特集2021.08-09

国内外の情勢から
平和を見つめ直す
自由や民主主義、人権から考える
差別や迫害から逃れ日本へ
難民の人権の尊重を

2021/08/16
紛争や深刻な人権侵害などを背景に、生まれ育った国から助けを求めに来日している人たちがいる。一方、日本社会の難民への対応は冷淡だ。世界の平和と日本社会のつながりを難民問題から考える。
石川 えり 認定NPO法人
難民支援協会 代表理事

「難民」とは何か

難民とは一般的に、紛争や深刻な人権侵害によって、自国を逃れ、他国に保護を求めた人たちのことを言います。

その理由は、紛争だけではなく、民族や宗教、性的なマイノリティであることを理由にした迫害や深刻な人権侵害もあります。例えば、軍事政権に反対するデモに参加したことを理由に迫害されるおそれのある人が、他国に逃れています。

避難を余儀なくされる人の数は全世界で増え続けています。特にシリア内戦が勃発した2011年以降は急増していて、その数は昨年末時点で8240万人に上ります。第二次世界大戦以降、最悪の状況が毎年更新されています。

人の移動(移住)にはさまざまな理由があります。旅行や海外赴任、留学は、自発性が高い移動(移住)ですが、経済的な理由による出稼ぎや災害に伴う避難などは、それより自発性の低い移動(移住)です。中でも難民は、紛争や迫害、人権侵害を理由にして移動せざるを得ない状況に追い込まれているため、最も「非自発的な移動(移住)」と言えます。

難民とは一言で言えば、命の危険があって住んでいた地域や国に帰れない人たちのことと言えます。メディアやSNS等では、日本に逃れてくる難民に関して、「難民申請を乱用している」「出稼ぎを目的にしている」というようなレッテル貼りのような発信を見かけることがありますが、住んでいた国に戻れば、命の危険があるのです。難民の本質を理解してほしいと思います。

日本の難民制度の問題点

2020年に日本に難民申請した人の数は3936人で、そのうち難民認定された人は47人でした。コロナ禍によって日本に入国する人が減ったため難民認定申請数が前年に比べ大きく減少しました。2019年の難民認定申請数は1万493人で、認定された人は42人でした。

日本の難民認定率は、他国に比べ著しく低い現状があります(参考:https://www.refugee.or.jp/refugee/japan_recog/)。日本の難民認定率が低い背景には、まず、包括的な難民政策がないことが挙げられます。包括的な難民政策とは、難民や難民申請者の権利と義務を明確に規定する難民法の制定や難民を専門的に扱う部局があることを指します。また、難民認定の実務を「出入国在留管理庁」(入管)が担っていることも、難民認定の低さの要因となっています。入管が難民認定を行うことで、難民を「保護(助ける)」するより、「管理(取り締まる)」する視点が強まるからです。

日本の難民認定の基準は、国際的な基準とも異なります。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、難民認定の基準として、「生命または自由に対する脅威、人権の重大な侵害、特定の差別の累積」を掲げています。一方、日本の裁判所は、「通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するもの」としていて、「人権の重大な侵害」などを含んでいません。

このほかにも、日本の難民認定率が低い背景には、迫害の解釈が狭かったり、指導的立場として個別に把握されなければ認定されなかったりする問題があります。また、迫害の理由を難民が立証しなければいけないことも難民認定を難しくしています。例えば、政治的な理由で拘束され、拷問を受けた人が、その証拠を裁判所に示さないといけません。難民が、その証拠をどうやって外に持ち出せるでしょうか。

このように、日本では難民として認められることがとても厳しい現実があります。野党が国会に提出した『難民等保護法案・入管法改正案』は、一部に課題はあるものの、包括的な難民保護法の必要性を提示した点では評価できるものと捉えています。包括的な難民保護法の制定や難民認定を専門的に扱う部局の設立、手続きの公平性・透明性の確保などが求められています。

難民の日本での生活

難民申請手続きは、結果が出るまで平均して4年4カ月かかります。

多くの難民は、わずかな所持金だけで来日します。入国後、難民申請をした人の中には、政府からの支援金を受けられる人もいます。しかし、支援金を得るには審査や待機期間があり(平均92日)、この間にホームレス状態に陥ってしまう人もいます。受給額も東京23区での生活保護と比較して3分の2程度と限られています。

難民申請後2カ月の間に行われる案件振り分けの結果により、難民申請時に在留資格のある難民申請者の多くは、難民申請後8カ月すると就労が許可されるので、働きながら審査の結果を待つことになります。しかし、非常に長いトンネルをくぐった後に、難民認定されるのはごくわずかな人だけ。難民認定が認められず、取り消しを求めて裁判を提起するか再度の申請を行うと、今度はほとんどの人が就労を禁止されてしまいます。国民健康保険にも加入できず、政府の支援も非常に限られ、生活困窮に追い込まれます。

在留資格のない難民申請者は「非正規滞在者」とみなされ、その多くが退去強制の対象となり、入管施設に収容される可能性もあります。入管施設では、長期収容や収容所内での人権侵害が問題になっています。

命を守るために助けを求めて日本にやってきたのに、それが認められず、先の見えない暮らしを強いられているのです。

尊厳の回復

このような制度的課題が残り続けている背景には、日本社会の難民問題への関心の低さがあると考えています。市民社会からの政治的なプレッシャーがないために、問題のある制度が消極的に黙認されているのです。

その背景には、多くの日本人が、深刻な人権侵害を受けたり、紛争の当事者になったことがないことが影響しているのかもしれません。同性愛のために死刑になったり、宗教の自由がなく迫害されたり、政治的に政府と異なる主張をしたら拘束され拷問されるようなことは日本社会ではありません。そうした環境が難民問題への当事者性を持ちにくくさせ、共感が広がらない背景にあるのかもしれません。

ただ、「入管法改正案」には、多くの人が反対の声を上げてくれました。「これは彼らの問題ではなく私の問題だ」という発言も見られて、当事者ではないけれども自身の課題として受け取める人が広がっていくことを感じました。

私たちは昨年、新しく「難民の尊厳と安心が守られ、ともに暮らせる社会へ」という団体のビジョンを掲げました。中でもこだわったのは、尊厳という言葉です。先の見通せない生活、働くこともできない環境、無期限で収容されてしまうかもしれない不安。難民の尊厳は尊重されているでしょうか。

難民の人たちは自身の政治的意見や信条などを否定され、尊厳を傷つけられて故郷から逃れてきます。その尊厳が回復するためには否定された自らの政治的意見や信条が認められ、一人の人として認められることが必要です。

また、私たちの団体では、難民への日本語教育支援や就労支援を行っています。就労先が決まり、職場で働くようになると、その人は難民としてではなく、職場で一緒に働く「○○さん」という固有名詞になっていきます。そのことは社会に受け入れられたという感覚をもたらします。

人としての尊厳が認められず、誰かを排除する社会は、自分もいつか排除される社会かもしれません。「違い」を理由に排除するのではなく、「違い」を受け入れ、社会に包摂していく。そうした社会を難民の方々とともにめざしていければと思います。

特集 2021.08-09国内外の情勢から
平和を見つめ直す
自由や民主主義、人権から考える
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー