特集2023.06

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多様な家族のあり方を広げるために
選択的夫婦別姓の実現を

2023/06/12
望まない改姓をゼロにし、自分の名乗りたい名前で生きる。多様な家族のあり方を広げるために選択的夫婦別姓の実現を求めることが高まっている。運動を進める井田奈穂さんに現状の問題点や、制度実現の必要性などを聞いた。
井田 奈穂 選択的夫婦別姓・
全国陳情アクション事務局長

選べないことの不利益

選択的夫婦別姓の実現をめざすため、「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」(QRコード(1))を立ち上げました。現在700人を超える経営者が署名していますが、当面は1000人に増やすのが目標です。

私たちがめざす社会は、望まない改姓をゼロにすることです。公私ともに一貫して自分が名乗りたい名前で生きていける社会をめざしています。私が事務局長を務める「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」では、クラウドファンディングを実施中です(QRコード(2))。

選択的夫婦別姓が実現していないことで、改姓を望まない人は、さまざまな不利益を被っています。結婚後、改姓するのは95%が女性なので、不利益を被っている人のほとんどは女性です。

どのような不利益があるのでしょうか。例えば、私が勤めていた会社のケースですが、「脱はんこ」の一環で電子署名が導入されました。印刷や郵送の手間が省けると最初は喜びましたが、人事部から電子署名には戸籍姓でしか登録できないと言われました。当時、私は再婚していたので、会社で使っている名字と戸籍姓が別でした。その結果、電子署名は普段会社で名乗っていない姓を使わざるを得なくなり、私は再婚したことをたびたび説明しなくてはいけなくなりました。仕事で自分のプライベートを毎回説明しなければいけないのは苦痛でしかありません。モチベーションが非常に下がりました。

こうした経験は私だけがしているわけではありません。例えば、金融機関で働いていた女性は、持株会の理事に選出された際、理事名簿に戸籍姓でしか表示されないという決まりがあったため、プライバシー漏えいに耐えられず、理事就任を辞退してしまいました。こうした不便や不利益は、離婚や再婚しても改姓しない男性は感じづらいはずです。

(1)
(2)

活躍阻む法的な夫婦同姓

選択的夫婦別姓が実現していないことは、女性の海外での活躍も阻害しています。例えば、国際的な仕事をする国連や官公庁の職員は、結婚して改姓したら、公用パスポートの姓を変えなければいけません。すると、その人は旧姓で発表してきた仕事との断絶が生じてしまいます。こうした問題があったことから、身分証の表書きには旧姓を表示できるようになりましたが、今度はパスポートと身分証の名前が違うため、セキュリティーの厳しい国際機関への入館もままならないという問題が生じました。政府は、女性活躍を掲げているのに女性の活躍を阻んでいるのです。

こうした実態は、経営者にとってもマイナスです。望まない改姓や旧姓使用のために不利益を被り、モチベーションを下げている従業員がいることは、経営にとってもマイナスです。だからこそ、多くの経営者が選択的夫婦別姓の導入に賛成しています。

旧姓の通称使用拡大の弊害

一方、政府は、選択的夫婦別姓の実現ではなく、旧姓の通称使用の拡大を進めようとしています。しかし、それにはさまざまな問題があります。

まず、個人認証の際、トラブルのもとになります。情報通信系の企業は、スマートフォンをはじめ、さまざまな個人情報を扱っています。その際、1人の人が二つ以上の名前を用いる旧姓の通称使用の拡大は、個人認証でのトラブルのもとになります。金融系では旧姓使用がマネーロンダリングに悪用されるリスクが指摘されています。

旧姓の通称使用の拡大に合わせるためのシステム改修には、膨大な費用がかかります。人事や総務といったバックオフィス部門にとっては、本人がどの名前を使いたいのかを把握する必要があるなど、業務の手間が増えます。

私の場合、離婚と再婚をしているので、公的書類に「戸籍姓」「旧姓」「戸籍姓(旧姓)」のように複数のパターンで登録されています。このようなパターンを増やしていくことは、行政や企業にとっての手続きを煩雑にするばかりです。

2016年の内閣府の「旧姓使用の状況に関する調査」では、旧姓使用を認めている企業の割合は、45.7%で、全体の半数以下でした。認めていない理由は、1000人以上の企業では「手続きが煩雑になるから」が6割超でした。旧姓使用をしている人のうち約6割の人は何らかの不便や不快を感じていました。

女性活躍という名目で旧姓の通称使用の拡大を進めるのは、愚の骨頂です。本当に活躍してほしいのであれば、改姓を自分で選べるようにする権利を認めるべきです。

結婚の阻害要因にも

選択的夫婦別姓の実現は、ここまでみてきたようなデメリットをなくします。そればかりではなく、望まぬ改姓を避けるために結婚したくてもできなかった人が、法律婚ができるようになります。

2022年の内閣府の「男女共同参画白書」では、20〜39歳の独身女性のうち25.6%の人が「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」と回答しています。結婚を阻害する要因として、小さくない数字だと思います。

同じ「男女共同参画白書」では、出生率の低下は、約9割が初婚行動の変化によって説明できるとされています。望まない改姓によってスムーズな初婚が阻害されているのだとすれば、強制的な夫婦同姓が少子化の要因になっているといえるはずです。

多様な家族のあり方を認めていくことは、当事者だけではなく、企業や社会にとってもプラスの効果をもたらします。例えば、ニューヨーク州で同性婚が認められたときには、大きな経済効果があったといいます。同性カップルが家族として認められたことで、さまざまなサービスを利用するようになったからです。

そもそも、世界を見渡しても、夫婦同姓を法律で規定している国は、ほとんどありません。一方、ほとんどの国は、夫婦別姓が認められていますが、それによって大きなトラブルが生じているわけでもありません。

世論調査では日本でも夫婦別姓への賛成の方が多くなっています。その傾向は、若い世代ほど強いです。そうした中、一部の政治家が選択的夫婦別姓に反対しています。

しかし、狭い価値観で家族の形を縛り付けたままでは、少子化も止まらないし、人口流出も進むでしょう。選択的夫婦別姓を認めないことが大きな社会損失になっていることに、反対している一部の議員も早く気付いてほしいと思います。

幸せなカップルが増えるだけ

選択的夫婦別姓が実現したとしても、天変地異は起こりません。夫婦別姓にしたい人がそれを選べるようになるだけです。ニュージーランドで同性婚の導入が議論された際の同国の国会議員のスピーチが有名ですが、夫婦別姓が実現しても、幸せなカップルが増えるだけなのです。反対する人にも、恐れないでくださいと言いたいです。

労働組合は、夫婦別姓が認められないことでどのような不利益やトラブル、業務の手間などが生じているのかを調査して、めざすべき社会に向けて声を上げてほしいと思います。

企業では、同性カップルに対し、異性カップルと同じ福利厚生を利用できる仕組みが増えています。ただ。事実婚の異性カップルが、そうした仕組みの適用外になっているケースが少なくありません。選択的夫婦別姓が認められないことで事実婚状態になっている異性カップルもいます。労働組合には、そうした事実を知ってもらい、企業に対応を求めてほしいと思います。

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