平和運動の新展開沖縄の基地問題をユーチューブで発信
「せやろがいおじさん」に聞く
お笑いコンビ「リップサービス」)
沖縄は終わっていない
沖縄の美しい海を背景に、赤いはちまきとふんどし姿で政治や社会問題について叫ぶ「せやろがいおじさん」。動画サイト「ユーチューブ」で配信しているのは、お笑いコンビ「リップサービス」の榎森耕助さんだ。
榎森さんは奈良県出身。高校卒業後、沖縄県内の大学に進学し、沖縄でお笑い芸人になった。
今では沖縄の基地問題について動画を配信しているが、大学生当時は「基地問題とか沖縄の抱えている問題にまったく興味がなかった。沖縄のいい部分だけを見ていました」と話す。
基地問題に関心を抱くようになったのは25歳を過ぎた頃。「沖縄の問題を何も知らないのはさすがにまずいと罪悪感を感じるようになった」と振り返る。
それから基地問題をラジオを聴きながら学ぶようになった。
「文字を読むのが苦手なのでラジオをよく聞きます。そこで、沖縄の経済の基地依存度が実は5%程度にまで下がっているとか、基地の跡地を活用した方が経済効果が大きいとか、沖縄経済の実態を知りました。ぼんやりとしか持っていなかったイメージが変わりました」
動画配信は2017年からスタート。沖縄の基地問題を初めて取り上げたのは、2018年の沖縄県知事選挙のあとのことだ。
実は選挙前から、『せやろがいおじさん』として県知事選挙を取り上げてほしいというメッセージが、榎森さんのもとにたくさん寄せられていた。しかし榎森さんは選挙前に動画で取り上げることはなかった。
「沖縄の人たちの逡巡を間近で見てきたこともあって、自分がいいとか悪いとか言える問題ではないと思っていました。政治的な話を取り上げるのは怖いという思いもありました」と打ち明ける。
結果的に玉城デニー氏が当選。しかしそれを受けてインターネット上には「沖縄終わった」という書き込みがあふれた。それを見て、「黙っていてはいけない」という思いが強くなった。
「沖縄は地上戦で本当に大変な思いをして、戦後もおじいやおばあがめちゃくちゃ大変な思いをして経済を復興させ、やっとここまで来ました。その上で沖縄の人たちは考えて、考えて一票を投じたのに、その結果を受けて『沖縄終わった』というのでは、あまりにも愛がありません。分断を生む言葉だし、沖縄を切り捨てる言葉です。ここで黙っていたら、今後も自分にうそをつき続けないといけないと思い、政治的なことに初めて言及しました」
動画では、「お〜い、沖縄終わったって言っている人〜。簡単に終わらせたらあか〜ん」と叫び、諦めや切り捨ての言葉ではなく、対話が大切だと訴えた。
分断される人々
動画に対する反響は大きかった。賛同の声も多かったが、インターネット上では、「とてつもないたたかれ方もした」。自分と意見や立場が違う人を敵とみなして攻撃や排除の対象にするような雰囲気を感じた。
「政治を語りづらい風潮の原因はまさしくこれだなと感じました。自分と違う意見があったときに、どうすり合わせるかとか、自分の考えに更新できる点がないかとかを考えるのではなく、異論をまったく受け付けず、反論されたら自分の人格が否定された気分になって相手を攻撃する。批判の仕方や異論の受け取り方がうまくないから政治的なことが話しづらいのだなと思いました」
政治的なことを動画で取り上げただけで「タブーに触れた」という批判も受けた。
「でもそれが一番意味不明で。政治的なことを話すだけで、親の前でとてつもない下ネタを言ったみたいな雰囲気になる(笑)。一番の敵は臭いものにふたをするというそういう空気じゃないかと思います」
実際、沖縄で生活する中で基地問題は話しづらいテーマだという。
「基地問題は仲の良い人との間でも言いづらい雰囲気があって。自分と意見が違うと嫌われるんじゃないかとか、関係性が変わってしまうのではないかという怖さを抱いてしまっています」
沖縄の基地問題は、「容認派」「反対派」「無関心」のように分類されることが多いが、沖縄で生活する中で、そう単純ではないと感じてきた。
「容認、反対といっても、その中にグラデーションがあります。話題にしないだけで本当は話したいことがあったり、反対派でもある論点については容認だったり。そんなに単純ではありません」
「沖縄の基地問題は『イデオロギー』の問題にされがちです。基地を容認する人は右翼。反対する人は左翼。僕も辺野古の軟弱地盤のことを取り上げたら、インターネット上で『基地反対派』と認定されて、『右』を自認する人からの批判が山のように寄せられました。でも辺野古の軟弱地盤の問題は基地容認派にとっても疑問を投げ掛けるポイントだと思います。基地問題を巡る態度で人々をリトマス紙のように右・左で分類するものさしは捨てた方がいいと思います」
SNSの力
動画作成の際は、主張を一方的に押し付けないように気を付けている。
「最近意識しているのが、敵を『わぁっ』と責めて、見た人が『そうだ、そうだ。あいつが悪い』とすっきりして終わる動画にしないこと。ガス抜きになるだけでは良くないなと思っています。だから、動画を見て、何か一つでもアクションを起こしてくれたら。例えば、動画を見て選挙に行こうと思うとか。それが価値のある動画だと思います」と話す。
自らの動画について「あくまで知るきっかけ、情報の入り口として使ってほしい」と話す。
「僕の動画は玄関みたいなもので、玄関だけ見て『良いお家ですね』と褒められても、『もっと奥もあるよ』ってなりますよね。僕の動画を見てもっと知りたいと思ってもらえるかどうかが勝負だと思っています」
「せやろがいおじさん」の動画は十万単位で再生される。この間、SNSの力の大きさも感じてきた。
「最近ではツイッターデモという新しい政治参加の方法が生まれています。でも同時にその力を過信してはいけないと思っていて。インターネットはあくまでツールの一つに過ぎません。リアルでの発信も並行する必要があると思います」
既存の社会運動はSNSの力をどう生かすべきだろうか。
「形骸化している言葉はたくさんあると思います。例えば、政治に関心を持とうとか、投票に行こうとか。言われ過ぎてもはや心が動きません」
「だから、どうしたら人の心に響くのか、労働組合の皆さんも匿名でもいいのでツイッターのアカウントをつくってみたらどうでしょうか。もちろん誰かを攻撃するような言い回しはよくないですが、やっているうちに、どういう言い回しがいいかわかってくると思います。エンタメを装うことは大切だと思います」
インターネット上では誹謗中傷が飛び交うことも少なくない。特に沖縄の基地問題はそうした材料にされがちだ。
「自分の言葉や立ち居振る舞いは大丈夫なのか。正しい情報を発信できているかなど、自分のことを俯瞰してみる能力を高めることが大切だと思います。沖縄の基地問題を語りやすくする近道はないと思います。社会を変えるのは難しいので、まずは自分を変える。その積み重ねによって社会が変わっていくのだと思います」