特集2022.08-09

「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
危機に立つ核不拡散体制
核兵器廃絶を求める市民の声が重要

2022/08/17
6月下旬に核兵器禁止条約の締約国会議が開催された。ウクライナ危機などで核軍縮に逆風が吹き荒れる中、核兵器廃絶に向けて何ができるのだろうか。
中村 桂子 長崎大学核兵器廃絶研究
センター准教授

条約の船出として成功

核兵器禁止条約の第1回締約国会議が6月21〜23日にかけてウィーンで開催されました。会議にはオブザーバーを含む83カ国・地域が参加しました。

今回の会議には二つの役割がありました。一つは、ロシアのウクライナ侵攻で核兵器使用の危機が高まる中、核兵器廃絶に向けた政治的な強いメッセージを発信すること。もう一つは、核兵器禁止条約のロードマップを描き、具現化への一歩を踏み出すことです。結果的に今回の会議では、この二つの役割をきっちり達成したと評価しています。条約の船出としては成功だったと捉えています。

政治的なメッセージでは、「宣言文」(ウィーン宣言)が採択されました。宣言は、核兵器のいかなる使用や使用の威嚇も、国際連合憲章を含む国際法の違反であるとして強く非難しました。ロシアを名指しすることはしませんでしたが、紛争が核兵器使用の危険性を大きく高め、私たちの生存を脅かしていると訴えました。

宣言は同時に、核抑止依存そのものが誤りだとはっきり指摘しました。核抑止論は、平和と安全を守るものではなく、地球規模の破滅的な結果をもたらす危険性に基づいた議論であるとして、核兵器を二度と使わせないための唯一の方法は、核兵器の廃絶しかないと訴えました。

この宣言が、核兵器保有国の政策変更にすぐ結び付くわけではありません。しかし、ウクライナ危機を背景に核抑止強化の論調が強まる中で、核兵器や核抑止論の危険性を正面から訴えたことは、国際世論を喚起し、核兵器使用のハードルを上げることに一定の役割を果たしたといえます。

実現に向けたロードマップ

会議では、核兵器廃絶に向けた宣言を採択するとともに、条約を具現化するための「行動計画」が採択されました。特に重要な項目としては、「条約の普遍化」「核兵器廃絶プロセス(軍縮検証)」「被害者援助と環境修復」の三つがあります。

「条約の普遍化」とは、条約締約国の数を増やすことです。核兵器禁止条約は2017年に採択され、これまで66カ国・地域が批准しています(8月1日現在)。しかし国連加盟国の3分の1弱に過ぎません。そのため、締約国を増やすための行動計画が確認されました。

二つ目の「核兵器廃絶プロセス(軍縮検証)」は、核兵器保有国の条約加入に向けた準備です。保有国が条約に加入するには、(1)保有する核兵器をすべて廃棄して加入する(2)核兵器の廃棄を約束して加入し、計画通りに廃棄する──の二つの方法があります。いずれの方法にしても、核兵器が実際に廃棄されたのかなど、客観的に検証されなければいけません。そのため、誰が、どのような方法で核兵器の廃棄を検証するかを検討するための枠組みがつくられました。なお、保有国が条約に加入してから廃棄までの期間は10年間と決定されました。

三つ目は、「被害者援助と環境修復」です。核兵器禁止条約は、核兵器や核実験の被害者への援助や環境修復を条文で定めていますが、被害者の範囲や救済内容など具体的な方法は規定していません。その具体的な内容をどうするかの議論がスタートしました。

核兵器禁止条約は力強い条約ですが、これから決めていく具体的な規定はたくさんあります。今回はそれぞれのテーマに関して作業部会が設置され、担当国が決まりました。次回の締約国会議は来年11月27日からメキシコが議長国となりニューヨークで開催されますが、それまでの間に各国は行動計画に従って作業を進めていくことになります。

消極的な日本政府

会議では、8月にNPT再検討会議の開催を控え、核兵器禁止条約と核兵器不拡散条約(NPT)との関係性が議論になりました。

核兵器禁止条約に反対している核保有国や「核の傘」に依存している国々は、核兵器禁止条約はNPT体制を損なうものであると批判しています。それに対して禁止条約の締約国は、NPT体制の下で核軍縮が思うように進んでおらず、停滞する議論を前に進めるために禁止条約をつくったとして、二つの条約は矛盾するものではなく、相互補完的であると説明してきました。

締約国会議には、ドイツやオランダ、ノルウェーなどのNATO加盟国や、加盟申請をしたスウェーデンが、オブザーバーとして参加し、発言しました。その内容は、核兵器禁止条約に加入する意思はないというこれまでの立場を繰り返すものでしたが、議論に参加することは重要であり、継続して参加するという意思も示されました。

一方、日本政府はオブザーバーとしての参加も見送りました。議論の場にすら出てこない日本政府の姿勢は、「橋渡し役」を担うとする言葉に背を向ける行為です。参加見送りは、日本の消極性をかえって目立たせてしまいました。

崖っぷちのNPT

ロシアのウクライナ侵攻もあり、核軍縮には今、大きな逆風が吹き荒れています。NPT体制はまさに崖っぷちの状況にあります。

8月のNPT再検討会議の当面の目標は、条約の前進に向けた合意文書を採択することです。NPT再検討会議は今回10回目となりますが、前回(2015年)の会議では、合意文書の採択に至りませんでした。今回の会議で合意文書が採択されなければ、2回連続で合意できない状況に陥ります。NPT体制は10年間近く空転することになり、NPT体制の信頼性は大きく失われます。

そうした中で大切なのが国際世論の高まりです。核兵器の存在そのものが私たちの生存を脅かしているとする声を各国政府に届けていく必要があります。

しかし、その一方でウクライナ危機を背景に核兵器がなければ国の安全を守れないという声があるのも事実です。一部の政治家からは「核共有」論という話まで出てきました。「核共有」論にメリットがあると考える専門家はごく一部しかいません。むしろ日本の中に攻撃の標的を置くことになるだけではなく、日本が核兵器への依存を高めるという政治的な強いメッセージを世界中に発信することになり、核不拡散体制を自ら壊すことになります。安全保障上も政治的にもメリットはありません。

市民社会の声が大切

そうした中で大切なのは市民の声です。核軍縮への逆風の責任の一端は世論の側にもあります。核兵器がなければ安全を守れないという世論を乗り越え、核兵器廃絶の声を高めていけるかが、核兵器廃絶に向けた大きな鍵を握っています。

今回の締約国会議で非常に驚いたのは、会議運営のあり方です。これまでの核問題を巡る国際会議は、核兵器を保有する大国を中心に国家主導で議論が進められてきました。しかし今回の会議では非核兵器国と市民社会とがまさにパートナーとして力を合わせる姿勢が明確に表れていました。例えば、会議では、各国代表とNGOが混在する形で発言の機会が与えられ、さらにNGOにも作業文書を提出することが認められ、それをもとに各国が議論することが可能になりました。核兵器禁止条約の前文には市民社会の役割が明記されていますが、今回の会議は条約のそうした性格を反映したこれまでにない新しい運営モデルになりました。

核軍縮への逆風が吹く中で大切なのは、市民一人ひとりが声を上げることです。このような逆境にあるときだからこそ、私たちが核兵器廃絶の声を上げていきましょう。

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