特集2022.12

物価上昇に向き合う
賃上げから日本経済を回す
円安とグローバルな人材移動
人的資本形成を促す「ジョブ型」が必要

2022/12/14
円安によってハイスキル人材が国外に流出したり、技能実習生などが来日しなくなったりする可能性がある。どちらの面でもグローバル化に合わせた対応が求められる。日本型の労使関係をどう見直す必要があるのだろうか。
今野 晴貴 NPO法人POSSE代表理事

「頑張る」だけが残った

1970年代にオイルショックで物価が高騰した際、日本の労働組合は合理化に協力することで、景気減速を乗り切りました。合理化の実態は、少ない人数で長時間働くという労働強化でしたが、これが日本の労使にとって成功体験となります。日本の労働組合はその後も会社に協力することで経済危機を乗り越えようとします。

しかし、こうした労使関係のあり方は、賃上げにはマイナスの影響を及ぼしました。オイルショック後、バブル崩壊前までは多少なりとも上がってきた賃金も、バブルが崩壊すると上がらなくなります。「頑張った分は賃上げ」だったはずなのに、いつの間にか賃上げの部分がなくなり、「頑張る」の部分だけが残ってしまったのです。

2000年代になると、安さを武器に労働力を酷使して利益を上げるビジネスモデルが定着します。いわゆる「ブラック企業」です。とりわけサービス産業では参入障壁の低さを背景に多くの企業が安さを売りに参入し、低賃金・長時間労働の労働者がそれを支える構造が生まれました。ここでも労働者は、「頑張る」ことだけを求められます。

こうした構造を支えたのが、人的資本形成を軽視する日本社会のあり方でした。教育はあくまで自己責任。奨学金を借りた大学生は、卒業するとそれを返すために条件が悪くてもとにかく働かざるを得ない状況に追い込まれました。そうした若者たちが、低価格・低賃金の産業に流れ込みました。

ハイスキル人材の賃金をめざす

一方、日本経済はハイスキル人材を誘導する要因をつくってきませんでした。スキルに対して明確な価格設定がなく、抽象的な企業への貢献を要求する日本型の労使関係に依存してきたからです。

グローバルな人事制度では、スキルに対する価格設定があり、働く人にとってもスキル形成をするインセンティブがあります。翻って、日本の労使関係にはスキルを形成しても確実に評価される仕組みがありません。そのことが、人材育成のネックになってきました。どういうスキルを身に付ければ賃金が上がるのか明確ではないため、スキルを身に付けるインセンティブが働きにくいからです。経営環境がグローバル化した2000年代にそうした仕組みをつくっておけば、日本の賃金も上がったはずです。

グローバル化に合わせて、賃金を上げていくためには、賃金が高いとされるスキルに、より多くの人材を当てはめていくことが必要です。そのためには、どういう仕事の賃金が高いのか、どういうスキルを身に付ければそうなるのかを明らかにすることが重要です。

まずは、海外の賃金の高い人材と国内の人材の賃金を比較して、賃金の引き上げをめざし、その上で、賃金の高い人材と中間層の賃金を比較して、上層に近づけていくという労使交渉が求められます。同時に、国が人的資本形成を支える職業訓練制度などを整備して、働く人のスキル形成を促すことが大切です。持続的な賃上げのためには、こうしたサイクルが必要だと思います。

円安と外国人労働者

一方、円安によって日本の労働市場の魅力は、かなり下がっています。技能実習生などに話を聞くと、円安を要因に来日をやめた友人・知人がいるという話を頻繁に聞きます。すでに来日して働いている技能実習生や特定技能労働者は、日本語を学んだことなどもあり、これから他国に行くことはあまりないと思いますが、これから来日する外国人労働者は間違いなく減ると思います。他国ではインフレに合わせて最低賃金を上昇させています。この問題に対応するためには、労働環境の改善とともに、日本でも最低賃金を上げるしかありません。

グローバル基準として「ジョブ型」

このように見ると、ハイスキル人材への対応でも、低賃金のエッセンシャルワーカーへの対応でも、グローバルな賃金水準を意識した取り組みが欠かせないことがわかります。

グローバルな人事制度の基本は、「ジョブ型」です。日本型の労使関係から脱却し、グローバルな人事制度に適合させる圧力は、今後さらに強まるはずです。「ジョブ型」の論議はその一端だと捉えられます。

「ジョブ型」は、どのようなスキルを身に付ければ、賃金が上がるのか、その見通しを示すことでもあります。そうした基準がなく、抽象的に貢献度を評価する日本型の労使関係から脱却しなければ、人的資本形成が促進されず、低付加価値の産業で長時間働く負のループから抜け出すことができません。

その基準を生み出すのは、労働組合です。「職務」とは、自然にあるものではなく、労働組合が使用者と交渉してつくり上げるものです。労働組合が使用者と交渉し、めざすべき職務の形を示し、人的資本形成を促していくことが賃上げのために必要です。

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