「推し」の力を組合活動に生かす
組織開発・モチベーションの心理学と労働組合人間中心の考え方で組織を変革
組合活動に組織開発の手法を生かすには?
組織開発の考え方
組織を変革する場合、二つのアプローチがあります。一つは、リストラクチャリングのように人を入れ替えることで組織を変える方法。もう一つは、今いる人材の行動を変えることで、組織を変える方法です。組織開発とは、後者のアプローチで組織を変える考え方・手法のことを指します。
組織開発には、組織の中にいる個人のスキルやノウハウを向上させることや、価値観や考え方を変えることも含まれますし、職場の仕組みやシステム、取り巻く環境を変えることも含まれます。組織開発は、個人とともに、個人を取り巻く環境などにも働き掛けながら、組織を変える方法だといえます。
組織開発の目的は、健全な良き組織をつくることです。健全な良き組織とは何かは、その組織によって異なります。外部の第三者が決められるものではありません。何が健全なのか、何が良きなのかも含めて組織のメンバーで検討し、共有していくものです。
組織開発の基本には「人間中心主義」の考え方があります。これは、組織変革をする際は、その中心に人間の存在を常に置くという考え方です。
組織が変わるためには、組織のメンバーの行動が変わらなければいけません。そのためには、組織のメンバーが変革に主体的に加わることが不可欠です。メンバーが変革の当事者になることが組織変革の最も大事なポイントです。こうした観点から組織開発では、当事者性が大切にされるとともに、民主主義の価値観も重視されます。
また、組織開発には自分の組織だけが良ければそれでいいというのではなく、社会や環境との整合性を大切にするという要素もあります。
このように組織開発には、人間中心主義、民主主義、社会との整合性などの考え方がベースにあります。このような組織開発の考え方は1940年代からありました。組織マネジメントには人間・従業員中心的な経営と効率中心的な経営の考え方の両方がありますが、組織開発は前者に立った考え方だといえます。
組織開発の手法
では、組織開発の実践はどのように行われるのでしょうか。組織開発には、さまざまなアプローチがあります。
よく使われるのが、「サーベイ・フィードバック」という方法です。ごく簡単にいえば、組織の課題を測定(サーベイ)して、それを従業員にフィードバックしながら、発見された課題を解決していくという手法です。
このほかにも、チームビルディングやコーチング、小グループ活動などの手法があります。近年では、対話型の組織開発の手法もよく用いられています。例えば、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)という手法があります。これは、「組織や人のもつ強みや潜在力に焦点づけし、組織や人に活力を与えているもの(=ポジティブ・コア)を見いだして、強みや潜在力を発揮できるような未来のあり方や方法を協働的に探求していく」手法だとされています(中村 2014)。このように組織開発では、さまざまな手法を用いて組織の変革をめざします。
組織開発がうまくいくためのポイントは、どのような組織をめざすのか、組織変革のイメージをうまく設定し、それを共有することにあります。それがうまくいかなければ、一方的な押し付けになってしまいかねません。組織のメンバーとゴールとなるイメージをどれだけ合わせることができるのかが大切です。
そのためにメンバーとの対話を行う手法もありますし、経営者が組織の状況を的確に把握してめざす方向性を打ち出すという手法もあります。組織開発のベースには、人間尊重、民主主義の考え方があるので、その点を踏まえた対応が求められるでしょう。
よくある失敗パターンとは?
逆に組織開発がうまくいかないケースもあります。よくある失敗のパターンは、組織開発を主導する人たちと組織のメンバーとの温度差が広がってしまうことです。企業において組織開発を主導するのは主に人事や総務などのスタッフ部門の人たちです。彼らは、組織開発の手法を自組織に生かそうとしてたくさん勉強します。ただ、それが裏目に出てしまうこともあります。組織変革を実践しようとするあまり、組織のメンバーとの温度差が開いてしまうのです。
そうなってしまうと、組織開発が一部の人たちだけの取り組みになってしまい、次第に尻すぼみになってしまいます。組織開発の目的は、メンバーの行動が変わることです。主導する側が、組織のメンバーを巻き込んで全員をファシリテートしていくことが大切です。
もう一つは、トップの了解を取り付けられていない場合です。組織開発では、組織のトップもメンバーの一人です。トップの了解がないと組織開発の取り組みが特定の部署だけの取り組みになってしまい、全体に広がらないことがあります。トップが方向性を示したり、参加を促したりすることは、組織開発をうまく進めるためにも効果的です。
組織開発に限りませんが、組織を変えるには相当の労力が要ります。それを考慮しなければ、たとえ素晴らしい将来像を描いていても、組織が疲弊しかねません。組織開発を主導する側は、その成果を可視化するために効果測定をしたり、取り組みリストをつくったりしますが、そうした作業が負担となって、本業がおろそかになってしまうケースがあります。そうなれば元も子もありません。
労働組合活動に生かす
労働組合にとっての組織開発とはどのようなものでしょうか。
労働組合が組織開発を行うのであれば、健全な良き労働組合組織とは何かを描き、それを組織のメンバー間で共有する作業が必要になります。組織開発とは、メンバーの日々の行動を変えるということですから、どのような組織をめざすのか、そこでは人々はどのように行動しているのかが見えないと変革を促すのは難しいといえます。労働組合の存在意義や立ち位置が見えづらくなっているがゆえに、そこには難しさがあるかもしれません。
また、労働組合という組織は、専従の組合役員もいれば、職場で働く一般の組合員もいます。働き方も多様化しているので、そういう点でも一体感を形成するのは難しくなっているかもしれません。
組合員は労働組合のメンバーでもありますが、会社のメンバーでもあります。会社という組織を変えるのか、労働組合という組織を変えるのか、その点を明確にする必要があります。
少子高齢化を背景に労働力の確保が難しくなっています。今後もその傾向は続くでしょう。そうであれば、今いる組織のメンバーの能力を開発し、行動を変えていく組織開発の手法はこれからも重宝されるのではないでしょうか。労働組合にどう生かせるか検討してほしいと思います。
【参考文献】
中村和彦(2014)「対話型組織開発の特徴およびフューチャーサーチとAIの異同」『人間関係研究』13号、PP.20-40