特集2022.10

「推し」の力を組合活動に生かす
組織開発・モチベーションの心理学と労働組合
社会運動の組織を強くするには?
他者の力を引き出し一緒にゴールをめざす

2022/10/13
企業組織ではなく、非営利の社会運動の組織を強くするにはどうしたらいいだろうか。コミュニティー・オーガナイジングは、「パワー」に乏しい人たちが、「パワー」を得るためにアメリカで開発された方法論だ。日本の労働組合活動にどう生かすか、識者に聞いた。
室田 信一 東京都立大学准教授

社会運動の組織がめざすこと

企業と社会運動の組織を一概に区別することはできません。トップダウン型のヒエラルキー構造の社会運動もあれば、「ティール組織」といわれるような分散型の企業組織もあります。近年では、企業のミッションが社会性を帯びるようになっています。企業も社会運動もさまざまであるといえます。

コミュニティー・オーガナイジング(以下、CO)は、アメリカで開発された社会運動における手法です。COの目的は、パワーレスな組織や人々がパワーを獲得することです。パワーとは社会や組織を動かす力です。企業であれば目標を達成するために資本力を発揮してM&Aなどで力を強くできるかもしれませんが、社会運動ではそうはいきません。

では、パワーレスな人たちはどうやってパワーを得て、目標を達成するのでしょうか。多くの場合、その人たちが集まり、大きな塊になって変革を実現します。COとは、そのための方法論であり、資源に乏しい人たちが力を得て、目標を達成するところに特徴があります。

COのもう一つの欠かせない特徴は、運動に参加する人が、運動に参加することでパワーを得るということです。具体的には、その人が自尊心を高めたり、尊厳ある生き方を獲得したりできるようになることです。これもCOに欠かせない要素です。

パワーを得るとは、自己肯定感を高めるだけではありません。内面の変化に加えて、自分が社会にとって有用な存在であると考え、社会や組織に積極的にコミットメントするようになることを指します。これをオーナーシップが高まるともいいます。そうすると、自分の問題だけではなく、他人の問題にも見て見ぬふりができなくなり、社会の中での主体性も高まっていきます。

COにはこのように、人々がパワーを得て、他者と協力し、ゴールを達成するところに特徴があります。

運動に参加する人の力を引き出すには?

では、どうすれば人々をエンパワーメントできるでしょうか。COでは、ストーリーを語ってもらうという手法がありますが、そこで大切なのは、語りそのものよりも、その人から力を引き出すことです。

二十数年前、私がアメリカに留学していたときのことです。地元のNPOが発行するフリーペーパーのインタビューを受けました。地域の公園が取り壊されることについて、あなたは意見を言えると思いますか? という質問でした。当時、留学生で、外国人である私に、地域の政治に意見を言えるという考えはありませんでした。ところが、でき上がったフリーペーパーを見ると、外国人の半分以上の人が意見を言えると答えていました。それをみて驚きました。同時に、自分が自分の価値を低くしてしまっていたことに気付きました。

このことをきっかけに私はこのNPOの活動に携わることになりました。団体の事務所に行って、そこで掛けられた言葉が今でも忘れられません。「信一には何ができるんだ? 何が得意なんだ?」という言葉でした。私は、外国人で留学生であることをもって、自分の価値を低く捉えていました。それに対して、この一言は「自分にもできることがある」と、私の力を引き出してくれました。これがエンパワーメントなのだと思います。そういうプロセスが多くの人に広がっていくと組織の力が高まっていくと思います。

他者と連帯して目標を達成する

COでは、力を引き出された人が、次に周りの人の力を引き出していき、仲間をつくって、目標を達成していきます。

現代社会は個人主義や能力主義が根付いた社会で、個人が目標を成し遂げるべきという発想が浸透しています。その中で、他者と目標を共有し、一緒に達成しようとすることには多くのハードルがあります。

お互いのやりたいことの方向性は同じなのに、微妙にずれている。そういうときに自分の価値観や考え方が問われます。他者とともに社会をつくる行為は、エゴとエゴのぶつかり合いなので、自己中心的ではうまくいきません。他者と共有できる部分をどれだけ広げられるかが大切であり、自分の内面にどう向き合うかが問われます。

意見を共有することは、単に相手に合わせることではありません。相手に合わせるだけでは、自分をなくすだけです。そうではなく、互いのエゴのぶつかり合いがありながらも、意識をすり合わせていく。そうした関係づくりがCOには欠かせません。そのためCOでは対話を重視します。1対1の対話も、グループでの対話も重視しますが、まずは1対1の対話から始めていきます。

非営利組織の組織変革

組織を変えるのは簡単ではありません。特に既存の強い組織構造や文化がある場合、ドラスティックな変革はより難しくなります。長い歴史のある地域組織などはその一例です。こうした組織の場合、内側にいる人だけで組織を変えるのは難しいので、外部の第三者の力を借りた方が、うまくいく場合があります。

組織に関する研究では、組織が組織として機能するためには、(1)役割、(2)規範(ノーム)(3)ゴール──の三つが必要な条件だといわれています。この中でも、規範(ノーム)から見直すと取り組みやすいと考えます。実践では、会議の進行役や意思決定の方法などのルールから見直すことが多いです。

硬直化した組織の多くには、「暗黙のルール」が存在しています。外部の第三者がかかわって組織を変えていく場合、こうしたところから見直しを始めます。

組織内部に自分がいる場合、第三者のような行動を取るのは簡単ではありません。一人で声を上げても多くの場合、返り討ちに遭ってしまいます。まずは、組織の現状に違和感を持つ仲間を見つけるところから始めます。

歴史のある労働組合であれば、強い組織構造や文化がすでに形成されているケースが多いはずです。組織変革をめざすのであれば、外部の第三者の意見を取り入れる必要もあるかもしれません。

求められる弱いリーダーシップ

どうすれば、自己効力感を持って組合活動に参加してもらえるようになるでしょうか。運動にかかわった人はゴールを達成したい、社会や組織を変革したいと思うはずです。ゴールをきちんと設定し、その達成のために効果的な戦略を描くことも、運動への参加意欲を高めるために重要です。

また、ミーティングや集会などで発言してもらうと、参加意識が高まったり、参加者の問題意識が共有されたりするようになります。運動の参加者が発言できる場をどれだけ多くつくれるかが大切だと思います。

アメリカでCOの活動にかかわっていたとき、活動の予定がトップダウンで降りてきたことがありました。そのとき、ちょっと難しいと思ったことをミーティングで話をしたら気持ちが楽になりました。「強い」オーガナイザーだったら、そうした「弱さ」を前に出せなかったかもしれません。その場で発言できたことで、活動の内容を変えることができました。「弱さ」を出したことで、リーダーシップが分散化され、意思決定が全体で行われるようになったと感じました。分散型の組織構造のためには、「弱い」リーダーシップも求められるのだと思います。

特集 2022.10「推し」の力を組合活動に生かす
組織開発・モチベーションの心理学と労働組合
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー