特集2022.10

「推し」の力を組合活動に生かす
組織開発・モチベーションの心理学と労働組合
内発的動機がやりがいを高める
労働「運動」の意義の内面化を

2022/10/13
「やる気」や「意欲」を表す言葉として日常的に使われるモティベーション。研究分野ではどのように捉えられているのだろうか。モティベーションの心理学を組合活動に生かすにはどうすればよいか。研究を進める国際経済労働研究所に寄稿してもらった。
図1 モティベーション:行動が起こるまでのプロセス
山下 京 公益社団法人国際経済労働研究所
主査研究員
近畿大学准教授

モティベーションとは何か?

モティベーションは「モティベーションの高いチーム」などのように仕事やスポーツなどのさまざまな場面で用いられ、日常的に「やる気」や「意欲」の高さを表す言葉として使われている。

心理学的にはモティベーションは、あるきっかけから行動が生起して結果に至るまでの一連のプロセスを含んだ概念である。図1でいうと「やる気」になることは左から2番目の「欲求・ニーズ」に相当するに過ぎない。ダイエットの決意が三日坊主で終わってしまっては意味がないように、モティベーションのプロセスにおいては単に「やる気」になることは十分ではなく、成果に至るまでの目標志向的な行動を持続していくことが重要となる。

日本語でいう「働きがい」に相当する働くことへのモティベーションは、大きく分けて2つの種類がある。一つは内発的モティベーションであり、仕事そのものから得られるやりがいなどに代表される内面から湧き起こるやる気である。これらは仕事における自律感や、そこから得られる手応えに相当する有能感を通じて促進されていく。もう一つは仕事をすることで付随的に与えられるものによって喚起される外発的モティベーションである。これは、例えば「お金のために働く」といったように、外部(会社や上司など)から与えられるモティベーションであり、「給与」「地位」「昇進」などが代表的なものである。

何が働きがいを高めるか

公益社団法人国際経済労働研究所では、こうした働きがいとそれを取り巻く要因についての意識調査を30年以上継続しておりデータを蓄積している。それによると仕事の楽しさや生きがい感というような働きがいを高めるのは主に内発的側面であることが示されている。外発的な給与や地位・昇進といった要素はもちろん重要ではあるが、働きがいに対する直接的な影響力は小さく、それよりも仕事から得られる効力感や有能感、自分が仕事をコントロールしているという自律や自己決定の感覚といった内発的な報酬が働きがいを規定している面が大きいといえる。給与などの外発的な要素は生活を支える点で必要条件であるが、働きがいの向上のためには内発的な要素を充実させる必要があり、職務設計など仕事に関する環境を整えていく必要がある。

内発、外発という2つの側面は企業業績を予測する上でも重要な要素となる。上述の意識調査による従業員のモティベーションのバランスのデータと客観的な業績データをリンクし、モティベーションと企業業績との関係を検討した結果が図2である。これはバブルチャートと呼ばれるもので、図中の円の大きさは従業員一人当たりの営業利益額を表している。縦軸は外発的モティベーションの高さ、すなわち、アメムチによるやる気であり、横軸は内発的モティベーションの高さ、内から湧き起こるやる気である。目盛りは全体の平均を50とする標準得点(いわゆる偏差値)で表されている。

全体的な傾向をみると、内発、外発の一方の最低限のボーダーを損なわなければ企業の業績は上がる傾向にあることがわかる。内発、外発的モティベーションはそのどちらもが必要であり、どちらか一方が欠けてバランスがとれていない場合に企業業績が下がる傾向にあることが示唆される。

日本企業においては、失われた30年の間に組織の状況や文化とマッチしないやり方で拙速に成果主義が導入・運用されたためにモティベーションのバランスが崩れてしまい、結果として過剰外発化を招いてしまった組織が散見される。給与やボーナスなどの金銭的報酬のインパクトは大きく、成果主義の運用は厳密にやればやるほど従業員の過剰外発的化を招く危険性をはらんでいるといえる。社会心理学の実験では一度外発化したモティベーションのバランスを回復することは難しいことが示されており、無用な外発化を防ぐ工夫が必要である。

図2 モティベーションのバランスと従業員一人当たりの営業利益(調査1年後)

調査の難しさ

近年よく耳にするワーク・エンゲージメントも働きがいと同じく内発的モティベーションと非常に近い概念である。エンゲージメント調査を導入している組織も多いが、その調査項目の多くが「仕事に熱心である」というような内容であることには注意すべきである。このような自己の内面を言語的に報告する形式の調査は回答をセルフコントロールすることが可能であり、自分をよく見せようとする「社会的望ましさ」や「評価懸念」といったバイアスの影響を受けやすい。

この意味では、従来の質問紙調査も最近盛んなWeb調査も方法論的な問題点を含んでいるといえる。ましてや調査の実施主体が会社ということであればこの危険性は一層高まることになる。会社からの調査において「仕事に熱心である」と聞かれた場合、あまりやる気がなかったとしても「いいえ」とは答えにくい。昨今はESG投資のように会社経営の評価次元として従業員エンゲージメントや働きやすさが取り上げられる傾向があるが、上述のような方法で測定されたものを経営指標の目安にしたり、管理職や従業員の成績にすることは望ましくないと言わざるを得ない。

このようにモティベーションやエンゲージメントの測定は難しい問題をはらんでおり、工夫が必要である。例えば、回答者自身がどのように回答すればより望ましい回答になるのかがわからない質問形式や、セルフコントロールすることが難しい設問のような工夫が調査設計において必要である。こういった改善の試みについては、現在、国際経済労働研究所内でプロジェクトチームを組んで検討中であり、具体的な提案を早ければ来年にも行う予定である。

組合活動への展開

前述のようにモティベーションはプロセスであり、一時的にやる気になるだけでは十分でなく成果も出ない。これを組合活動へのモティベーションに適用すると、組合員が一定の組合活動への関心を示し、活動に関わっていきたいと考えたとしても、それを実際の参加関与行動に結び付けて持続させていくだけの環境あるいはシステムが整っていなければ、その関心・意欲は長続きしないだろう。

内発──外発の観点からすると、組合の運動や理念に内発的に共感していることはモティベーションを持続させる支えとなる。これまで多くの労働組合は「御利益」を組合員に約束して引きつけるといった組合のサービス機関化の道をたどってきたが、これは外発的戦略であり、組合の地盤沈下を食い止める本質的な方略とはなり得ない。

近年、コーチングや積極的傾聴のようなコミュニケーション系の研修を導入する組合も多いが、肝心なのは伝えるべき理念や運動の中身の方なのである。共感を呼ぶような形で労働「運動」の意義の再認識を促し、組合員一人ひとりに内面化していき行動に結び付けていくことが、今、最も必要とされている基礎的活動といえるのではないだろうか。

*本稿の作成には公益社団法人国際経済労働研究所の専務理事・統括研究員の八木隆一郎氏の助言を得た。

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