特集2021.05

気候変動対策 学び、行動しよう
迫る気候変動のリスク 知識を得て行動につなげよう
コロナ禍から「グリーンリカバリー」へ
2030年までに大胆な構造転換が必要

2021/05/18
新型コロナウイルスの感染拡大は、気候変動問題にどのような影響を与えたのか。コロナ禍からの回復で「グリーンリカバリー」が求められる中、日本の動向はどうか。識者に聞いた。
平田 仁子 NGO気候ネットワーク
国際ディレクター/理事

コロナからのリバウンドを防ぐ

ネイチャー誌に投稿された新たな論文によると、昨年の世界の二酸化炭素の排出量は、新型コロナウイルスの影響もあり、前年に比べ6.4%減少しました。約23億トンという削減量は、日本の年間排出量の約2倍に当たります。

ただ、この削減量では、気温上昇に微々たる影響しか及ぼせません。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑えるというパリ協定の目標を達成するためには、年率8〜8.5%の二酸化炭素の排出削減が必要だといわれています。コロナ禍のように経済にダメージを与える方法では、その目標を達成するのは困難です。加えて、これまでと同じ構造のまま経済を再開させればリバウンドが起こります。中国ではすでにその傾向が顕著です。そうではなく、コロナ禍からの回復とともに、経済構造を組み替えることが不可欠です。

EUは2019年12月、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることをゴールにした「グリーンディール」戦略を発表しました。「ヨーロッパ・グリーンディール投資計画」では、向こう10年間で官民から1兆ユーロ(約120兆円)の投資を再生可能エネルギーなどへ誘導する計画を立てました。

その後、パンデミックが発生し、「グリーンリカバリー」という言葉が使われるようになりました。コロナ禍からの立て直しをグリーンなものにするという方向性は、「グリーンディール」と同じです。投資計画は進んでいるようですが、新型コロナウイルス感染症の収束に、思ったより時間がかかっているため、「グリーンリカバリー」が本格的に始動したとまでは言えません。今後、計画がどのように実行されるか、注目しています。

「グリーンリカバリー」

「グリーンリカバリー」がどのように実行されるか、米「vivid economics」社が、新型コロナウイルスの経済対策で投じられたお金が、「環境・グリーン」に対して、ポジティブ(効果的)かネガティブ(逆効果)かを評価した分析結果を公表しています(グラフ1)。

今年2月のデータでは、デンマークやEUは、グリーンにポジティブな支出の割合が高いと評価される一方、ロシアや中国はネガティブな支出の割合が高いとされています。日本はポジティブな支出の割合がほとんどなく、ネガティブな支出の割合の方が高いと評価されています。コロナ後の経済をグリーンなものにできるかどうかは、気候変動の観点からは重要な課題です。その動向を監視し続ける必要があります。

グラフ1 Greenness of Stimulus Index

日本政府の新たな削減目標46-50%

地球温暖化対策の国連の会議「COP26」が今年11月にイギリスで開催される予定です。この会議に向けて、2030年の排出削減目標の見直しが、大きなテーマになっています。

菅首相は昨年11月、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする目標を表明しました。この目標は、気温上昇を1.5度に止めるために必要とされている水準です。

さらに問題なのが、2030年度までの中期目標です。世界で排出量を半減することをめざさねば、やはり1.5度抑制を実現できないからです。

4月22日に行われたアメリカ主催の気候変動サミットは、その機運を大きく高める機会となりました。アメリカは2030年に50〜52%削減(2005年比)することを表明し、日本は、2030年度に2013年度比で26%削減とする現行の目標を、46〜50%削減に引き上げることを表明しました。

私が所属するNGO「気候ネットワーク」では今年3月に削減目標に関するレポート(「2050年ネットゼロへの道すじ」)を発表しました。このレポートでは、「1.5度目標」を達成するためには、2013年度比60%の削減が必要だと提言しました。政府が中期目標を引き上げたことは評価できますが、「1.5度目標」に対して、決して十分な数値とは言えません。50%以上へ、さらに踏み込む必要があります。日本でも若者たちが46%では不十分だと声を上げています。ここで課題に向き合えるかどうか、日本は瀬戸際に立たされています。

排出量をどう減らすか

日本における温室効果ガス排出の最大の要因は、石炭火力です。排出量のうち22%を占めています。次いで「運輸」(16%)、「LNG火力」(13%)、「鉄鋼業」(11%)、「化学工業」(5%)──と続きます(グラフ2)。こうした産業部門だけで排出量の約7割に達します。排出量の半減のためには、こうした産業部門の構造転換が不可欠です。

しかし、政府の成長戦略などを読むと、産業構造を転換しようという意図を読み取れません。むしろ政府は、こうした産業構造を維持したまま、技術革新で乗り切る戦略を描いています。例えば、石炭火力はそのままに、アンモニアを混ぜて燃焼すれば二酸化炭素を減らせるという方向性です。

しかし、こうした技術革新で、2030年までの実用化が想定されているものはほとんどなく、その実用化を待っていては、2030年・46〜50%削減の目標は達成できません。2030年というタイムリミットに合わせるためには今、大胆な産業構造の転換が必要です。

発電部門の脱炭素化は最優先課題です。日本では、石炭火力発電所の新設すらいまだに計画されています。まず、新しい石炭火力発電所の建設を見直すべきです。また、再生可能エネルギーの導入を各方面で進め、一方で全体のエネルギー消費を減らしたり、資源の再利用を進めたりすることが必要です。

グラフ2 温室効果ガス排出の内訳

すべての人に利益をもたらす

産業構造を大胆に転換させれば、お金の使われ方も変わります。例えば、新しくつくる公共施設や住宅は再エネ導入を義務化しながらCO2を排出しないものに建て替えていく。自転車専用道路を広げたり、電気自動車の充電スポットを増やしたり、公共交通を充実させたりする。それによって、人々はゼロエミッションのより快適な家に住めたり、利便性の良い公共交通を利用できたりするようになります。加えて、グリーンなインフラへの転換に伴い、雇用もシフトしていきます。そこには、低所得者のための住宅支援や失業対策も含みます。

このように「グリーンディール」や「グリーンリカバリー」と呼ばれる政策は、グリーンなインフラに投資すると同時に、日々の生活の困りごとも解消していくものだと理解する必要があります。そうすれば気候変動問題を前向きに捉えられるのではないでしょうか。

気候変動対策は、私たちがいなくなった将来世代のためだけではなく、今を生きるすべての人たちに利益をもたらします。けれども、気候変動問題を取り上げたテレビのコメンテーターや街頭などの反応を見ていると、「自分にはできることはない」「目標達成は難しい」というような冷めた反応が多いと感じています。市民一人ひとりが傍観者であり続ければ、問題の解決は遠ざかるばかりです。気候変動問題を自分がかかわるべき問題として受け止め、情報を集め、自分のできることを探し、行動することが求められています。

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