特集2022.08-09

「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
低くなった戦争のハードル
平和のための抑止力とは?

2022/08/17
ウクライナ侵攻や中国の台頭など、日本の安全保障環境を巡る緊張が高まっているという声がある中、平和のための外交はどうあるべきだろうか。識者に聞いた。
遠藤 誠治 成蹊大学教授

ウクライナ侵攻への対応

ロシアのウクライナ侵攻に対して日本政府は、G7をはじめ先進諸国と連携した対応をとっています。自由主義、民主主義を守るという立場から国際社会と連帯しつつ、自らの経済的な痛みを伴う制裁に踏み切り、武力行使による現状変更に強く反対するという現在の日本政府の方向性は基本的に間違っていないと思います。中立的な立場でロシアと西側諸国の間の架け橋になるべきと考える人もいますが、今の日本にはそれをできるような力量はありません。

ロシアは南オセチアやクリミア半島を実効支配するなど、対外的な領土拡張を進めてきましたが、今回のウクライナ侵攻のような本格的な軍事侵攻ではありませんでした。国際社会はこれまでロシアを非難しつつも、紛争を一部の地域に限定しつつ、ロシアを国際社会の一員にとどめようとしてきました。そこにはロシアがウクライナ侵攻のような本格的な軍事侵攻を起こさず、国際秩序の範囲内で行動するという期待がありました。

今回、ロシアが本格的な軍事侵攻を起こしたことで、そうした期待は誤りであったということが明らかになりました。

いったん戦争が起きてしまうと、武力や武器がモノをいう世界になってしまいます。西側諸国は戦争に直接参加はしないが、自分たちの代わりに戦っているというウクライナに最大限の軍事支援せざるを得ない状況にあります。現状ではほとんど代理戦争といっても過言ではありません。

中国の脅威

ウクライナ侵攻によって人々の戦争に対する意識は、大国による本格的な軍事侵攻は起こり得るというものに変化しました。

しかし東アジア地域の客観的な情勢はウクライナ侵攻前から大きく変化していません。中国の脅威は、ロシア情勢とは関係なく存在してきました。ただ、今回のウクライナ侵攻が、中国の姿勢に影響を及ぼす可能性はあります。中国は、ロシアのウクライナ侵攻への国際社会の反応や、侵攻にかかるコストや人的被害などを冷静に分析し、対外的な軍事行動は容易ではないとみているはずです。

実際、ロシアは軍事作戦に膨大な予算を投じるだけではなく、人的被害もかなりの数に上っています。BBCは、ロシアが平均月収の5〜6倍の報酬で兵士を集め、3日程度の訓練で戦場に送り込むことをしていると報じていました。ロシアは、虚勢を張っていても、実際は相当な無理をしています。

中国の場合、軍事侵攻に失敗すれば共産党支配の体制そのものが危うくなりますから、100%に近い確信がなければ共産党のトップは台湾制圧を決断できないでしょう。台湾有事のリスクを減らすには、軍事行動に伴うさまざまなリスクを中国共産党のトップに認識させることが重要です。

後付けの理由

日本政府は、ウクライナ侵攻や中国の脅威の高まりを背景に防衛力を強化しようとしています。

ただ、注意が必要なのは、防衛力の強化は、ウクライナ侵攻が始まる前から始まっていたことです。例えば、護衛艦をF35戦闘機が発着できる実質的な「空母」に改造したり、「敵基地攻撃能力」につながるミサイルの調達を進めたりしているのはその一例です。

とりわけ、日本が他国を攻撃する「敵基地攻撃能力」を有することは、専守防衛というこれまで防衛政策の大転換につながるものですが、まったく議論がないまま実態だけが先に進んでいます。日本は、能力的には対外戦争ができる国にすでに脱皮中なのです。

ウクライナ侵攻などの現在の事態は、自衛隊強化の後付けの理由として使われているに過ぎません。他国を攻撃する能力を備えるという防衛政策の大転換を、憲法改正の議論もせずに進めることには大きな問題があります。

抑止力とは何か

強い武器を持てば抑止力が高まるわけではありません。日本では抑止とは何かという議論が成熟していません。

そもそも抑止力とは何でしょうか。アメリカが持つとされる抑止力とは具体的には何を指しているのでしょうか。

抑止力とは、アメリカが持つ強大な軍事力のことだけを指すのではありません。自分たちがどのような考えを持っているかを相手国に伝え、相手国の考えを理解しようとし、戦争を回避する意思を互いに確認しつつ、小さな衝突を大きな戦争にしないためのコミュニケーションの積み重ねが大事なのです。日本では、アメリカの核兵器さえあれば抑止力になるというイメージがありますが、それは誤解です。こうした紛争抑制・紛争管理ための日常的メンテナンスこそが抑止力の実態なのです。

逆に、強い武器を持つことは、相手国にとっては脅威になります。例えば、軍事力を強化するにしても、その武器を何のために、どういう戦略の上で持とうとしているのか、どのように運用するのか──そうしたことを論理的に説明できる必要があります。そうしなければ、相手が軍事力を強化したり、脅威を理由に実力行使したりすることへの口実を与えることになります。

確かに中国の軍拡は、周辺国にとって脅威です。だからといって互いに軍拡競争を続けていてはリスクが高まるばかりです。リスクを下げるためにはコミュニケーションが不可欠なのです。

平和のための行動

日本では、自分たちは平和な国だから他国には攻めていかないという認識が一般的かもしれません。しかし、実態として武力を強化しながら、攻めるつもりはないと主張しても説得力がありません。周りからは、戦争準備をしている国だと思われ、日本は言っていることとやっていることが違う国だと誤解されたり宣伝されたりしてしまいます。日本は平和な国だという一方的な自己認識はとても危険です。

今の日本では、強い力を持つことが抑止力だという考え方がまん延し、話し合ってもうまくいかないのだから軍事力がもっと必要だという意見も多いです。市民の間で、戦争に対するハードルが下がってしまっていることを危惧しています。

私たちは、戦争に対するハードルを上げ、平和のための努力をしなければいけません。

具体的にできる努力とは何でしょうか。その一つは、戦争や紛争から逃れてきた人たちの命を支えること、つまり、難民を受け入れ、その暮らしを支えることです。戦争や紛争から逃れてきた人たちの避難所としての役割を日本が発揮し、世界の中で平和をめざす国だという地位を築く。そうした新しいアイデアを伴う具体的な行動が、日本の平和を維持するために求められています。

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