特集2022.08-09

「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
憲法への明記で自衛隊は大きく変質する
「なんとなく」で進む改憲論議への懸念

2022/08/17
自衛隊を憲法に明記したら、何が変わるのか、どのような影響があるのか。果たしてどれほどの人が理解しているだろうか。中身がわからないまま、憲法を改正していいのだろうか。
青井 未帆 学習院大学教授

改憲の漠然としたイメージ

参議院議員選挙の結果、憲法改正に前向きな4党が議席の3分の2を超えました。メディアでは憲法改正が既定路線のように扱われていますが、改憲の具体的な内容が明らかになっていないのに既定路線扱いする報道には違和感を覚えます。

憲法改正は参議院議員選挙の大きな争点になりませんでした。国民の関心は、物価高などの経済対策にありました。また、憲法改正を急ぐ国民が多いわけでもありません。共同通信社が参議院議員選挙の結果を受けて7月11〜12日に実施した世論調査では、改憲を「急ぐべきだ」との回答は37.5%で、「急ぐ必要はない」は58.4%でした。憲法改正の具体的内容よりも改憲自体が優先されている状態だと理解しています。

私が何より問題だと思うのは、国民が憲法改正に対して漠然としたイメージしか持っていないことです。憲法改正が行われれば、それは、国民主権の下で国民が初めて憲法に主体的にかかわるという非常に大きな出来事になります。にもかかわらず、国民は憲法改正の具体的内容をよく理解していません。そうした状況で憲法を改正してしまって本当によいのでしょうか。主権者としての態度が問われる場面だと思います。

自衛隊はそのままではいられない

自民党は、参議院議員選挙の公約の中で、憲法改正のイメージとして、(1)自衛隊の明記(2)緊急事態対応(3)合区解消・地方公共団体(4)教育充実──の4項目を掲げました。中でも、自衛隊の明記は、国民の心理的ハードルが低く、改憲への最も近道だと考えられています。

しかし、自衛隊の存在を憲法に明記するとはどういうことか、果たして、どれだけの人がその意味や影響をきちんと理解しているでしょうか。多くの人は「何も変わらない」と思っているかもしれませんが、そんなことはありません。国の仕組みが大きく変わります。

日本国憲法は、衆議院と参議院、裁判所、内閣以下の行政組織、会計検査院──の五つの機関を憲法上の機関としています。自衛隊はこの中で、防衛省と表裏一体の行政組織の一つの機関だと説明されてきました。公法の目で見ると、自衛隊は文部科学省や厚生労働省などと同列に扱われる組織であるといえます。

では、憲法を改正して自衛隊を条文に明記するとはどういう意味を持つのでしょうか。自衛隊の憲法への明記は、先ほどの五つの機関に並べて自衛隊に、憲法上の権力を配分することにほかなりません。これまでの説明では、防衛省イコール自衛隊だったものが、自衛隊が防衛省とは別格の組織になることを意味します。明治憲法では、陸海軍と陸軍省・海軍省は、設立の根拠が異なりましたが、それと似たような形になると理解できます。

自衛隊の指揮権は現在、内閣総理大臣が持っており、防衛大臣が主任の大臣となっていますが、このラインも変わります。自衛隊のトップである統合幕僚長がアメリカ軍の統合参謀本部長のようなイメージで、内閣総理大臣を直接補佐するような仕組みになるのではないでしょうか。

「後法は前法を覆す」という原則からすれば、たとえ憲法第9条1項と2項の条文はそのままでも、3項で自衛隊の存在を明記すれば、前項が読み直されることになります。

これまでは憲法第9条があるから、自衛隊は役所の一機関だと説明してきたものが、憲法で自衛隊が明記されれば、そのような面倒な説明がいらなくなります。そうなれば、自衛隊のあり方がこれまでと同じであるはずがありません。逆に言えば、同じではいられません。自衛隊のあり方は必ず変わります。どこまで変わるかは未知数ですが、驚くほど変わっていくでしょう。しかし、そうした説明は現時点では積極的になされていません。

自衛隊明記は集大成

過半数を超える国民が自衛隊の憲法への明記に賛成して憲法改正が行われれば、自衛隊という組織の正統性は非常に高まります。国民との近さで統治機関としての力の強さが決まるからです。参議院より衆議院に強い力が与えられているのはそのためです。国民投票の結果、自衛隊の存在が明記されれば、権力のバランスは大きく変わります。

自衛隊が他の省庁と並列の扱いでなくなれば、国会での説明がさらに弱くなる可能性もあります。防衛費の増額や、その使い道の検証などが難しくなる可能性は否定できません。

政府は、年末までに、「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛整備計画」の防衛3文書を一括して見直す方針です。

その結果、アメリカとの共同行動を第一に考えた防衛政策がさらに進むのではないかと考えています。アメリカとの共同行動が増えると国民への秘密が増える懸念があります。アメリカとの共同行動だから詳しく説明できないという形で、国会での説明がより困難になるということです。

アメリカとの共同行動を強める動きは2000年代初頭から一貫して続いてきました。2013年の特定秘密保護法や、2015年の安保法制はそうした動きに沿ったものでした。

憲法第9条は、その中でも一定の縛りとして機能してきました。政府は最終的な目標として、この縛りを取り払いたいのではないでしょうか。自衛隊の憲法への明記はこうした流れの集大成であるといえます。

主権者として向き合う

改憲勢力からすれば、国民が漠然としたイメージのままでいてくれた方が、憲法改正をしやすいと理解しているのでしょう。そのため改憲勢力がその影響を積極的に説明することはありません。

しかしこれでは中身のよくわからない契約にサインをしてしまうようなものです。法律であっても、改正する際は、多くの関係者が繰り返し議論した末に改正するのに、国の根幹である憲法の改正については、漠然としたイメージのまま改憲の是非が語られています。憲法の扱いが軽すぎるのではないかと懸念しています。

自衛隊を憲法に明記することの影響がわからなければ、わからないと答えるべきです。にもかかわらず、多くの人はその影響をよく理解しないまま回答しているのではないでしょうか。

憲法改正の影響は、最終的に私たちに跳ね返ってきます。漠然としたイメージのまま憲法を改正して本当にいいのか、主権者として真剣に向き合わなければいけません。

改憲がどう影響を与えるのか、一般国民がわからなくて当然です。わからないことはわからないと言い、わからないことの説明を求める姿勢が求められるのではないでしょうか。

特集 2022.08-09「危機」に流されず
「平和」の視点を持ち続ける
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー