平和運動の新展開なぜ今、核兵器廃絶運動が重要か
平和運動を問い直す視点から
ピースボート
NPT延期の影響
4月に予定されていた核不拡散条約(NPT)再検討会議は新型コロナウイルスの影響で延期されました。NPT再検討会議は5年に1度。世界に向けて核兵器廃絶をアピールするチャンスだっただけに残念です。
被爆者の平均年齢は83歳。ニューヨークで行われるNPT再検討会議に出席できるのも今回が最後になるかもしれません。その場が延期されたことは象徴的な意味で大きな影響があります。
実質的な影響も大きいです。今回の会議は、2017年に核兵器禁止条約が採択されてから初めてのNPT再検討会議でした。NPTは、一部の国に核兵器保有を認める一方で、核兵器の不拡散をめざす条約ですが、核兵器禁止条約は核兵器そのものの廃絶をめざす条約です。これら二つの条約のあり方を巡って議論が交わされるはずでした。
NPT再検討会議は、前回の2015年の会議で合意文書を採択できませんでした。核兵器禁止条約が採択されたことで、NPTにとっても、何かしらの成果を出さなければ、条約の意義そのものが問われかねません。その意味でも、成果の問われる会議となるはずでした。
核兵器を巡る状況はこの5年間で悪化しました。アメリカがロシアとの国際条約を破棄するなど国際的な枠組みが揺らいでいます。また、情報通信技術や人工知能の技術が核兵器の使用リスクを高めています。各国のリーダーによる話し合いの機会が先延ばしになったことはやはり残念です。
オンラインで“勝手に”開催
とはいえ、この事態を傍観するわけにはいきません。市民運動や平和運動は用意された場の中で活動するのではなく、自発的に場をつくっていく存在です。NPT再検討会議が開かれないなら、自分たちで場をつくっていくのみです。
オンラインツールはこれまでも小規模の学習会などで使ってきましたが、今回はそれを活用して、大規模なオンライン集会を開催することにしました。それが4月29日に開催した「“勝手に”オンラインNPT再検討会議2020」です。
当初は専門家による解説と、NPT再検討会議に参加予定の団体の発言の場とする予定でしたが、発言者を募ったら、多くの若者たちから発言したいという声が寄せられました。結果的にそうした人たちにも発言してもらうことにしました。
これはいい意味で意外でした。もしかしたら、核兵器廃絶に関心を持つ人たち同士がつながることができていなかったのかもしれない。この問題に関心を持つ人たちが意識を共有する場をもっと増やすべきという気付きになりました。
オンライン会議には、ZoomとYoutubeで合わせて約600人が参加してくれました。通常これだけの人数を集めた集会を開こうとすれば会場を押さえるだけで大変ですし、核兵器をテーマにした集会ではここまでの人数はなかなか集まりません。オンラインの手軽さが生きたと思います。地方や海外からの参加もありました。
オンラインの方が集会に参加した感じがしたという人も多くいました。大きな会場で発言者が遠くで話しているのを見るより、オンラインの方が発言者と1対1で話している感覚になるということでした。また、リアルの会場では参加者がたくさんいると質問はなかなか出ませんが、オンラインだと周りの人が見えないからか、質問がたくさん出るという効果もありました。
オンラインならではの工夫
オンライン会議で心掛けたのは、飽きさせない仕組みです。どうしたら最後まで参加してもらえるか、みんなで知恵を絞りました。基調講演の時間を短くしたり、リレートークの1人の持ち時間を短くしたり。ほかにも、参加者にリアクションを求めたり、安心して発言できるためのルールも考えました。
今回のオンライン会議は一つの成功体験になりました。今後も、被爆証言会を多言語に展開するなどしてオンラインを活用したいと思っています。
ただ、スマートフォンやパソコンを使えない人もいることを忘れてはいけないし、直接対面だからこそ参加者に伝わることもあります。私たちピースボートはもともと船旅で寝食をともにしながら絆を深める事業をしてきました。オンラインでは経験できないことの大切さもよく知っています。コロナが少し収まった後の世界では、リアルとオンラインの組み合わせが大切になると思います。
なぜ今核兵器廃絶か
新型コロナウイルスで世の中が大変なときに、なぜ今、核兵器なのかという問題意識がなかったわけではありません。しかし、私の中では二つの問題ははっきりつながっています。
核兵器の問題とは、この社会において何を許してはいけないか、何にお金を使うべきか、どんな社会にしたいかなどについて議論することです。
新型コロナウイルスの影響で、社会のさまざまなほころびが顕在化しました。貧富の格差、人種差別、医療や介護などのケア労働の問題──。その問題にきちんとお金が使われず、一方では巨額の防衛費が計上されています。防衛費などを数%削減すれば、医療や社会福祉に使えます。こうした観点から、私たちの社会が何を優先しているのかを考える。核兵器廃絶もその一つです。
平和運動とは抽象的なものではなく、現実の中で生活に困っている人たちをなくすための運動です。核兵器廃絶運動をそこと結び付けることが大切です。核兵器が使われたらどれだけの人々が苦しむことになるか。それは気候変動で多くの人々が苦しむ問題と変わりません。核兵器廃絶運動をそうした視点から捉え直すことが必要だと思います。
身近な平和運動に取り組む
戦後75年が経過して、ともすると平和運動のイメージが固定化しているのかもしれません。例えば、沖縄や広島・長崎で集会をする、もしくはそれをしないと平和運動ではないという見方。でも、先ほど言ったように平和運動とはもっと幅広いものです。コロナの影響で仕事を失った人を助けるのも平和運動だし、貧困で苦しむ子どもに手を差し伸べるのも平和運動です。グローバルな視野を持ちつつ、身近なところからできる平和運動に取り組むことが大切です。
核兵器廃絶運動は、「市民が不当に苦しめられてはいけない」「被爆者が差別されたり、当たり前の保障が受けられなかったりするのはおかしい」という被爆者たちの声から始まりました。被爆者の望みは、核兵器をなくすことはもちろん、争いがなく、すべての人の生活がきちんと保障される社会です。平和運動に携わっていると、つい今の活動の形が当たり前のように思ってしまいますが、運動の歴史を学び直し、未来につなげることが大切だと思います。
皆さんの仕事に直結した平和運動もあります。平和運動というと自分の仕事と切り離しがちですが、実は関係していることもたくさんあります。特に近年では、情報通信技術の軍事転用が問題になっています。実際、グーグルの従業員が自社のAI技術の軍事転用を批判し、会社がそれを撤回したことがありました。このように、自分の仕事が平和に逆行していないか、平和のためにできることはないか、いつもアンテナを張ってほしいと思います。それも大切な平和運動だと思います。