるだけでみんなが迷惑している」「お前のカミさんの気が知れん」などといった数々の暴言を繰り返し受けて、自ら命を絶ちました。

裁判では、Aさんの死が労災か否かが争われました。労基署はAさんの死を労災と認めなかったのですが、東京地裁はその判断を覆し、2007年に労災と認めました。長時間労働ではなくても、これほどひどい暴言を繰り返し受けたら、それが原因で亡くなることもあると裁判所は判断しました。この事件がリーディングケースとなって、厚生労働省はパワハラが原因で死亡したり、精神疾患になったりした人の労災も認定するようになりました。

もう一つ、今度は、部下が上司を脅したケースとして小田急レストランシステム事件という裁判があります。これは、部下が上司に対して「お金を横領している」とか「不倫している」などのデマを言い触らした結果、上司が思い詰めて亡くなった事件です。裁判所は2009年、労基署の判断を覆して、労災と認めました。

パワハラ職場の特徴

電通の事件もそうですね。亡くなった女性社員はパワハラを受けていました。彼女が徹夜で働いていても、「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」とか、「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」などの言葉を上司が言ったわけですね。彼女はそれをツイッターに残していました。

過労死事件では多くの場合、長時間労働とパワハラが両方同時に起きています。そうした職場の特徴は、結局、忙しいということですよ。忙しくて、みんなが疲れている。業績が上がらず、みんながイライラしている。

彼女が働いていた電通の部署も業績が悪かった。日研化学も後に吸収合併されたほどなので業績はよくなかった。小田急レストランシステムのケースも部下がリストラ対象になっていて、上司を逆恨みしていたという背景があった。

こういう風にみんながイライラしている。これはバブル崩壊後の日本の特徴です。だから、日本全体がパワハラであふれている。

日研化学事件で亡くなったAさんをいじめた上司は、職場での評判は悪かったけれど、成績は良かった。数字ありきの世界だから、営業成績の良い社員は、人間的に問題があっても、文句を言われなかった。Aさんは、上司の上司に当たる所長宛てに遺書を出しています。訴えたいことがあったのかもしれないですね。

誰だって加害者になる可能性

こういうことは一般的にも多いんじゃないですか。上司に問題があると思っても、成績を上げているから、上層部はそれを放置する。上層部は結局、業績第一。数字だけに関心がある。

「数字が人権」という言葉を知っていますか?ある証券会社の社員から聞いた言葉です。成績を上げられない人間は、有休が取れない、休日も休めない、定時に帰れない。数字を取らないと人権が保障されないという意味です。

バブル崩壊後ですよね。こうした陰惨な問題が次々と起きるようになったのは。長時間労働とパワハラが同時に起きて、過労死が問題になるようになった。バブルには別の問題がありましたが、バブルの頃とは違います。

昔、「疲れると優しくなれない」という飲料メーカーのCMがありました。そういうことだと思います。優しくなれないどころか、みんながイライラしている。それが職場に充満しているんですよ。だから、いくつかの条件が揃えば、パワハラの加害者になることは、誰にだって起こり得ます。

職場のIT化が進んで、オンとオフの切り替えが難しくなりました。このため、ゆっくり休めないんですね。仕事が終わったと思っても、携帯電話で呼び出されたり、メールが送られてきたりする。現代の働き方はそうなっているんですよ。

働き方を変えるチャンス

残業時間の上限規制が単月100時間未満になる方向で話が進んでいますが、月100時間というのは1日5時間くらい残業するということです。これでは、やはり相当疲れてしまいます。もっと引き下げるべきです。

パワハラ問題は、基本的に疲れから来ると思います。その原因は長時間労働だけではないけれど、労働時間は大きなウエイトを占めています。だから、時短が大切になる。パワハラを受ける側も、労働時間が短かければ抵抗力が強くなります。

パワハラ問題を解消するには、根本的な原因を除去しないと。その一つは過重労働ですが、もっと根本的な原因は、業績が伸びないということ。もう少し正確に言えば、目標が過大であること、達成不可能なものであるということです。

人間が効率よく能力を発揮して適度に労働できるのは1日6時間くらいという研究があります。また、アメリカの自動車会社において週40時間労働を週60時間労働にした結果、その後どのように生産性が下がったかを研究したデータがあります。無理をして働かせたところで、創造性や意欲は発揮できない。長時間労働させたからといって業績が上がるわけではない。そこがわかっていないと思うのです。

「過労死と業務不正は同時に発生する」というのが私の言いたいことです。こう言ったら怒られるかもしれないけれど、経営者に無能な人が多い。残業を月100時間させても、その会社は伸びません。むしろ業務不正が生まれます。

経営者には、深いところで長時間労働神話とか、精神主義みたいなものがあって、1980年代くらいまではそれでうまくいったかもしれないけれど、それから25年以上たって、いまだに切り替わっていない。これでは日本経済は健全に発展できません。今はそれを切り替えるいいチャンスだと思っています。

労働組合への期待

36協定に基づく労使自治の仕組みだけでは長時間労働の問題を解消できず、法律による上限が求められるようになりました。しかし、労働組合なくして職場は良くなりません。法律による規制だけでは、職場の問題は解決できません。

日本の労働組合は、その役割が賃金に偏り過ぎたところがあったと思います。労働組合は、労働者の幸せのためにある組織です。その幸せには、賃金もあるけれど、ゆとりだったり、パワハラを受けないで働けるという環境もあると思います。それぞれの職場で、何が労働者の幸せにつながるのかを考えてほしいと思います。

特集 2017.04「働き方改革」の隠れた争点を考える
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