「草の根」社会運動と労働組合「ウィメンズ・マーチ」と日本の女性運動
日常の生きづらさを変えるために
NPO法人アジア女性資料センター
女性の生きづらさを表現
2017年1月21日。トランプ大統領就任の翌日、50万人と言われる人々が米国の首都ワシントンD.C.に押し寄せた。女性を中心に「反トランプ」を掲げた「ウィメンズ・マーチ」の参加者たちだ。デモは、世界中で行われ、主催者は約500万人が参加したと発表した。
NPO法人アジア女性資料センターの濱田すみれさんは、その様子をインターネットで見ていた。「女性と一言で言っても、さまざまなアイデンティティーがあります。人種、移民、年齢、障害、貧困、宗教、性的マイノリティー─。現実には、多様なアイデンティティーが絡み合っているのです。『ウィメンズ・マーチ』の主催者は、女性たちの持つ多様な背景、そして複合差別の問題に触れていました。私たちが取り組んできた問題意識と同じで、とても共感しました」と濱田さんは話す。
「ウィメンズ・マーチ」の主催者はその後、3月8日の国際女性デーに大規模なアクションを呼び掛けた。濱田さんが「日本でも『ウィメンズ・マーチ』をやりたい」とFacebookに投稿したところ、周囲の反応も良かった。濱田さんは仲間5人とともに実行委員会を立ち上げた。
濱田さんら「ウィメンズ・マーチ東京」実行委員会のメンバーが日本で訴えたかったのは、女性が日常的に抱えているモヤモヤや、しんどさを可視化することだった。
「アメリカでは、女性差別などに対抗する力強いメッセージが中心でしたが、日本では女性運動がそこまで盛り上がっていないし、活動する人も少ないです。政治的なメッセージが強すぎると引いてしまう人もいます。いろいろな人が参加しやすいようにするために、まずは、いま抱えている生きづらさを表現するだけでも、という思いで呼び掛けました」と濱田さんは振り返る。
声を聞かない日本社会
3月8日に都内で行われた「ウィメンズ・マーチ東京」には、約300人が集まった。議員会館で院内集会を開催した後、渋谷をデモ行進した。デモ参加者の手には「NOセクハラ」「女はモノじゃない」「パートなめんな」「女性活躍しません」「性暴力ゆるさん」など、女性の生きづらさを訴える多様なプラカードが並んだ。ツイッターなどのSNSを見て、デモに初めて参加したという若者もいた。
「女性たちはこれまで十分に声を上げてきた。しかし、その声を聞こうとしない人たちが政策決定の場にいる」という院内集会での参加者のスピーチに濱田さんは、「本当にそうだなと思った」と振り返る。
「女性たちが声を上げるためにはどうすればいいか、という質問をよく受けますが、女性たちは以前から声をかなり上げていますし、私たちの団体は70年代から活動していて、ずっと変わらない主張もあります。声を上げても聞こうとしないのが日本社会の問題点だと思います」と訴える。
「男女間の賃金格差をなんとかしないといけないというのは、ずっと前から言われてきたのに、いまだに是正されていません。性暴力や保育園の問題も同じ。安倍政権は女性活躍推進を掲げて、『やっている風』に見せていますが、現実はどんどん悪くなっています。意思決定の場に女性を増やしていくことは重要な取り組みの一つです」と濱田さんは強調する。
「#MeToo」キャンペーンの広がり
アメリカの「ウィメンズ・マーチ」の主催者たちは、政治へのコミットを積極的に呼び掛け、大規模な動員を成功させた。その一方で、ツイッターを中心に「 #MeToo 」というハッシュタグの下、セクシャルハラスメントを告発する運動が世界的に広がっている。こうした動きに日本にも広がるだろうか。
濱田さんは「『 #MeToo 』キャンペーンはすごい力を持っていて、日本でも発信する人が増えています。国外のニュースを見ていると、政治家や著名人によるセクハラが連日のようにトップニュースで報道されています。日本にも影響を与えると思います」と分析する。12月中旬には、著名ブロガーが電通社員時代に受けていたセクハラを告発したことで、日本でも「 #MeToo 」運動が広がりつつある。こうした動きに対して濱田さんは、「『ウィメンズ・マーチ東京』で『しんどさ』を声に出そうと訴えたことと、『 #MeToo 』の目的は一緒だと思います。日常に性暴力が溢れていることを社会に知らせると同時に、被害者にとって自分が悪かったわけではないことや、同じ思いの人がたくさんいることを知らせる力を持っています。ただ一方で、声を上げた人をバッシングする動きも見られます。声を上げる人に対して、『自分はこんなに我慢しているのに、あいつは我慢しないで嫌だと言っている、わがままだ』という感情を持つ人がいるからなのかもしれません」と話す。
ただ、日本での女性運動の規模が欧米と比較して全体的に小さいことは否めない。濱田さんは日本における女性運動の現状について、「活動する人と資金が不足していて、運動団体がいくつも活動できなくなっています」と打ち明ける。アメリカの「ウィメンズ・マーチ」には、大規模なスポンサーがついており、違いは大きい。
また、日常生活の中で女性たちが声を上げづらい環境は、日本で依然として強く残っている。アジア女性資料センターでは、「ジェンダー・カフェ」というイベントを定期的に開催している。下北沢のカフェで、身近なジェンダー問題についておしゃべりするイベントだ。「家族」や「結婚」「家事」「女子力」などをテーマにこれまで開催してきた。
濱田さんは「ジェンダーの問題は、すごく身近ですが、安心して話せる場所がとても少ないと思います」と話す。例えば、女性が声を上げると「怖いフェミニスト」という勝手なレッテルを貼られて、人間関係が壊れてしまうかもと心配する人がたくさんいる。日常空間における抑圧はいまだに強いと言える。「ジェンダー・カフェ」では、職場などでは話しづらい男女差別の問題について、自分の考えを表現できるようにすることで、女性をエンパワーできるように配慮している。
「『ジェンダー・カフェ』で自分の思いを話してみると、疑問を感じているのは自分だけじゃないとわかったり、自分が悪いわけではないと思い直せたりします。女性たちは、小さい頃から見た目など、さまざまな評価を受けて、男性より自分に自信が持てない人が多いです。カフェでおしゃべりすることで、自分だけじゃなかったとか、仲間がいるとわかってエンパワーされる人もたくさんいます」と濱田さんは話す。
日常を変える
ただ、「ジェンダー・カフェ」でどれだけエンパワーされても、職場や学校、家庭に戻ると打ちのめされてしまう人も多い。ここに、日本社会の変革が進まない大きな原因がある。
「日常の中でのジェンダー差別が圧倒的に強い。おかしいとわかっていても、どうにもできない環境があるのが現実です。女性たちの声を大きな力にする回路があるといいのですが」と濱田さんは、悩みを打ち明ける。
女性が日常的に抱えているモヤモヤや、しんどさを解消するためには、日常の空間を変えないといけないのは明らかだ。労働組合は、男女間賃金格差の是正やワーク・ライフ・バランス、セクシャルハラスメントへの対処など、さまざまな役割を果たすことができる。男性中心の労働組合のあり方を見直すことも重要なミッションだ。濱田さんはこう話す。
「男性も含めて労働環境を変えていくことが大切だと思います。長時間労働でストレスがたまって、家庭内暴力(DV)につながることもあります。ゆとりのある働き方、ディーセントワークをめざすべきです」