特集2021.05

気候変動対策 学び、行動しよう
迫る気候変動のリスク 知識を得て行動につなげよう
「くじ引き」で参加者を抽選
「気候市民会議」の狙いと成果とは?

2021/05/18
抽選で選ばれた市民が気候変動対策を話し合う「気候市民会議さっぽろ2020」が、2020年11月から12月にかけて札幌市で行われた。意思決定のあり方をどう見直すのか、市民参加をどう広げるのか。実行委員会の代表を務めた北海道大学の三上准教授に聞いた。
三上 直之 北海道大学高等教育推進機構准教授

代表制民主主義の限界

気候変動問題は、これまでの代表制民主主義がうまく機能しない典型的な問題です。気候変動は地球規模の長期的な問題で、少なくとも20〜30年後を見据えた意思決定が求められます。ところが、代表者が数年に一度の選挙に縛られざるをえない代表制民主主義では、長期的な視野に立った意思決定が難しく、その仕組みだけで気候変動問題を解決するには限界があると指摘されてきました。

そうした課題を補う方法の一つが、くじ引き式の市民会議です。

くじ引き式の市民会議は、国全体や自治体などを単位に特定の範囲から、ランダムに市民(参加者)を抽出し、参加者が意見を交わし、その結論を政策に反映させる手法です。ポイントは、会議の中に社会の縮図をつくること。利害関係の強い当事者だけではなく、一般社会と同じようにさまざまな属性の人たちに参加してもらうことが重要な点です。

社会の縮図になる集団をつくり、一定期間話し合った上で、出てきた結論を政策決定に活用する手法は、「ミニ・パブリックス」と呼ばれます。1970年代から欧米で活用されてきました。社会的な問題について、多様な角度から情報を集め、批判的な討論を行い、問題解決を探る。こうした空間のことを「公共圏」と呼びますが、「ミニ・パブリックス」は、「公共圏」をさまざまな場所につくり出そうとする試みの一つです。

「ミニ・パブリックス」は、都市計画や憲法問題などのイシューで用いられてきましたが、近年になり、イギリスやフランスで気候変動対策をテーマにした「気候市民会議」が開かれるようになりました。背景には、気候変動問題について、既存の民主主義システムが機能不全に陥っている局面を打開しようとする狙いがあります。イギリスやフランスでは、数多くの市民が参加し、そこで出た意見が行政の施策に実際に反映されるようになっています。

日本での実践

「気候市民会議」では、利害関係の当事者だけの会議よりも、短期的な利害を離れた意見形成をしやすいというメリットがあります。また、最終的な意思決定の場に、一般市民の実感を踏まえた意見を伝えられるというメリット、さらに、市民にとっても、自分と立場の違う人と意見を交わすことで、自分の持つ利害が相対化され、視野を広げられるというメリットがあります。

欧州で行われている気候市民会議を日本社会にも生かせるかを明らかにするため試行したのが「気候市民会議さっぽろ2020」です。10代から70代の参加者20人が「札幌は、脱炭素社会への転換をどのように実現できるか」をテーマに、2020年11〜12月に4回にわたりオンラインで議論しました。

参加者は、次のように選ばれました。まず札幌市の住民基本台帳から3000人を無作為抽出し、案内状を発送。応募者の中から抽選を行った上で、札幌市全体の縮図となるように年代や性別のバランスがとれるように抽選しました。

会議を開いてみて、日本でも脱炭素社会への転換に向けたボトムアップの議論をする際に、「気候市民会議」の手法は有効だと感じました。市民に会議に参加してもらい、議論を通じて結論にたどり着き、そのアウトプットを行政に生かすという方法は、他の自治体でも活用できるということです。

「気候市民会議」のポイントの一つは、集まった人たちにバランスの取れた情報提供を行うことです。「ミニ・パブリックス」の手法では、参加者に学習してもらうステップを必ず入れます。今回は関連分野の専門家や札幌市の担当者など計11人の参考人にレクチャーしてもらいました。専門家を選ぶ際、意見が対立するポイントがあるテーマについては、異なる立場の専門家を複数配置しました。

その上で、グループに分かれてディスカッションしてもらいました。今回は1グループに市民4人、ファシリテーター2人の計6人、5グループに分かれて議論しました。

そして最後に、八つの主要な問いを対象として投票を行い、意見をまとめました。「ミニ・パブリックス」には、議論の結果を参加者自身が政策提言の形でまとめる方法もありますが、今回は投票形式で意見をまとめました。投票の結果、参加者の意見の一致点や、意見が分かれている点を把握することができました。

札幌市民の意見

投票の結果、多くの人が支持している将来像と、反対や疑問を抱いている人がいる将来像があることがわかりました。

まず、全体として参加者は、2050年までの温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという目標を実現できる対策を積極的に取るべきという点で一致しました。また、その将来像にどういう方針で向かっていくかという点では、無理なく段階的な取り組みが重要という意見を、多くの参加者が支持しました。一方で、注目すべきことに、2050年よりも早い時期に実質ゼロを達成すべきと考える人も3分の1(20人中7人)いました。

具体的な項目では、「住宅の断熱性能の向上」「学校での環境教育の充実」「蓄電池の普及と災害に強いまち」などの将来像は、大多数の強い支持を集めました。

一方、「経済社会システムの改革」「自転車の利用」「自家用車の利用削減と脱マイカー社会」「現在と変わらないライフスタイル」などの将来像は意見が分かれました。例えば、大量生産、大量廃棄の社会の改革を強く求めている人もいる一方、それでは困るという人も一定の割合でいます。「自転車の利用」も、自転車専用道路や駐輪場が整備されていないことを反対の理由に挙げる人もいました。

こうした意見の対立を最終的に調整するのは「政治」です。「政治」といっても、政治家や行政に任せておけばいいという意味ではなく、市民の間にそうした意見の対立が潜在的にあることを認識し、折に触れて市民も参加して議論を深め、合意を探っていく必要があります。

「ミニ・パブリックス」では、すべての論点について意見の一致をみる必要はありません。市民の間にある意見の多様性や対立点を明らかにすることによって、さらなる議論の土台や、意思決定への参照意見を提供することに意義があります。今回の会議も、その役割を発揮できたと感じています。

情報発信が大切

気候市民会議では、参加者は4日間16時間にわたって議論し、さまざまな知識を得ました。アンケート結果の「無理なく」という傾向も、問題の深刻さを理解した上で、なおかつ、現実的に取り組むために何が必要かを提示しているのだと思います。

今回の気候市民会議の投票結果で強調されていた重要な点の一つとして、行政機関や企業などが、さらに積極的に情報提供や情報発信を行うことが重要だということがあります。イギリスなどの気候市民会議でも同様の結果が出ています。気候変動対策について、すべての人が選択の機会を与えられるべきであり、その前提として教育や情報提供が欠かせないということです。気候市民会議は一つの方法にすぎませんが、今回の実践を参考にして、日本でもこの問題について、より多くの市民が、知り、話し合う機会が生まれることを期待しています。

特集 2021.05気候変動対策 学び、行動しよう
迫る気候変動のリスク 知識を得て行動につなげよう
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー