「推し」の力を組合活動に生かす
組織開発・モチベーションの心理学と労働組合労働組合が「推し」になるためには?
「推し活」を知り、組合活動に生かす
「推し」とは何か?
「推し」とは、自分が推薦するアイドルなどのことを指します。「推し」という言葉は、2000年頃にはネット掲示板で使われていました。アイドルグループの「AKB48」がデビューしたのが2005年。その後、自分の好きなメンバーを応援するだけではなく、応援するメンバー=「推しメン」がセンターポジションについたり、楽曲でソロパートがもらえたりするようになるための積極的なファン活動がメディアなどで取り上げられるようになりました。
自分の好きなアイドルを応援する活動自体は以前からありましたが、それらが「推し活」という言葉でフレーミングされ、一般的に認知されるようになったのが、2010年代末以降です。
「推し活」の特徴とは何でしょうか。「推し活」とは、アイドルをただ単に好きというだけにとどまりません。「推し活」には、自己効力感を高める要素があります。「推し」をサポートすることが「推し」の活躍につながる、自分の活動がアイドルを支えている、そういう「やりがい」が「推し活」には含まれています。
例えば、K-popアイドルのファンたちは自分たちでファンクラブを組織して、メンバーの誕生日に街中にある大型の街頭ビジョンでメッセージを贈ったり、メンバーが取り組んでいる社会貢献活動のために募金活動を行なったり、メンバーの価値を高めるだけではなく、自分たちもやりがいを感じられるような活動を行っています。
「推し活」の対象は、アイドルグループだけにとどまりません。俳優やスポーツ選手、アニメのキャラクターなど、幅広い分野に及んでいます。応援する選手が成績を伸ばしたり、好きなアニメの続編が決定したり、そういう「成果」が「推し活」の原動力になっています。
「推し活」が広がる背景
「推し活」という言葉が一般的に認知されるようになったことで、自分の「推し」や「推し活」を他人にも話しやすくなりました。
最近の若者をみていると、それぞれが好きなものを尊重する傾向が定着しているように思います。例えば、初対面の人とも気軽に自分の「推し」の話をします。そうすると、「推し」が同じ人同士で友達になったり、友達の「推し」のコンサートに一緒に行ったりするようになります。相手の「推し」を否定せず、受け入れるコミュニケーションがあります。
背景には、価値観やコンテンツの多様化があるのだと思います。自分の好きなものを肯定すると同時に、他人が好きなものと自分が好きなものが一緒でなくてもいいし、それぞれが好きなものを見つけてやりがいを得られるのならそれでいい。逆に言うと、みんなが共通して好きなものが作りにくくなっているとも考えられます。そうした中で、お互いの「推し」を尊重し合うポジティブなコミュニケーションが生まれているといえます。
「推し活」にとって、仲間同士のコミュニケーションも大事な要素です。「推し活」では、ファン同士の連帯感やつながりも活動のやりがいになります。例えば、ファン同士で同じハッシュタグをつけてSNSに投稿してトレンド入りさせたり、動画の再生回数を増やしたりすることで、ファンの一体感が生まれ、そこにやりがいを感じられます。
ファン同士であればお互いの好きなものを肯定し合えるし、共感し安心して一緒に楽しめます。そこには、職場にはない、ある種の心理的安全性のようなものがあるのかもしれません。
仕事では味わえないやりがい
「推し活」が広がる背景には、仕事にのめり込み過ぎないという価値観もあるのかもしれません。仕事はあくまで仕事。夜は「推し」のSNSの配信をチェックしたり、週末は「推し」のコンサートで遠征したりするために使いたい。仕事にのめり込んで心身を壊すくらいなら、仕事はほどほどにして、「推し活」に時間を使いたい。そうした価値観も背景にあるように思います。
仕事に一生懸命取り組んでも、評価や見返り、収入の増加を期待できないと考えている若者も少なくありません。その一方で「推し活」は、自分の活動が目に見える成果として返ってきます。「推し」のランキングが上がったり、SNSで「推し」がリプライしてくれたり、自分の行動が「推し」に変化をもたらしていることがわかるし、「推し」側もファンの気持ちをくみ取った活動をすることが多い。そこには仕事では味わえないやりがいがあります。
労働組合と「推し活」
「推し活」を労働組合活動に生かすことはできるでしょうか。
「推し活」の要素の一つは、「推す」ことで手応えが感じられるということでした。組合活動への参加で、何らかの変化を実感してもらうことが大切だと思います。例えば、対話会で発言してもらった意見が交渉の結果にどのように反映されたのか、たとえ反映できなくても、その発言が何らかの形で活動に影響したと示すことができればいいと思います。
「推し活」は、受け身ではなく、推す側が能動的に動く活動です。「推し」ができると、「推し」の魅力やより良い「推し」のあり方などを発言したくなります。組合活動でも、組合員が受け身にならず、能動的に行動できる機会を意識的に設ける必要があるのではないでしょうか。
「推し活」のコミュニケーションという意味では、気軽に話ができる場所や関係性づくりも大切です。「推し活」が相手の好きなものを尊重するように、互いの考えを尊重しながら、安心して意見を言える場所があるといいと思います。
個性を発信する
アイドルグループが「推し」になる場合、メンバーの個性やグループの中での役割が見えてくると、気付かなかったメンバーを推したくなることがあります。労働組合を一つのグループとして捉えれば、議論の過程や裏側を見せるなどしてメンバーの個性をもっと発信することにより、新たに応援したいと思ってもらえるかもしれません。組合役員の人となりが見える発信は大切だと思います。また、さまざまな労働組合がある中で、グループとしての個性を発揮できれば、組合そのものが「推し」になる可能性もあります(いわゆる「箱推し」)。ただし、さまざまな情報を発信しなければ、そうした個性を認識してもらう機会すらありません。SNSで気軽に発信できる時代になったからこそ、情報が提供されないと何をやっているかわからないという不信感にもつながります。誠実さや応援が反映される様子をアピールするためにも、情報発信は欠かせないと思います。
政治家が「推し」の対象になることもあり得ますが、一般的な「推し活」にはグッズを購入するといった金銭的なやりとりも介在するだけに、政治の「推し活」には、より倫理観が問われると思います。推される側の政治家にとっても、ファンの意見を聞き過ぎればポピュリズムに陥る危険性があります。
「推し活」は、SNSなどの情報発信ツールの発展と切っても切り離せない関係にあります。労働組合が「推し」になるためには、SNSなどのツールを活用したコンテンツの充実や、組合員が参加することで手応えを感じられる活動が求められるのではないでしょうか。