特集2019.05

参議院議員選挙前に考える 日本経済の現状と課題経済政策の軸はどこに?
「アベノミクス」を分類・評価
野党が提示できる政策は?

2019/05/14
有権者は、経済政策の軸をどこに見るべきだろうか。政策の見取り図を、国会議員の政策秘書や行政職員などを経験し、政策づくりに詳しい田中信一郎・千葉商科大学基盤教育機構准教授に聞いた。
田中 信一郎 千葉商科大学
基盤教育機構准教授

経済政策の四つの分類

1990年代以降の中長期の情勢をどう見るかによって、経済政策の軸は大きく二つに分かれると考えています。

一つは、(1)日本が1990年代以降の景気変動の波の中にいると捉える見方。もう一つは、(2)景気変動ではなく、中長期の時代変化の中にいると捉える見方です。

(1)(2)の見方も、それぞれ二つの考え方に分類できます。ここでは仮にA〜Dと分類してみましょう。

AとBは、(1)の景気変動の波の中にいるとする考え方です。日本は景気変動への対応がうまくいかなかったため、苦境に陥ってきたとする捉え方をします。

A:金融緩和や財政出動といった従来の経済政策を実施するタイミングや規模を間違えてきたとする考え方。「異次元の金融緩和」を打ち出した、いわゆる「リフレ派」もここに含まれます。

B:生産サイドの強化がうまくいかなかったとする考え方。生産サイドの強化のために規制緩和を行い、経営者が投資しやすい環境をつくろうという考え方です。

これに対して、現在の日本経済の状況は、景気変動ではなく、中長期の時代変化の中にいると捉えるのが、(2)の中の、CとDの見方です。この見方は、日本の人口減少や技術転換などの中長期の時代変革への対応を重視します。

C:人口減少や産業構造の転換などの時代状況の変化が問題の背景にあるとした上で、これまでの社会システムを維持・強化するために資源を投入するという考え方。人口減少に対して、外国人労働者や移民の受け入れなどによって既存の社会システムを維持しようとする考え方です。

D:人口減少や技術転換は避けられないとした上で、それを前提とした社会システムに転換しようとする考え方。人口減少に伴う社会不安を解消しながら、分散ネットワーク型社会の構築をめざします。

問題認識の誤り

問題をどのように捉えるかで、対策の方向性は大きく変わります。「問題の診断は適切だから対策をもっと大胆に実行すべき」と考えるのか、「そもそも問題の診断自体が間違っているから別の対策を」と考えるのかでは進む方向が変わります。

「アベノミクス」は、AとBの政策をメインに、Cの政策を混ぜ合わせたものだと言えます。金融緩和や規制緩和といった景気変動への対応をメインに、人口減少や技術転換に対しては外国人労働者の受け入れ拡大や、既存産業の維持で対応しようとします。私は、安倍政権の問題の診断は、そもそも誤っていると考えています。その理由を説明します。

理由の一つは、人口減少です。日本は、江戸時代に3000万人台だった人口が明治以降一気に増加し、2008年には1億2808万人にまで増加しました。明治以降の国づくりは、人口増加に対応するものだったと言えます。そのため戦前は、人口増加に対応するため他国を侵略し、戦後は産業政策で人口増加に対応してきました。

しかし、人口は2008年にピークを迎えてから急激に減少していきます。安倍政権は、日本経済の現状を「一時的な供給過剰・需要不足」と捉えているため、金融緩和(A)や規制緩和(B)を実施すれば、かつてのように経済成長すると考えていますが、人口減少・少子高齢化を背景にもっと長期的な需要不足に直面していると考えるべきです。人口増加を前提としたシステムではなく、人口減少という現実を踏まえた社会システムの構築が必要です。

もう一つの大きな変化が、革新的な技術の転換です。特に情報、エネルギー、物流の3分野を中心に産業革命以来の大きな技術変革が起きています。社会システムは、垂直統合型から分散ネットワーク型へと転換していきます。例えば、エネルギーの分野では、大規模な発電所で集中的に発電し供給する一方通行のシステムから、小規模な再生可能エネルギーの発電所を各地域につくり、ネットワークでつないでいくというシステムへの転換です。安倍政権はこうした産業構造の転換に消極的です。過去の産業の延長では、新たな需要は生み出せません。持続可能な地域づくりに投資することで、地域に新たな需要をつくり出すことができます。

このように、安倍政権は現状の問題を見誤った対策を実行している、というのが私の見方です。

技術転換への対応

私は、Dの立場を支持しています。Dの政策では、人口減少への対応として、雇用環境を改善して急激な人口減少を緩やかにすることをめざします。人々が抱える不安の解消に投資をすることで、少子高齢化・人口減少で生じる需要不足の改善を図ります。

最も重要なのは賃上げです。まずは格差を解消して、本来の需要規模まで消費を回復させます。能力開発を含む積極的労働市場政策の充実も大切です。

ただし、賃上げにより需要不足をある程度回復させても、人口減少によって経済の規模は縮小します。そのため、技術変化や気候変動に対応できる持続可能な社会システムへの投資が必要です。具体的には、政府がエネルギー投資に関する適切なマーケットを構築し、地域への投資を促進していきます。小規模・小資本でもマーケットを上手に使って利益を得られるようにすることで、イノベーションが生まれます。その際、重要になるのはエネルギー需給を適切に調整するための情報通信技術です。

政策転換の方法

仮にDの政策を実践しても、サブ的な要素として、景気変動への対応などは必要です。「アベノミクス」からも徐々に方向転換していくべきです。急激な方向転換は立場の弱い人にしわ寄せがいくからです。

例えば、異次元の金融緩和。政策の急転換は副作用の懸念がつきまといます。最大の心配は、円の信認低下です。輸入インフレが起きれば、国民生活を直撃します。

政策実施の立場からは、政策実施で効果が出ないのは、今の政策の規模や方法が悪いためとする捉え方もあります。金融緩和をもっと大胆に進めるべきとする考え方もありますが、国民生活をばくちにかけるようなことは避けるべきです。A〜Cの政策は、すでに十数年にわたり実践してきました。効果が上がらないなら、問題認識が間違っていると考えられるでしょう。

政策軸を示すために

野党はこうした政策の軸をどう示すべきでしょうか。有権者に一言で伝えることは困難です。政治家が有権者と対話して、膝詰めで政策を一緒につくりあげることが必要です。

有権者の皆さんには、支持政党のあるなしにかかわらず、政治家と対話してほしいと思います。政治家の対話会に行ったり、メールで意見を出したり、積極的なアクションを何か一つ取ってみてください。それによって、投票先を最終的に決めればいいと思います。

日本経済の情勢を、一時的な需要不足と見れば、問題を見誤ります。日本が置かれている現状をどう捉えるべきか、ぜひ考えてみてほしいと思います。

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