特集2019.05

参議院議員選挙前に考える 日本経済の現状と課題「アベノミクス」を分析
「令和」時代の日本経済の課題は?

2019/05/14
少子高齢化・人口減少など難しい課題に直面する日本。「アベノミクス」は、日本経済にどのような影響を及ぼしたのか。次の一手はどこにあるのか。日本経済研究センター研究顧問などを務め、経済分析に定評のある小峰隆夫教授に聞いた。
小峰 隆夫 大正大学教授

「アベノミクス」の評価

「アベノミクス」は、金融・財政・成長戦略という「3本の矢」からスタートしました。2014年3月くらいまで、これをきっかけに日本経済全体のムードが明るくなりました。株価が上がり、物価も上昇、円安で企業収益は増加。「アベノミクス」の最初の1年半くらいは、大きな成果があったというのが私の評価です。

ただ、それ以降の経済情勢は足踏み状態、失速気味になりました。日銀による「異次元緩和」が当初うまくいったのは、誰も予想しなかったような規模の金融緩和が、人々のマインドに影響を及ぼしたからでした。財政政策では、2013年度から増やした公共事業が効き目を発揮。また、消費税率引き上げ前の駆け込み需要もありました。

しかし、こうした効果は短期的で長続きしません。どの効果も本質的には短期的なものでした。

「アベノミクス」はその後、「新3本の矢」(「名目GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」)を掲げました。「アベノミクス」は政策の幅を広げてきましたが、「新3本の矢」は、いずれも目に見える成果を上げていません。

その一方で、安倍政権が向き合ってこなかった課題があります。財政問題です。少子高齢化が進み、財政赤字が広がる中で、安倍政権はこの問題に真剣に取り組んできませんでした。

効果の背景

「アベノミクス」の当初の成功には、「アナウンス効果」もありました。実際、安倍内閣が発足する前から円安になり、株価が上がり始めました。民主党政権から一転して、安倍首相が企業・成長重視の姿勢を示したことで大きな「アナウンス効果」が生じたと言えます。

日銀の「異次元緩和」がどのようなルートで効果を及ぼしたのかについては、はっきりしたことはわかっていません。政府の「経済財政白書」では次のルートがあると説明しています。(1)金利の引き下げ(2)ポートフォリオ・リバランス(銀行や機関投資家が運用資産を組み替えること)(3)期待への働き掛け─の三つです。どのルートがどれほど影響したかは判然としません。強いて言えば、(1)→「異次元緩和」以前から超低金利状態だったので大きな影響があったとは考えづらい(2)→日銀が国債購入により民間銀行に資金提供しても、結局はそのお金が日銀の当座預金に戻ってきていることから効果は見えづらい(3)→当初はマインドの変化をもたらしたものの継続的な効果は期待できない─ということでしょう。日銀はその後、第二弾となる「異次元緩和」や「マイナス金利」へと踏み込んでいきましたが、十分な効果は出ていません。

構造的課題への対策

日本は、人口減少、少子・高齢化という構造的な問題を抱えています。日本経済にとって最も重要な問題は、生産年齢人口の減少です。働き手が減ることで経済成長が制約され、社会保障の持続性が損なわれます。いわゆる「人口オーナス」で、経済にとって大きなマイナス要因です。

日本の人口減少は、今後20〜30年間にわたり避け難く進みます。それに対して、働く人が減っても経済が元気であるような政策を打ち出す必要があります。そのために重要なのが生産性の向上です。働く人が減った分を、生産性の向上でカバーしなければいけません。

足元では生産年齢人口が減少する一方、就業者人口は増えています。女性や高齢者が働きに出るようになったからです。ただし、女性や高齢者の多くは非正規雇用で、賃金も生産性も高くないのが現状です。人手不足に対して、数の投入を優先する「動員型」で乗り切ろうとしています。

しかし、「動員型」では、女性や高齢者の労働力はいずれ行き詰まります。「動員型」から「生産性向上型」へ転換し、いかに生産性を上げていくかが問われています。

生産性向上には、(1)働く個人の生産性を上げる(2)生産性の高い分野に労働力を移動させる─という二つの方法があります。賛否両論はありますが、私は、日本の働き方を「ジョブ型」にすることが、生産性向上のプラスになると考えています。付加価値の低い仕事から高い仕事へ。その移動のためには、企業や産業にこだわらず、労働力を流動化していく必要があります。そのためには人が企業に張り付いている「メンバーシップ型」ではなく、仕事に特化した「ジョブ型」への移行が鍵となります。

日本は中小企業が多いため、限られたパイを奪い合う過当競争が起きがちで、人件費も含め付加価値が低下するという構造があります。生産性の向上には、中小企業の統合なども進めていくことが大切です。

「令和」時代の課題

日本経済は、長らく続いたデフレや、リーマン・ショック、人口減少など、かつて経験したことのないような難しい問題に直面しています。そうした問題への対処として、「異次元緩和」のように思い切った対策を取ることは必要だったかもしれません。

しかし、政策の効果を検証し、うまくいっていないのであれば、撤退する勇気も必要です。日銀の「異次元緩和」は、最初はうまくいきましたが、その後は思うような効果を得られていません。むしろ、目標に届かないことを理由にアクセルを踏み込むことで、「異次元緩和」の「出口」はますます遠のいています。

一方、政府は、日銀が国債を引き受けてくれているので、財政再建に真剣に取り組む姿勢を見せていません。消費税率の引き上げに当たっても、プレミアム商品券やポイント還元など大盤振る舞い。財政赤字は膨らみ続けています。

財政・金融の正常化に向けてどうかじを取るのか。これが「令和」時代における経済の最大の課題です。

リスクと有権者の選択

日銀が国債をずっと引き受けてくれれば、増税もせず、社会保障の支出増大に対応でき、誰も困りません。でも、常識的に考えて世の中そんなにうまくいくわけがありません。金融・財政のリスクは、国債金利の暴騰や極度の円安、インフレなど、さまざまな形で想定できますが、そうした破壊的なマーケットの動きが現実化すれば、国民全体に大きなコストが掛かります。

それがいつ起きるのかを正確に予言することはできません。いつ大地震が来るのか予言できないのと同じです。ただし、金融・財政のリスクは地震の大きさを変えられないのと違って、自分たちの行動で減らすことができます。そのためには、税と社会保障の負担と受益のあり方を見直す必要も出てきますが、そうした政策は有権者の反発を買います。政治家も有権者から評判の悪い政策を避けるため、課題が先送りされ続けています。

今のまま「異次元緩和」や赤字財政の拡大を続けていくと、マーケットによる暴力的な解決というリスクが、そのうち現実化する不安は付きまといます。聞こえがいい政策は長期的に見て実現可能で、暮らしを良くしていく政策なのか。有権者の皆さんに考えてみてほしいと思います。

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