特集2022.08-09

「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
クーデターから1年半 増える難民
「ミャンマーのことを忘れないで」

2022/08/17
タイ国境の街・メーソートでミャンマー移民などの支援を続けてきた「メータオ・クリニック」。2021年2月のミャンマー国軍によるクーデターは、ミャンマーの人々やクリニックの活動にどのような影響を及ぼしたのだろうか。現地で活動する2人に聞いた。
有高 奈々絵さん(左) 東山 諒子さん(右) NPO法人「メータオ・クリニック支援の会」(JAM)

メータオ・クリニックとは

人口約5400万人のミャンマーは、人口の約7割をビルマ族が占めるほかに135の少数民族がいる多民族国である。長い間、少数民族への迫害や、難民の問題が続いてきた。

タイ北西部に位置する国境の街・メーソートにある「メータオ・クリニック」は1989年、軍事政権による迫害・弾圧などによってタイに逃れて来たミャンマーの人々、貧困により国内では医療を受けられないミャンマーの人々のために開設された。受診する患者の半数は、貧困などによりミャンマー国内で医療を受けられず国境を越える人。もう半数はタイ国内に住む移民や難民。「メータオ・クリニック」は支援者からの寄付に支えられながら、移民や難民の人々に原則無料で必要な医療を提供し続けてきた。

NPO法人「メータオ・クリニック支援の会」(JAM:Japan Association for MaeTao Clinic)は、「メータオ・クリニック」を支援するために2008年に創設された。設立以来、クリニックへの医療人材派遣、医療・技術支援、設備投資などに取り組んできた。

クーデターの影響

2021年2月、ミャンマー国軍はクーデターによって国家の権力を掌握した。前年11月の総選挙では、アウンサン・スーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が改選議席の8割を超す議席を獲得し、勝利。これに対し、国軍は選挙に不正があったと主張していた。

ミャンマーは2011年に民政に移管後、2015年の総選挙でNLDが大勝。民主化が徐々に進む最中でのクーデターだった。

クーデターの後、ミャンマー国内では各地で大規模な抗議デモが発生した。国軍はこれに厳しい弾圧を加えた。ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると今年7月末現在、クーデター後に国軍の弾圧によって殺害された市民は2100人以上に上る。この数には、民主派や少数民族の武装勢力との戦闘による死者は含まれていない。クーデター以降、ミャンマーでは国軍と少数民族武装勢力、武器を手にした市民らとの戦闘が相次ぎ、国軍は2021年12月以降、東部カレン州の村などに空爆を始めた。

国軍によるクーデターは、メータオ・クリニックでの活動にどのような影響を及ぼしているのだろうか。内科医で現地派遣員として2020年から活動している有高奈々絵さんは、「2021年末から国境近くで激しい戦闘や空爆が断続的に続き、クリニックにもミャンマー側からけがをした人が運ばれるようになった」と話す。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると今年6月現在、ミャンマーの国内避難民は約103万人に上るとされる。ミャンマーではクーデター以前から少数民族問題などから約30万人の国内避難民がいたが、クーデターによってその数が膨れ上がった。

有高さんは、「戦闘や空爆があると住民は奥地に避難せざるを得ない。そのためジャングルの中に避難し、竹やビニールシートで作ったシェルターで生活している人もいる」と話す。

その中には、国境を超えて避難する人もいる。クーデター以降、タイ側に逃れた人の数はUNHCRの報告によると200人しかいないが、実態は1万人とも3万人ともいわれる。

「国境を超えてタイ側に避難する人の多くは当局の監視をかいくぐって逃げてきた人たち。着の身着のまま逃げてきているので、食糧や医薬品などの生活物資が足りていない」と有高さんは話す。

新型コロナウイルスの影響

クーデターとともにクリニックの活動に大きく影響したのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。感染拡大が始まった2020年3月にはミャンマー・タイ国境が封鎖され、厳しい監視下に置かれた。これにより両国間の往来ができなくなり、クリニックの外来患者は6万人にまで半減した。さらに2021年は、院内感染が広がった。外来の受け付けを停止するなどして外来患者は3万人にまで減少した。その後、タイ政府からワクチンが供給されたことなどで今年に入り外来の患者数は以前の数に戻りつつある。

コロナ禍はタイ経済に大きなダメージを与えた。その中で真っ先に影響を受けたのが、「ミャンマーからの経済移民だった」と有高さんは話す。「特に影響を受けたのがイリーガルな移民の人たち。その人たちは、タイ人がやりたがらないきつくて危険な仕事をしてきたが、コロナ禍で真っ先に仕事を失った。お金がない上に必要な支援も受けられていない」

「コロナ禍は移民の子どもたちにも影響し、移民学校はコロナ禍で2年間ほぼ閉鎖。財政的な余裕がなくオンライン授業もできず、教育を受けられない状況が続いている」と有高さんは説明する。

関心低下という課題

クーデターからおよそ1年半が経過する中、現状をどう捉えているだろうか。

「1年半近くたっても、状況は落ち着いたり、改善したりしたわけではない。表面的には抗議デモなどは起きていないが、国民は軍政を受け入れていない。国民は、厳しい監視の下で、ガソリン高騰など物価高に苦しんでいる。さらに空爆などで難民は増えている。ウクライナ問題の影に隠れて、ミャンマーのことが忘れられている」と有高さんは訴える。

ロシアによるウクライナ侵攻以降、世界の注目は、ウクライナ情勢に集まり、ミャンマーへの関心は低下した。関心が低下すると、人や資金の支援が集まりづらくなる。有高さんは、「ミャンマーを忘れないでほしい」と訴える。

「メータオ・クリニック支援の会」提供

日本の私たちにできること

日本にいる私たちにどのようなことができるだろうか。

4年前に別の団体の活動でミャンマー国境を訪れ、今年3月からJAMのNGO連携無償資金協力プロジェクトメンバーとして活動に参加している作業療法士の東山諒子さんは、「実際に空爆の音が聞こえることもあり、支援物資を届ける際などには、戦闘で死傷者が出たという話なども聞いている。現実問題なのだと身をもって体感している」と話す。

その上で、「4年前にミャンマー国境を訪れ、実情を目の当たりにしたことで、難民についてより自分ごとの問題として捉えるようになった。日本の街中でカンパ活動など支援活動をしている人たちを見かけた際に、自分には関係のないことだと流さず、なぜその活動をしているのか、背景にある事情をまずは知り、想像してみてほしい」と訴える。

有高さんは、「違う立場にいる人のことをリアルに考えるのは難しい。けれども、同じ時代に生まれたにもかかわらず、生まれる国や環境が違うだけで、まったく違う人生を歩まざるを得ない人たちがいる。生まれた場所が違えば、クーデターや空爆などで避難せざるを得ない人たちと自分も同じ目に遭っていたかもしれない。そう考えるとその違いに愕然とする。同じ立場になることはできないが、何かをしなければいけないと感じる」

日本政府は、ミャンマー国軍から士官候補生・幹部を受け入れるなど、国軍との関係が非難されている。日本企業が国軍と関わりを持ち続ければ、一般のミャンマー国民は日本にマイナスイメージを持つようになる。人権よりも利益を優先する企業経営は、持続可能ではない。

国軍幹部の受け入れでは、反対の署名運動が起きた。また、クーデター後には日本各地で抗議デモも行われた。ミャンマー難民への支援活動もある。日本にいる私たちにできることがあるはずだ。

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