特集2022.08-09

「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
「防衛費倍増案」の背景とは?
アメリカの防衛戦略とつながり

2022/08/17
政府・自民党が掲げる防衛費の倍増。巨額の予算追加案の狙いと背景とは何か。効果は果たしてあるのか? 私たちの税金がアメリカの軍事産業の利益のために使われる可能性もある。立ち止まって考える必要がある。
布施 祐仁 ジャーナリスト

世界有数の防衛大国・日本

他国からの侵略に備えるため軍事力を強化する必要があるなどとして、政府・自民党は、防衛費を現状の対GDP比1%程度から2%へ倍増させる案を進めようとしています。

日本の防衛費は当初予算で約5.5兆円。補正予算を加えると6兆円を超えます。スウェーデンのストックホルム平和研究所の世界の軍事支出ランキングによると日本の順位は第9位で、世界有数の「軍事大国」です。仮に防衛費を倍増すれば日本は第3位にまで跳ね上がります。

日本の防衛費の特徴は、いわゆる「正面装備」に多額の予算をかけていることです。正面装備とは、戦車や護衛艦、戦闘機など戦闘に直接使用される兵器や装備のことです。日本はその多くをアメリカから購入していますが、それらは非常に高額です。一括では購入できないため、分割で支払うことになりますが、その残高は年間の防衛費の総額に匹敵する6兆円規模にまで膨れ上がっています。

正面装備の購入に予算を割いてきた結果、自衛隊の日常の活動にかかわる経費が圧迫されています。実際、トイレットペーパーを隊員がお金を出し合って自腹で購入したり、燃料代を節約するため航空機の訓練時間が減らされたりということも起きています。高額な装備を購入することで日常の活動がおろそかになれば、本末転倒です。

米軍需産業への税金流出

アメリカからの防衛装備品の購入の多くは、対外有償軍事援助(FMS:Foreign Military Sales)という契約で行われています。これは、契約後に価格や納入期限を一方的に変更することが可能なアメリカにとって有利な契約です。実態はアメリカの「言い値」で決まっており、毎年5000億円前後の契約を結んでいます。

こうした防衛費の「使い方」を見直さないまま、予算の総額をただ増やしても、現状の問題を悪化させるだけです。つまり、増額した予算がアメリカの兵器産業を潤すために使われる可能性が高いということです。

最新鋭の兵器を買いそろえれば防衛力が高まるわけではありません。防衛力を高めるためには、装備品を運用する人材の育成や練度を保つための訓練などが不可欠であり、総合的なバランスが重要です。

自衛隊は創設以来、隊員の定員を満たしたことがありません。近年は少子化などの影響で、隊員の確保がますます困難になっています。装備を増やしても動かす人がいなければ意味がありません。

そもそも、2%という数字は、アメリカが北大西洋条約機構(NATO)をはじめ、同盟国に求めたものです。

アメリカは、「唯一の競争相手」とする中国の挑戦を退けて、アメリカ主導の国際秩序を維持することを最優先の国家目標としています。そこで鍵を握るのは軍事力であるとし、特に宇宙、電磁波、サイバー分野における先端技術で中国の優位に立つことを重視しています。その一つの例が「衛星コンステレーション計画」です(コンステレーション=星座)。これは大量の衛星によって中国を監視するという計画です。

こうした計画には莫大な資金が必要になるため、アメリカは同盟国をなるべく計画に参加させて費用を負担させようとしています。同盟国に対する防衛費増額要求は、アメリカのこうした戦略に沿ったものだと考えるべきでしょう。

東アジアの脅威への対応

中国や北朝鮮が軍拡しているのは事実です。しかし、それに対抗して日本も軍拡すれば安全が高まるわけではありません。北朝鮮や中国がいきなり日本を侵略する可能性は極めて低いというのが安全保障の専門家の大方の見方です。日本が戦争に巻き込まれるとすれば、朝鮮半島や台湾で有事が発生し、それにアメリカが介入した結果、米軍の作戦拠点となる日本が攻撃対象になるというケースでしょう。

そうしたリスクを踏まえれば、日本は朝鮮半島や台湾で有事が起きないようにするための外交に力を入れるべきではないでしょうか。中国は軍事費で日本を圧倒していますが、アメリカと日本を合わせた軍事費は中国を圧倒しています。これをさらに増やせば、中国も対抗して増やすでしょう。軍拡競争が激化し、軍事的緊張が増し、戦争のリスクが高まります。いわゆる「安全保障のジレンマ」です。

平和を創り出す上で欠かせないのは、安心の供与です。相手にとっての脅威を減らし、軍拡競争を防ぎ、紛争発生のリスクを低下させる考え方です。抑止力一辺倒では戦争のリスクがむしろ高まります。外交や対話によって信頼を醸成し、緊張を緩和する方法を考えていかなければいけません。

アメリカの戦略と日本

岸田政権は、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換え、相手国の領域を攻撃できる能力を保有しようとしています。これは専守防衛を国是としてきた日本にとって、2015年の安保法制に匹敵する防衛政策の大転換です。これに伴い、自衛隊の装備体系などは大きく変化することになります。

この動きの背景にあるのが、アメリカが現在、中国本土への攻撃を想定して開発中の新型中距離ミサイルを日本に配備する計画です。私はこれが今後、日本の安全保障にとって最も大きなリスクになると考えています。

アメリカが開発中のミサイルは、音速の5倍の速度で変則飛行し、事実上、迎撃不能とされています。開発には莫大な予算がつぎ込まれているため、その価格は非常に高額になるといわれています。このミサイルを日本が購入する可能性もあると私は見ています。

こうしてみると、「敵基地攻撃能力」と「中距離ミサイルの配置」「防衛費増額」は、アメリカの防衛戦略とも関連しながら、一つの線で結び付いていることがわかります。それぞれの課題が、一つの戦略に従って動いていると理解することが重要です。

さらに、中距離ミサイルには核弾頭を搭載することも可能です。ここから「核共有」の話にも結び付きます。

日本が「敵基地攻撃能力」を保有し、アメリカの中距離ミサイルの配備を進めれば、周辺国との関係で戦争のリスクが高まることは必須です。防衛費をただ増やせばいいと考えるのではなく、周辺国との関係などを踏まえながら、理解する必要があります。

国民生活と安全保障

平和あってこその国民生活なので、安全保障は重要ですし、それに必要なお金はきちんと確保すべきです。

一方で、単純に、強い軍事力を持てば国を守れるわけではありません。国の防衛には、社会の安定が不可欠です。社会が不安定化し、分断が進むと、外国から干渉を受けるリスクが高まります。ウクライナ侵攻でも同国国内の分断が、ロシアに介入の口実を与えてしまいました。

年間の防衛費を5兆円も増やせば、社会保障費を削るか、増税をするかをしなければいけなくなるでしょう。そうすると国民生活が不安定になり、結果的に国の防衛にも影響します。防衛費増額ありきの議論ではなく、もっと総合的に日本の安全保障を考える必要があります。

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