特集2022.12

物価上昇に向き合う
賃上げから日本経済を回す
平均年収の苦しい生活の実態
世帯年収1000万円でも節約生活

2022/12/14
賃金の停滞が中間層の暮らしの地盤沈下を招いている。物価上昇はそれに追い打ちをかける。平均年収で暮らす人たちの生活実態に迫ったジャーナリストに話を聞いた。
小林 美希 労働経済ジャーナリスト

将来不安と節約

「平均年収でも、いわゆる“普通”と思える暮らしができなくなっている。それが日本の抱える新しい問題になっています」

11月に『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』を出版した労働経済ジャーナリストの小林美希さんは、こう訴える。

国税庁が発表する「民間給与実態統計調査」の2021年の給与所得者の平均年収は、443万円。小林さんは、平均年収で暮らす人たちに話を聞き、その実態を描いた。そこには、共働きで世帯年収が1000万円あっても安心はなく、節約に励む人たちの姿があった。

「野菜の価格が上がって、たまねぎやにんじん、じゃがいもといった野菜の購入を手控えるようになったり、もやしを買う頻度が多くなったり、共働きで世帯年収1000万円の人たちでも、そういう感覚は共通しています。割引された商品しか買わないとか、激安スーパー以外では買い物しないとか。寒い地域では、灯油代を節約するために、暖房をつけるのは一つの部屋だけにしたり。あの手この手で節約しています。物価がこれ以上上がったらどうすればいいんだという人が多いです」

平均年収を下回る人の暮らしはさらに厳しくなる。「マクドナルドに行けない」「ラーメンはぜいたく」「1個80円のたまねぎは買わない」。著書の中では、苦しい生活実態が描かれている。

平均年収で働く人たちは、一様に将来不安を抱えている。子どものいる世帯では、教育費に対する不安が特に大きいと小林さんは話す。

「例えば、私立大学に子どもが通うと年間の学費は100万円以上かかります。それが4年間。子どもが2人いれば、費用はその倍です。家計がぎりぎりの世帯では、毎月の生活費の中から学費を出すことは難しく、子どもが小学校を卒業するくらいまでに最低500万円を学費として貯金しておかないと大学進学後の生活はかなり厳しそうです。そのためには年間で少なくとも50万円程度、月にすると3万〜4万円は貯蓄したいところですが、平均年収ではそれが難しい」

小林さんは、「子どもが大学に進学しなくてもいいと話す親が増えた」とも話す。「人への投資」を自己責任化している実態が垣間見える。

安心のベースをつくる

夫婦共働きで2人の生活であればここまで困らないかもしれない。だが、子どもの教育や親の介護など、自分たち以外にお金がかかることが起きるとあっという間に生活は苦しくなる。共働きであっても、どちらかが非正規雇用であれば、仕事がいつなくなるかわからないため、安心できない。老後の不安も大きい。

「日本社会は、新しいフェーズに入りました」と小林さんは訴える。これまでは、格差や貧困への対応が求められてきたが、今度は中間層でも暮らしが厳しいというフェーズに入ったという。

小林さんが話を聞いた人たちに共通するのが、安心して働きたい、不安を解消してほしいという気持ちだ。小林さんは次のように強調する。

「まず大切なのは、安心のベースをつくることです。例えば国が費用を負担して、フリーランスも含め、働くすべての人に厚生年金や健康保険、雇用保険や労災などといった社会保険を適用するくらいのことが必要です。安心のベースがあってこそ、チャレンジする気持ちが湧いてきます」

働く人たちが声を上げる

平均年収をどう引き上げていくべきだろうか。人的資本に投資すること、安い賃金で働かせる産業を安易な受け皿にしないことが大切だ。

「日本は、高い付加価値を生み出す産業政策をつくってきませんでした。不況のたびに雇用の規制緩和を行って、仕事がないよりマシという理由で低賃金の仕事を広げ、景気が回復してもそのままにしてごまかしてきました。安易に低賃金の産業に逃げるのではなく、日本の強みである、ものづくりに原点回帰すべきです。そのためにも、教育をはじめとする人的資本投資が必要です」と小林さんは話す。多くの人が将来不安を感じる教育費の負担を減らすこと、ものづくりやIT分野での人材育成の必要性を訴える。

一方、賃上げのためには働く人たちが声を上げる必要がある。だが、平均年収やそれ以下で働いている人たちにとって、「賃上げは遠い世界の話、恵まれた大企業での話だと感じていると思います」と小林さんは話す。格差が広がり、厳しい生活が続くと、その状態を受け入れてしまい、社会を変えることはできないと諦めてしまう人もいる。だが、苦しい現状に疑問を持ち、正しく怒りをぶつけること、その声が束になることで社会は変わっていく。「自分一人が声を上げても無駄だと思わず、SNSでつぶやくだけでも効果があると思ってほしいです」。小林さんはそう呼び掛ける。

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