特集2019.05

参議院議員選挙前に考える 日本経済の現状と課題賃上げ、時短、株主重視経営からの転換
働く人のための経済政策を

2019/05/14
多くの人が景気回復を実感していない。グローバル化が進む中で、株主重視の経営が広がり、働く人たちの力が弱くなった。賃上げ、時短、株主重視経営からの転換が必要だ。
水野 和夫 法政大学教授

──多くの人が景気回復を実感していません。なぜでしょうか。

日銀の「生活意識に関するアンケート調査」の中で、景況判断の根拠としてトップに上がるのは、「自分や家族の収入」です。日本の実質賃金は1997年をピークに傾向的に低下しています。景況感判断の根拠が収入であり、実際に実質賃金が低下し続けていれば、国民の多くが景気回復を実感できないのも当然です。

──賃金が上がらないのはなぜでしょうか。

グローバル化が進む中で、自己資本利益率(ROE:自己資本利益率=Return On Equity:当期純利益を株主が拠出した自己資本で割って求める指標)を欧米企業並みにすべきという声が、日本の事情を無視して高まりました。政府はそれにお墨付きを与え、経済産業省は2014年に「ROE8%」という目標を掲げた、いわゆる「伊藤レポート」を公表しました。レポートの行間からはROEを8%ではなく、さらに引き上げるべきという考えが読み取れます。実際、ROEを15〜20%にまで引き上げようとする企業もあります。

こうした流れの中で、企業経営は株主利益重視になりました。企業の純利益は一般的に、売り上げから仕入れ値を引いて、そこから人件費などの固定費を引くことで算出されますが、ROE重視の経営では、株主が要求するROEの確保が他の項目より優先され、その結果、人件費は、ROE確保のための調整の対象とされてしまいました。

日本はそもそも、自動車や電機などの国内企業数が多く、価格競争が起きやすい環境にあります。日本では、同じモノをつくって売る競合他社が多いので、価格の引き下げ競争が始まるのです。欧米は競合他社が少ない分、企業は価格競争力を維持できます。ROE経営はそうした日本の事情を無視して導入され、日本企業はその中でROEを上げるために固定費である人件費を削ってきました。

ROE経営とコインの表裏を形成しているのが、非正規雇用への置き換えです。製造業への派遣解禁など、1990年代後半から雇用の規制緩和が進み、非正規雇用が拡大してきました。その結果、働く人たちの力が弱くなり、経営者が春闘の意義を否定する発言をするようになりました。

その上で、日銀が事実上の円安政策である金融緩和を実行し、輸出企業をさらに優遇しました。このような政策を実践すれば「実感なき景気回復」になるのも明らかです。政策立案者からすれば、政策の意図通りの結果と言えるのではないでしょうか。

──「アベノミクス」をどう評価しますか。

輸出中心の大企業優遇政策という意味では大成功でしょう。企業は過去最高の利益を更新し、株価も上がりました。

日銀の大規模金融緩和は、事実上の円安政策で輸出企業を優遇した一方、輸入物価が高くなり、家計は厳しくなりました。「アベノミクス」は、輸出企業を優遇して、日本の資産をバーゲンセールに出した政策だと言えます。

日銀の2%の物価目標は設定自体が間違っています。日本は食品ロスや衣料品の廃棄が大量にあり、空き家もどんどん増えています。すでにモノが行き渡っている状態なので、物価が上がりづらい状態にあります。

日銀が物価2%上昇を掲げたのは、欧米の中央銀行がその数字を採用した中で、日本だけがゼロインフレを掲げると円高が誘導されてしまうためです。円安を誘導するための数字だと言っていいでしょう。

しかし、今でも円安の影響で輸入物価が上昇し、物価は上昇しつつあります。その中で、多くの国民は、前述の日銀の生活意識調査でも、物価上昇は困ると感じています。日銀は、物価目標を取り下げ、量的緩和をやめるべきでしょう。物価目標はゼロインフレで構いません。現状では円安が進み過ぎていると言えます。

「アベノミクス」は、金融緩和、財政政策、成長戦略の3本柱でしたが、1段目のロケットである金融緩和から成功していません。成長戦略は、円安を通じて輸出企業の利益増加を生みましたが、その恩恵を受けられない人にとっては厳しいものだと言えるでしょう。

──人口減少、少子高齢化などで日本は長期的な需要不足に陥っているという指摘もあります。どのような対策が求められるでしょうか。

日本は生産力という資本が過剰になっています。資本が過剰になっているということは、これ以上、資本を増やさなくてもいいということです。私は、ROEの比率をもっと下げてもいいと考えています。比率を下げた分は、賃金に回します。

財務省の法人企業統計(2017年度)の全産業の純利益は約70兆円。このうち50兆円は賃金に戻してもいいのではないですか。2017年度の雇用者報酬は約270兆円なので、50兆円が賃金に回れば、約2割の賃上げになります。生産過剰であるならば、需要を強くしなければいけないということです。

需要を強くする際には、すでに市場にあふれている財ではなく、サービスの需要を強くする必要があります。サービスの需要を強くするためには、サービスを利用するための時間が必要です。すなわち労働時間の引き下げが求められます。

ドイツの一人当たり平均年間総実労働時間は約1360時間、日本は1713時間です。日本の生産力はドイツより高いため、労働時間をドイツより引き下げることもできるはずで、1200時間をめざすことも可能です。労働時間を減らすことで、新しい需要が生まれます。

このように、ROEの引き下げと、2割賃上げと労働時間1200時間をセットで提示するというのが私の考えです。最低賃金も、時給1500円、年収300万円をめざすべきです。

──有権者はどのような視点で経済政策を見るべきでしょうか。

経済政策は誰のためにあるのかを考えるべきです。日本の賃金は過去20年間、傾向的に低下している一方で、企業は今、過去最高の利益を出しています。利益は経営者だけでは生み出せません。従業員の働きがなければ利益は上がりません。

企業がもうけている一方で、働く人たちの賃金が下がることについて、それを正当化できる理屈はないはずです。働く人たちは、その理不尽さを問いただしていくべきです。

株主重視の経営は、傾向的にしばらく続くはずです。労働組合や野党の皆さんこそ、こんなにおかしなことがずっと続いていると訴えなければいけません。賃上げ、時短、株主重視経営からの転換──。この三つをセットにして、有権者に訴え掛けるべきでしょう。

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