特集2021.08-09

国内外の情勢から
平和を見つめ直す
自由や民主主義、人権から考える
「ビジネスと人権」から考える平和
職場から取り組みを始めよう

2021/08/16
働く人として、平和に対して職場からできることは何だろうか。「ビジネスと人権」という観点から、私たちにできることを考える。
佐藤 暁子 弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局次長

幅広い「ビジネスと人権」の射程

国連の人権理事会で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業の社会的責任を考える上で、一つの転換点と言えます。

特徴の一つは、企業も国際人権を尊重する主体であると明記されたこと。それまでは、市民の権利を侵害するのは主に国家であり、だからこそ、国家が市民の権利を守る義務を負う主体として認識されてきました。「ビジネスと人権」では、企業も市民の権利を侵害することがあることから、人権を尊重する主体として企業を位置付けました。

もう一つの特徴は、自社だけではなく、グローバルなサプライチェーンのすべてのプロセスで、人権侵害が起きないように努力するよう、また、起きた人権侵害について救済を提供するよう企業の責任を明記したことです。

「ビジネスと人権」が文章としてまとめられたのは2011年ですが、豊かな国が発展途上国を搾取する構造は、ずっと続いてきました。帝国主義時代の植民地政策もそうですが、第二次世界大戦後の市場主義経済の下でも、世界では児童労働や開発に伴う環境汚染などの問題が繰り返し起きてきました。そうした歴史を振り返る必要があります。

それらの問題への対処のために2011年にようやくまとめられたのがこの指導原則です。とはいえ、文章がまとめられたからといって問題が解決したわけではありません。市場主義経済の下で搾取の構造は依然として残っています。そのことを見過ごしてはいけません。

国内のサプライチェーンや自社内の人権問題も依然として課題です。例えば、ジェンダー平等や障がい者雇用、セクシュアルマイノリティーへの対応なども「ビジネスと人権」の課題です。技能実習生への対応も求められます。グローバルから自社内まで幅広く人権リスクの解消に取り組むことが求められます。

人権リスクの把握と救済措置

このように「ビジネスと人権」の射程はとても幅広いものです。

それでもなお、「ビジネスと人権」が、世界の潮流として広がってきた背景には、経営者側の問題意識の高まりとともに、市民社会からの要求が強まってきたことがあります。欧米では、NGOなどが、サプライチェーン上で起きている人権侵害を告発し、消費者がそうした企業の行動を批判するようになったことで、企業の意識が変化してきました。

では、「ビジネスと人権」は、どう実践すればよいでしょうか。

企業はまず、人権方針を策定し、人権へのコミットメントを示すことが求められます。その上で、自社のサプライチェーン上の人権リスクの特定を行います。

企業が事業活動をする上で、人権侵害が起きていないかどうか調査・把握し、予防・軽減策を取ることを人権デューディリジェンスと呼びます。「ビジネスと人権」を実践するためには、人権デューディリジェンスの実施が欠かせません。

私がこの問題に取り組むようになって驚いたのは、自社のサプライチェーンを把握していない企業が多いということです。そのため、まずは自社のサプライチェーンを把握し、マッピングすることから始めます。それができたら、国ごとに人権リスクを分析します。課題を洗い出すために、サプライヤーにアンケート調査をしたり、取引先の監査を行ったり、現地のNGOや労働者にヒアリングをしたりすることも一つの方法です。

「ビジネスと人権」は、もう一つの特徴として、人権侵害が生じた場合の救済システムを設けることを企業に求めています。そのため、サプライチェーンで人権リスクが生じていた場合は、救済措置を講じる必要があります。

それが自社内のハラスメントやジェンダー平等、雇用形態間格差などの問題であれば、企業が責任を持って対処する。一方、自社外のサプライチェーン上で起きた問題であれば、取り引きを直ちに打ち切るのではなく、改善に向けて一緒に取り組むことが重要です。先進的な企業では、労働者の人権に関する研修を取引先とともに行うなど、自社のリソースをサプライヤーにも提供しています。ほかにも、移民労働者がブローカーに支払った費用を負担する企業もあります。

高まる法制化の機運

ただし、そうした救済措置に実効性をどこまで持たせられるかは今も大きな課題です。労働者の権利行使が法的に十分に担保されているとは言えません。

日本政府は昨年10月に「ビジネスと人権」に関する国別行動計画をようやく策定しましたが、人権デューディリジェンスの実施を企業に義務付けるまでには至りませんでした。

イギリスやフランス、また直近ではドイツで人権デューディリジェンスの実施が法律で義務付けられていて、EUでも法制化の議論が進んでいます。日本でも法制化を求める声が高まっています。

フランスの人権デューディリジェンス法(人権DD法)は、一定以上の規模の企業に人権デューディリジェンスに関する計画策定を義務付けています。その中で、サプライチェーン上の人権リスクの特定や、それへの対策、定期的なモニタリングなどの実効性ある取り組みをするよう定めていて、その計画の不備を要因とする人権侵害が生じた場合には、サプライヤーの労働者などが元請けの企業に対して損害賠償請求を行えるという仕組みになっています。実際、アフリカの労働者がフランス本国の企業のアフリカでの石油プロジェクトに対して訴訟を提起した事例もあります。

フランスの法律の特徴点は、人権リスクを探知する際に、労働組合と協力してアラートメカニズムを構築するよう定めていることです。労働組合は、EUでの議論でも重要なステークホルダーとして、人権リスクの把握に関与するよう議論されています。ビジネスと人権においては、労働組合の関与が不可欠だと言えます。

日本の労働組合も、国内外のサプライヤーの労働者や労働組合と連携を強化する必要があります。

働く人たちに求められること

労働組合の皆さんにお願いしたいのは、国外の労働者や労働組合の連携を強化することが一つ。

もう一つとして、日本で働く労働者の皆さん一人ひとりが、人権の主体であるという意識を深めてほしいと思います。自分の権利者性に対する意識が薄ければ、他人の人権侵害にも鈍感になってしまいます。自分たちをエンパワーメントすることがサプライヤーで働く労働者への共感につながり、人権侵害の解消にもつながっていくのではないでしょうか。

また、自分たちが働く企業が生み出す製品やサービスがどのようにつくられて、社会にどのような影響を与えるのかについても、意識してほしいと思います。自社の製品やサービスが行う人権侵害に対して声を上げることは、会社への背信行為ではありません。自社をよりよい会社にしていくための行為です。経営者もそうした声を封じ込めるのではなく、対話を通じて、経営に反映させてほしいと思います。

ウイグルで起きている人権侵害やミャンマーの軍事クーデターなども、ビジネスと無関係ではありません。企業ひいてはそこで働く人たちが、それらの問題に対してどのように責任を果たすのかが問われています。
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