特集2017.04

「働き方改革」の隠れた争点を考える「ブラック企業」の労働相談から読み解くパワハラ問題の背景にある社会構造とは?

2017/04/18
「ブラック企業」は若者を過酷な労働に追い込むために戦略的なパワハラを行っている。その手法は、「ブラック企業」にとどまらず、幅広い職場に浸透するようになった。背景にある日本の労使関係を読み解く。
今野 晴貴 NPO法人POSSE代表

SNSを用いたパワハラも

NPO法人POSSEでは年間1300件の労働相談を受け付けています。ハラスメントに関する最近の相談事例の特徴としては次の三つが挙げられます。

一つ目は、暴力を含む案件が非常に増えていること。

二つ目は、「LINE」などのSNSの利用が広がり、労務管理が生活の全領域まで浸透するようになったことです。そのような状態でハラスメントが生じると、逃げ場のまったくない深刻な事態に陥ります。

三つ目は、一般的には理解不能なほど、相手を追い詰める詰問が増えていることです。例えば、▼従業員が離職したことの責任を取るという理由で、従業員全体の前で土下座を強要され、その様子を録画された▼入社半年足らずの新入社員が、「お前がいるから会社の雰囲気が悪くなる」「なんで仕事ができないんだ」などとしっ責され、2~3時間も怒鳴られ続けた─などの事例がありました。明らかに度を超えた行為です。

このような事例を考察すると、ブラック企業の労務管理が社会全体に浸透してきているという印象を持ちます。ブラック企業は、従業員を異常に圧迫し、人格を破壊することで従業員を企業に従属させ、過酷な労働に追い立てます。近年では、従業員を従属させるノウハウを提供するコンサルタント企業すらあります。労働組合のない職場が当たり前のようになり、労働者と経営者の力の格差が広がっている中で、人権を侵害するパワハラが広がっているように思います。

精神的に追い込む手法

「ブラック企業」が、異常な圧迫を従業員に加えるのは、それによって通常の精神状態ではいられなくし、精神状態をおかしくすることで、従業員に過酷な労働を受け入れさせるためです。

なぜ、そこまで従業員に従属を強いるのか。サービス産業では、利益を上げるために人件費を抑えて長時間労働させるビジネスモデルが横行しています。薄利多売の過当競争に適合する人材は、賃金やキャリアなどのことを考えず、文句を言わず長時間労働できる社員です。従業員をそうした働き方に駆り立てるには普通のやり方ではできません。だから、精神を操作する手法にブラック企業は走るのです。

労働相談では、子どもの働き方がおかしいという相談を親から受けることがありますが、そうすると相談の対象である本人はむしろ激怒することが多々あります。本人は「あと3時間しか眠れない。放っておいてくれ」と言うのです。こうして、ブラック企業は組織的・戦略的に従業員を何も考えられない状態に追い込んでいくのです。

このような労務管理の横行を見ると、日本社会全体が「何も考えるな、とにかく耐えろ」という思考に慣れきってしまっているように感じられます。経済が行き詰るほど、「根性で乗り切れ」という声が大きくなる。そこでは、新しい生産物をつくるのではなく、今の生産体制のままいかに利益を上げるかばかりが検討され、結果的に、労働者を過酷な労働に駆り立てる方向にばかり技術が進化する。私はこうした労務管理のあり方を最近、「体育会経済」と呼んでいます。いい加減、こうしたあり方から脱却していくべきだと思います。

組織的パワハラへの対処法

パワハラ問題は多様であるため、コミュニケーションの円滑化といった穏当な手段だけでは被害を回復できないケースもあります。

組織的・戦略的なパワハラに対処するためには、厳しい措置を科さなければ、抑止効果が発揮されません。一つには、損害賠償の金額があまりにも低すぎるため、違法なハラスメント行為に関する損害賠償の金額をもっと懲罰的にすべきだと思います。これと合わせて、被害を受けた個人が被害回復を徹底的に追求できる仕組みやサポートが必要だと考えています。

また、人材を使い潰すようなビジネスモデルに対しては、労働組合やNPO・弁護士などが働く人の権利行使を支えていく必要があります。労働人口が減少する中で、客観的な条件としても、人材を使い潰すビジネスモデルは許されない状況になっています。そうした中で、働く人の権利主張が、ビジネスモデルのあり方にも影響を及ぼしていくでしょう。

個別具体的なケースでは、パワハラに遭った時に、録音などの記録を残しておく習慣が広がっていくと良いと思います。

労使関係の非対称性

パワハラは、日本の労使関係があまりに非対称であることの現れではないでしょうか。端的に言って、「働く人はこれ以上我慢しなくてもよい」という基準が、この国ではあまりにも底抜けになっている。人格を侵害されても、どこまでも我慢しなくてはいけない。何を言われても「仕方がない」と諦めてしまう雰囲気がある。これ以上は許されないという基準がどんどん底抜けになっているように思います。

例えば、フランスでは勤務時間外の従業員へのメールを禁じる法律があります。けれども、日本では私生活にも労務管理がどんどん浸透している。パワハラは、こうした事象の積み重ねの上に発生しているのではないでしょうか。

パワハラ問題を考える上では、背景にある労使の非対称性に目を向けなければなりません。使用者側が一つ一つの要求を押し通してきた結果、人権侵害が容易に許される社会ができてしまっている。だから、一つ一つの行為に対して、「許容範囲はここまで」ということを交渉を通じてしっかり定めていくことが、あらためて求められているのではないでしょうか。

日本の労使関係は「メンバーシップ型」であり、企業のメンバーでいるために労働者は、長時間労働や転勤・出向なども受け入れてきたと説明されてきました。しかし、これだけでは今起きている問題を説明しきれません。「ブラックバイト」はその象徴です。正社員であるために命令に従うのはある程度、理解できるとしても、アルバイトの学生まで会社の命令にどこまでも従わなければいけない状態が当たり前になっているのはおかしい。もともとは、正社員という地位を取引条件に命令を受け入れてきたのに、そうした前提が融解して、すべての労働者に当てはまるようになってしまったのです。

こうした状態を解消するためには、労働組合をつくって交渉する以外にありません。これ以上は働かせてはいけないとか、命令してはいけないとか、そうした最低限の規範を積み重ねていくのです。例えば、最低賃金の引き上げは、人材を安く、徹底的に使い込むというビジネスモデルを成立させづらくするので、パワハラという観点からも大切です。

パワハラ問題の根本には、労使の力の非対称性があります。ここに目を向けなければ、本質的な問題解決には至りません。

特集 2017.04「働き方改革」の隠れた争点を考える
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