特集2019.05

参議院議員選挙前に考える 日本経済の現状と課題生産性の低下で貧しくなる日本
脱却に向けた道筋はどこに?

2019/05/14
今後の日本の鍵を握るのは、生産性を向上させ、稼ぐ力を取り戻すことだ。生産性の向上のために何が必要なのか。『なぜ日本の会社は生産性が低いのか』(文春新書)を上梓した熊野氏に聞いた。
熊野 英生 第一生命経済研究所経済調査部・首席エコノミスト
『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』(文春新書)熊野英生著

──日本の生産性が低い要因は?

人口減少と高齢化の影響が如実に表れています。わかりやすく言うと、顧客が少なくなり、高齢化していることが日本の生産性に大きく影響しています。加えて、働き手の高齢化や非正規化も大きな要因です。

高齢化が進むと高齢者の需要は年金額によって固定化されるため、一人当たりの単価がそれ以上増えません。90年代後半以降の高齢化・非正規化・人口減少という要因を背景に、かつてのような人口増加を前提とした生産性向上のシナリオは、通用しなくなっています。

──著書『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』の中で、生産性の低下によって日本が貧しくなっていると指摘しています。

この5〜6年の間で最も値上がりしたのは食料品です。日本は食料自給率が低いため、国内の食料品価格であっても海外の価格に引きずられます。この間、国内物価の上昇は4%台後半でしたが、食料品は11%上昇しました。賃金の伸び率が、輸入品の価格上昇に見合わなければ、買えるものが少なくなります。稼いだお金で買えるものが少なくなるということは、国が貧しくなることだと理解できます。

──賃金が上がらない背景にあるのは?

日本発のイノベーションがあまりないことが象徴的です。わかりやすいのは、スマートフォンやプラットフォームビジネスで日本発のイノベーションを生み出せなかったこと。利益の高い部分は海外勢に持っていかれ、日本は部品の下請けに回ってしまいました。

生産性の高い国には、「ダントツ」の分野があります。ドイツなら製造業、アメリカやイギリスなら金融です。一方、日本には「ダントツ」がありません。かつての自動車産業はそうでしたが、今はそこまでの産業競争力はありません。高齢化や人口減少だけではなく、産業競争の分野でも特徴がないことが生産性の低さにつながっています。

ただし、企業の「カネ余り」は「ダントツ」です。企業のもうけたお金が家計や税収に回らないので、企業のキャッシュフローだけが大きくなり、マネーの流動性が極めて鈍くなっています。投資をしないから、成長しない。日本経済は、そういう自縄自縛に陥っています。

労働力の非正規化は、危機を乗り切るための緊急避難的な措置でした。しかし、それが危機が過ぎ去ってからもずっと続いています。日本の雇用間格差は他国と比べて大きく、賃金が上がらない背景に非正規化があることは確かです。

──生産性の高い製造業の割合が減り、相対的に生産性の低いサービス業、ケア産業の比重が増しています。

サービス業の生産性向上は難易度が高い課題です。それはサービス業自体に問題があるからではなく、需要サイドに課題があるからです。高齢化が進み、年金生活者など所得の低い人たちが増えると、需要が頭打ちになり、単価を上げることが難しくなります。稼ぐ力が弱ければ賃金を上げることはできません。サービス業の生産性を上げるためには、サービス業以外の産業でお金持ちを増やす必要があります。

先進国(G7)でも、サービス業は、他産業に比べて生産性が低いです。ただし、他国の場合、他産業に「ダントツ」があって、その分野のお金持ちがサービス業の生産性向上に貢献しています。しかし、「ダントツ」がない日本は、インバウンドという他国のお金持ちに頼ってサービス業の生産性を向上させるという、いささかトリッキーな策を講じています。サービス業の生産性を上げるためには、サービス業以外の産業の生産性を向上させ、そこで生じた賃金上昇を通じて、それを実現することが必要です。

──どのような戦略がありますか。

人口減少・高齢化でも成長が望めないわけでありません。「ダントツ」とまではいかなくても、個別に競争力を持つ企業や産業ができると、右肩上がりに近いモデルを取り戻すことも可能です。

日本の輸出は、その9割が大企業によるもので、中小企業による輸出は残りの1割です。中小企業が海外の富裕層にアクセスできれば、中小企業の生産性が向上し、日本が豊かになるという道筋があります。「グローバル・ニッチ・トップ」とまでいかなくても、「グローバル・ニッチ」のニーズをつかむだけでチャンスは大きく広がります。

中小企業は、自分たちの強みに気付いていないことが多いです。自分たちの得意分野を特定し、もうからない仕事はせず、強みを生かせる分野に特化することも大切です。

──大企業はどうでしょうか。

日本企業が成長できない理由は、かつての成長モデルから抜け出せず、多様化するメンバーをうまく使いこなせていないからです。日本の大企業の多くは、いまだ1960年代に見られる三角形の組織のヒエラルキーモデルを維持しています。ただし、そのモデルは、組織人員の減少に合わせ小さくなる形で存続しています。

その結果、企業は三角形の外部にいるスキルのある人材を使いこなせていません。例えば、▼優秀なのに役員になれない人材▼周辺部門で能力発揮のチャンスがない人材▼定年延長・再雇用後の人材─。今の日本企業は小さくなった三角形の外部にいる、こうした人材を上手に活用するメカニズムをほとんど持っていないのです。

大企業では、「ワンオペ仕事」や「ぼっち仕事」のように、一人で仕事をする場面が広がっています。生産性向上の責任を個人に押し付けるような動きも見られます。成果主義の広がりで、個人の成果が優先される結果、人材投資や人材育成がおろそかになりがちです。大企業は、さまざまな人材を抱えつつも、組織としての力を生かせず、自分の能力を自分で殺しているのではないかと思います。

──どのような改善策がありますか?

「スーパースター」を生んで、みんなで潤いましょう。個々の能力を生かすことで生産性を上げ、上がった生産性の成果をみんなで分配する。個人の才能やチームの特徴を引き出すために、働き方をもっと多様にすることが大切です。時差出勤やテレワークももっと導入されるべきです。

しかし、「高度プロフェッショナル制度」のように、無制限の成果を追求させると必ず弊害が起こります。能力のある人材が疲弊します。優秀な人材は替えがききません。優秀な人材を消耗させ、失っていくのは馬鹿げています。

責任や裁量を一人に押し付け、成果を測る手法も得策ではありません。稼ぐ力の強い「スーパースター」を生んで、組織でそれを支え、チームで成果を最大化させ、それを分配することを考えるべきです。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」です。

経営層が、多様化する人材をハンドリングできなくなったことが生産性の低下にも影響しています。多様な人材の交流の中でアイデアが生まれます。多様な人材を多様な働き方で生かしていくべきです。

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