特集2023.06

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性的マイノリティーが直面する困難
マイクロアグレッションとアウティング

2023/06/12
性的マイノリティーが日常や職場の中で受けるハラスメントや、本人の同意なく第三者に性のあり方などを暴露されるアウティングの問題について、著書『あいつゲイだって──アウティングはなぜ問題なのか?』などの著作がある松岡宗嗣さんに聞いた。
松岡 宗嗣 一般社団法人fair代表理事

マイクロアグレッションとは?

性的マイノリティーは、多くの職場で「いない」ことにされています。実際にはいるのですが、その存在が見えていません。その中で、偏見に基づく差別的な発言があります。背景にある根強い差別や偏見をなくす必要があります。

その上で、「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)や「マイクロアグレッション」(微細な攻撃)といった問題があります。

多くの人は、わざわざ誰かを差別したいと思っていません。悪気がなく、良かれと思っての言動が偏見に基づいている場合があります。単なる偏見の場合も多いですが、中には無意識的に決め付けてしまうこともある、それが「アンコンシャス・バイアス」です。

そうした無意識の偏見に基づいた言葉が、性的マイノリティーを傷つけることがあります。その言葉一つひとつは重くなくても、毎日言われ続けると精神的なダメージが蓄積していきます。それが「マイクロアグレッション」です。

マイクロアグレッションの具体例を挙げるときりがないのですが、例えば、ゲイの男性に対するものとしては、「男心と女心の両方持っている」とか、「辛口で批判してくれる」といった一見褒めているようで決め付けてしまっている言葉から、「ゲイの友達がほしかった」のように属性で決め付けるようなものもあります。トランスジェンダーの人に対するものとしては、初対面で人間関係ができていないのに身体の手術のことを聞いたり、「女性より女性らしいよね」と言ったりすることも該当し得るでしょう。

マイクロアグレッションを蚊に刺されることに例えたアニメーションがありましたが、言い得て妙だと思いました。蚊に刺されるのは、1回なら「かゆい」程度ですが、毎日刺されると強いストレスになります。

実際、性的マイノリティーの当事者は、日常生活の中でストレスを感じています。厚生労働省が2019年に行った調査では、性的マイノリティーはシスジェンダーの異性愛者に比べてメンタル不調である傾向があることがわかりました。性的マイノリティーが、日常生活や職場の中で経験するハラスメントやマイクロアグレッションは、メンタル不調の背景の一つになっていると思います。

会話のあり方を見直す

マイクロアグレッションが起きるのは、自分の周りに性的マイノリティーは「いない」と思ったり、性は多様だという実感を持っていないことが大きいと思います。そのため本来多様なはずの人々を一緒くたにしてしまうことがあるのではないでしょうか。当事者の存在を意識したり、知識を身に付けたりすれば、防げることも多いと思います。ただ、それだけでマイクロアグレッションは防げません。人には無意識の偏見がどうしてもあるためです。大切なのは、そうした発言があった際に指摘し合える関係を日頃からつくっておくことだと思います。

マイクロアグレッションを気にしすぎると何も話せなくなるという人もいます。むしろ多様な人が一緒に楽しめる環境をつくるために会話の内容を見直してほしいと思います。例えば、「彼氏」や「彼女」のような異性愛前提の恋愛話や、「下ネタ」を話さないと仲良くなれないかというと、そんなことはありません。コミュニケーションのあり方をもっと豊かにする工夫が必要だと思います。もちろん、プライベートの話がすべてNGというわけではありません。

マイクロアグレッションに似たようなこととして、「性的マイノリティーの友人がいるから、自分は性的マイノリティーに対して偏見を持っていない」と言われることが増えてきました。気持ちはとてもありがたいのですが、友人がいるからといってマイノリティー全体を理解できるわけではなく、偏見を持っていない理由にはなりません。マイノリティー特有の困難が存在する一方、当事者はそれぞれ経験や考え方が異なります。大きな視点としてマイノリティーが直面する困難を想像しつつ、目の前の人にフラットに対応することが大切だと思います。

アウティングのリスク

2020年にSOGIハラやアウティングを対象に含めた「パワハラ防止法」が施行されたことで、関連する研修を行う企業が増えてきました。その結果、管理職層をはじめ、性的マイノリティーへの理解が広がっていると思います。企業研修は、従業員だけではなく、その人の家族や友人などにまで影響します。今後も研修を継続してほしいと思います。

性的マイノリティーに対する理解が広がっている半面、本人の了解を得ずに当事者の性的指向や性自認を第三者に勝手に伝える「アウティング」の問題は残っています。自分は性的マイノリティーに対して偏見を持っていないと思っても、周りの人もすべてそうとは限りません。社会には性的マイノリティーに対する差別や偏見は根強く残っています。こうした過渡期の状況だからこそ、アウティングが「問題」になってしまうといえます。

知ってほしいのはアウティングのリスクです。アウティングは、ときに命を奪います(一橋大学アウティング事件など)。また、当事者に大きな不利益をもたらすこともあります。

アウティングされた結果、うわさが地域中に広がり地元を離れざるを得なくなったという当事者がいます。この人は転職先を紹介してくれた先輩に自身の性のあり方を伝えていたのですが、この先輩が、本人の同意なく、転職先の店長にそれをばらしてしまいました。すると、転職先の店長が当事者に嫌がらせするようになっただけではなく、その店長は客にもアウティングをしました。その結果、客からも性をネタにされたり、店の口コミサイトに書き込まれたりする被害を受けるようになり、この当事者は地元を出ざるを得なくなりました。このようにアウティングは性的マイノリティーに大きな不利益をもたらすことがあります。性的マイノリティーに理解があると思う人でも、アウティングのリスクはしっかり認識してほしいと思います。

アウティングのリスクを知ると同時に、より大切なのは、機微な個人情報を取り扱う場合には本人の同意を必ず得る必要があるということです。うわさ話などの中で誰かの性のあり方が話題になったら、「それは伝えて良いか本人に確認してあるの?」「もしかしたら、あなただけに伝えたことかもしれないよ」と聞いてみてほしいと思います。

近年は、同性カップルに対して、異性カップルと同じ福利厚生制度を利用できるようにする企業も増えています。制度を利用する際にアウティングが起きないようにする工夫も大切です。

なぜSOGIハラなのか?

SOGIハラ防止は、性的マイノリティー当事者だけの問題ではありません。よく、なぜLGBTハラスメントではなく、SOGIハラなのかと聞かれます。LGBTハラスメントでは、その当事者しかハラスメント防止の対象になりません。しかし、現実には異性愛の男性でも“フェミニン”な振る舞いをする人が、ハラスメントの対象になることがあります。だからこそ、性的指向や性自認がどうであれ、それを理由にしたハラスメントを防止するSOGIハラという考え方が大切になります。こうした考え方を踏まえれば、性的マイノリティーの働きやすい職場は、マジョリティーの人たちも働きやすい職場だといえます。

労働組合はまだ男性中心で性的マイノリティーの声が届いていない場合が多いと聞いています。多様な人の声が意思決定されるよう組織のあり方を見直してほしいと思います。

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