特集2018.01-02

「草の根」社会運動と労働組合サンダース現象とアメリカの草の根社会運動「Alt-Right」と「Alt-Labor」の源流とは

2018/01/15
トランプ大統領の誕生から1年が経とうとしている。アメリカでは、「左右」の活動家が展開する草の根社会運動に関する書籍が多数、出版されている。アメリカの草の根社会運動の現在と歴史を読み解く。
篠田 徹 早稲田大学教授

書店が表す米国の世論

アメリカに行く機会があれば、その時の論壇のトレンドを理解するために必ず寄る本屋がある。

アマゾン発祥の地で、本屋がやっていけるのかと、いぶかる方もいらっしゃるだろうが、郊外のモールなどには大規模なチェーンの本屋があり、ありとあらゆる層が売れ筋の本を買うのに便利で、夕方や休日はゆっくりした店内のあちこちにあるゆったりしたソファに腰を深く落として「座り読み」をする人で結構にぎわっている。

もっとも筆者が行く本屋には、そういうくつろげる雰囲気はないが、超有名大学の隣にあり、いわゆる「知識人」相手に人文社会科学や時事問題の旬で硬派な本がズラリと並んでいる。

アメリカで何が起きているかは、日本でもよく紹介されるが、その中には一部の現象を拡大ないし強調しているものが少なくない。広いアメリカでは、現地の人たちもその他の場所で何が起きているかは、事件や事故のニュース以外よく知らない。

そういうアメリカで何が注目され、議論されているのかを俯瞰するのに、行きつけの本屋の書棚に並ぶ背表紙を縦横に眺めるのはとても参考になる。これはアマゾンのサイトではできないことだ。

「Alt」=「別の」の流行

早いもので、アメリカにトランプ政権が誕生して1年が経とうとしている。この頃はやはり「トランプ以降」のアメリカの政治経済や社会文化、国際関係を論じるものが多くなっている一方、それがより長いスパンで、この国の資本主義や民主主義のありようにとって、何を意味するのかを考察する肉厚な本も出始めている。

他方で目を引くのは、ジャーナリズムや研究者を中心に、昨年の大統領選挙から1年の間に見られた左右の草の根社会運動の「活況」を詳報したり、それを歴史的に分析する書籍が刊行されていることである。

その中で共通するキーワードがある。「Alt」だ。これはAlternative、つまり「もうひとつの」とか「別の」という意味で、最近は2017年、南北戦争の際の南軍を称える銅像撤去を巡って南部の小都市で起こった衝突事件でずいぶん注目された白人至上主義の極右運動の総称であるAlt-AmericaあるいはAlt-Rightが有名だ。

これについては、英米の左派系出版社で学術的にも定評のある本を多く出すVersoから、アメリカの極右運動の第一人者とされるジャーナリストが、トランプ政権を誕生させた原動力と見なすこの社会運動について詳述した分厚い本『David Neiwert, Alt-America: The Rise of the Radical Right in the Age of Trump』をこの秋に出し話題となっている。

「Alt-Labor」の登場

では左派、あるいはリベラル系はどうかというと、右派系に対するほどの一般の注目度はないが、「Alt-Labor」という言葉はこのごろ特にアメリカの若手研究者の間の議論で見られるようになった。

「Alt-Labor」も先ほどと同じ論法で、alternative labor、つまり既存の労働運動に替わる新しい労働運動という意味だ。現地の研究者に確認したところ、これはこの間までsocial movement unionismと言われていた、既存の労働組合組織に替わる、それこそ草の根社会運動的な多様な労働者組織や活動を指す言葉とほぼ同義語だという。

この「社会運動的ユニオニズム」は、10年以上前から日本でもコミュニティ・ユニオンなどを事例に多く議論されてきたところで、労使関係などの分野を含め学会でも世界的に通用する言葉になっている。ただこれが改めて最近「Alt-Labor」と言い直されてきているのは、やはり強力な既存組織をバックにもたないサンダースとトランプが大衆から強力な支持を受けた背景に、左右にまたがるアメリカの草の根社会運動の地殻変動があると見ている人が多いからであろう。

アメリカのポピュリズム

そんな中、ジョージタウン大学のアメリカ史の教授で、これまで労働運動史や社会運動史の分野で定評のある作品を生んできたMichael Kazin氏が出した『Populist Persuasion: An American History2版』の序文が目に止まった。もともと1998年にCornel University Pressという名門大学の出版会から出た学術書だが、大統領選挙やその後の政治社会状況、特に両候補の背後で注目された左右の草の根社会運動の台頭を踏まえて、2版が11月半ばに出されたばかりである。だから新しい表紙は、トランプとサンダースの顔がシルエットになって上下に並ぶ。

この2版の序文で彼はこう述べる。アメリカの政治文化には、建国以来エリートとピープル(People、人民や一般大衆、あるいは草の根の人びと)の間の対立があり、民主主義を標榜する国にあって、ピープルの利益を傷付け、その理想を裏切るエリートや既得権益者を吹っ飛ばすポピュリズムと呼ばれる人びとの動きは、左右を問わず、個人や集団を問わず、今日に至るまでアメリカ史の至る所に見られるという。

そしてトランプやサンダースの背後にも、他の識者が指摘するようにポピュリズムのさまざまな運動が見られたという。ではこの左右のポピュリズム運動の違いは何か。それはPeopleが排他的であるか包摂的であるかだという。なるほどトランプを支持するポピュリスト的な運動には白人至上主義が濃厚だ。他方サンダースを支えた運動は人種差別や移民制限に強く反対し、彼の政策も普遍主義的だ。ただPeopleを忘れ、既得権益に奉仕するワシントンの政治家たちに強く反発する点で両者は一致する。

歴史の文脈を捉える

このトランプ支持者との「のりしろ」部分を見逃すと、サンダース現象の背後にあった運動をよく理解できない。それはまた現地の「Alt-Labor」の実践や議論にも感じる。

確かに「Black Lives Matters(黒人の命も大切だ)」運動をはじめとする不法移民を含むマイノリティーの権利擁護や「最低賃金15ドル運動」など、サンダースを支える若者を中心とした草の根社会運動連合は、社会包摂的なポピュリズムであった。

ただそれはクリントンが大勝した東西両海岸の大都市部とシカゴなどの例外的な内陸大都市圏に集中し、その他の地域を覆った濃淡はさまざまだが右派ポピュリズムの波との接点を持たなかったか、そのことを見落としたか、あるいはそれを大事に思わなかったように見える。

このことは、選挙後よく言われたように、クリントンは一般投票では勝利し、中西部での際どい票差で失った選挙人の数で負けたこととも関係している。先ほどの「のりしろ」を思い出せば、ここにはサンダースを支持するポピュリズムの地盤もあったことになる。実際ミシガン州の民主党予備選では、大番狂わせと言われたサンダースの勝利が見られた。

残念ながら紙幅が尽きたので、詳細は別の機会を待つとして、結論だけ述べておこう。

サンダースを支えた草の根社会運動を、東西両海岸の大都市部の動きだけで狭く解釈すると、そのさらに下地となるポピュリズムというアメリカの多様で広範な草の根社会運動の伝統を見逃す。

特にサンダース側の包摂的ポピュリズムの今後の課題を理解するには、この名称の起源ともなった19世紀第4四半期の中西部や南西部の農民や労働者を中心に澎湃と起こり、協同組合運動を基盤に東海岸の巨大金融、鉄道資本が牛耳っていた勃興期のアメリカ資本主義に敢然と対抗したポピュリズムの運動史と、それが転化した20世紀以降のアメリカの利益団体や労働運動、社会主義のそれから学ぶことが不可欠だ。

特集 2018.01-02「草の根」社会運動と労働組合
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