特集2018.01-02

「草の根」社会運動と労働組合ソーシャル・ワーカーに求められる姿勢や戦術・戦略とは何か?

2018/01/15
社会運動をリードする労働組合役員やソーシャル・ワーカーに期待される役割とは何か。個別の問題を社会問題に発展させる視点と、それを実践する戦略・戦術が求められている。
藤田 孝典 NPO法人ほっとプラス代表理事

ソーシャル・ワーカーの役割

ソーシャル・ワーカーとは、生活課題を抱えた人の相談を受け、支援をしながら、その課題を分析し、原因となる社会システムを変革できる専門職のことです。残念ながら、現在のソーシャル・ワーカーは、現行の制度につなげるところで終わってしまい、課題の原因である社会制度の変革を求めるところまで至っていません。

本来ならば、生活に困った人を支援しながら、その人とともに社会を変えていくことが、ソーシャル・ワーカーの仕事です。例えば、貧困問題であれば、生活保護制度に結び付けるだけではなく、その人がなぜ貧困に陥ってしまったのか、その原因となっている社会問題にコミットする、ということです。しかし、現状では生活保護制度につなげるだけで、その後の活動ができていません。

社会を分析する視点を持つ

ソーシャル・ワーカーにとって大切なのは、社会を分析する視点です。貧困問題でも労働問題でも、問題の原因は本人にあり、その人の抱えている課題を解消すれば終わりと考える人が多いです。しかし、その人がなぜ問題を抱えるに至ったのか、その背景にある社会問題を分析することがソーシャル・ワーカーの仕事には欠かせません。同種の相談がなぜ繰り返し寄せられるのか、困窮を深める人がなぜ増えているのか。その背景を分析し、それを変えるアクションを起こさなければいけません。

そのような運動はこれまでも行われてきました。例えば、生活困窮者と一緒に生活保護制度の改善を訴えたり、障害者とともにノーマライゼーションの運動を展開したり、ソーシャル・ワーカーは当事者と一緒に行動して、制度の変革を求めてきました。貧困・格差が社会問題化し、労働・生活課題を抱えている人が増えている中で、当事者と一緒に社会を変えるというソーシャル・ワーカーの役割は、ますます必要とされています。

貧困問題と労働問題

近年、私たちのような生活支援の団体にも、労働問題を抱えた人からの相談が増えてきました。雇い止めにあって生活できないとか、ブラック企業で過酷な労働を強いられ、うつ病になって生活に困窮しているとか。こうした相談がリーマン・ショックの前後から生活支援の団体にも多数、寄せられるようになりました。生活困窮と労働問題が近接化しています。

ソーシャル・ワーカーは従来、企業社会からはじかれ、経済的に困窮する人を支援の主な対象にしてきました。そうした運動の領域に、労働市場から膨大な人が流れ込んできたということです。こうした状況を踏まえれば労働組合と生活支援団体が連帯して、社会を変えるアクションを起こす必要性を強く感じます。

ともに歩む関係

ソーシャル・ワーカーにとって大切なのは、当事者の抱えている問題は社会の問題であると世間に発信することです。その際に重要なのは、当事者自身に問題を語ってもらうことです。専門的にはエンパワーメントアプローチと呼ばれています。

相談に訪れた時点では、当事者の力は失われている場合が多いです。「自分は社会に必要ない存在だ」「交渉しても問題が解決できるわけがない」「制度なんて変えられるはずがない」と思い込んでいます。ソーシャル・ワーカーは、そうした人とともに歩みながら、当事者の力を取り戻していきます。そして当事者が同じ境遇にある人の問題を改善できるリーダーになれるように支えていく。そうした取り組みが、さまざまな場所で展開されると日本社会は劇的に変わると思います。

例えば、過労死問題の場合、ほとんどの遺族が泣き寝入りしていた中、数人の遺族が声を上げ始めた。弁護士や労働組合がそれを支え、過労死防止が大きな社会運動になりました。こうした運動が重層的に起きるようになるといいと思います。

ソーシャル・ワーカー(支援団体も含む)の役割は、まず当事者を経済的に支えることです。エンパワーメントするにも、明日の食事が食べられないほど困窮していたら元も子もありません。生活保護制度や労災申請などで、当面の生活を安定させることが大切です。

生活に少しゆとりが出てきた段階で、ソーシャル・ワーカーは当事者と一緒に勉強したり、アクションを起こしたりします。当事者には、自分が相談を受ける側になってもらいます。あくまでソーシャル・ワーカーと当事者は対等なパートナーシップ関係であることが大切です。

社会への発信

社会に向けて、解決したい課題をどのように発信するのかはソーシャル・ワーカーの力量によります。マスメディアに取り上げてもらったり、SNSで拡散したり、このあたりはソーシャル・ワーカーの「腕」が問われます。

言説戦略も大切です。似たような相談が繰り返し寄せられるようなら、その問題に名前を付ける。「下流老人」や「ブラック企業」というネーミングもそうした戦略の一つです。発信する際も、多くの人が手に取りやすい「新書」形式で出版したり、SNSでの発信を強めたりします。

一つの相談があったら、その背景に何があるのかを分析する。同じように苦しむ人たちがたくさんいると想像する思考力が求められると思います。

現場への原点回帰

労働組合役員の皆さんには、自分の企業のことだけではなく、社会を分析する視点を持ってほしいと思います。企業が守られても、社会が持続可能でなければ意味がありません。人口減少・少子高齢化が進み、再生産が難しい社会になっています。そのことに、どれだけの人が危機感や焦燥感を持っているでしょうか。

このままでは、私たちの子ども、孫世代になったとき、一部の大金持ちを除いて、ほとんどの人が生活課題を抱える当事者になります。貧困が再生産され、格差と貧困が拡大します。社会の中で労働組合がどのような役割を果たすべきなのかという視点を持った活動を展開してほしいと思います。

労働組合の本質的な活動の一つは、労働相談を受けて労働者と一緒に社会を変えていく運動です。ですから、労働相談に来る当事者の課題を分析し、当事者をエンパワーメントし、仲間をつくって一緒に社会に発信していく。そのような運動が求められています。

連合が力を入れている政策・制度の取り組みも、元々は組合員の声を政治に反映させるためのものです。やはり大切なのは、働く人たちの声を聞くという原点回帰の取り組みなのではないでしょうか。その際にはぜひソーシャル・ワークの手法を取り入れてもらえたら幸いです。

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