特集2023.06

SOGIにかかわらず
働きやすい職場へ
ダイバーシティーを進めよう
理解増進法で困難は解消されない
性自認・性的指向を理由とした
差別の禁止法こそ必要

2023/06/12
日本は、LGBTに関する法整備状況が他国に比べて遅れている。与党の「LGBT理解増進法」は、実効性ある取り組みにつながらない。性自認・性的指向を理由とした差別の禁止法が必要だ。
神谷 悠一 LGBT法連合会
事務局長

── LGBTを取り巻く日本の法整備の状況は?

OECDは2020年、各国のLGBTに関する法整備の状況を比較調査しました。その結果、日本は多くの指標を基にしたランキングで35カ国中34位で「ワースト2位」でした。

この指標に「性的マイノリティーに対する理解を増進する」というような指標は含まれていません。そのため、与党が提示する「LGBT理解増進法」が成立したとしても、国際的な評価に影響を与えることはありません。

そもそも、与党の「LGBT理解増進法」は、性的マイノリティーが直面する困難な状況を現実的に改善する法律ではありません。あくまで行政の体制をつくるための法律です。たとえ法律が成立したとしても、何をするかは行政がこれから決める基本計画によって決まります。

保守派の中には、基本計画への介入を公言する議員もいます。成立した法律を参考に自治体が条例をつくる場合、法律がベースとなって、それを上回る条例がつくりにくくなる可能性もあります。

このように与党の「LGBT理解増進法」は、性的マイノリティーを取り巻く課題を具体的に解消するような内容になっていません。

── 与党は5月中旬、法案の条文を修正しました。野党からは内容が後退したという批判が出ています。

最も大きな問題は、「性自認」という言葉を「性同一性」に修正したことです。「性自認」とは、性別の自己認識のことで、トランスジェンダーが自身のアイデンティティーを確立するために大切な言葉です。一方、「性同一性」という言葉は「性同一性障害」という単語の一部だという議員がいます。この言葉を使うことで、狭い文脈で捉えられてしまう懸念があります。言葉をあえて修正したことに、そうした意図が見え隠れします。

また、「性自認」という言葉は、企業や行政でもこれまで使われてきたので、職場や行政が混乱する可能性もあります。最高裁でもこの言葉が使われています。

もう一つの大きな問題は、国に推進するよう求める性的指向および性自認の多様性に関する「調査研究」という言葉を「学術研究等」に修正したことです。

どういう意味を持つのかというと、背景には、性的マイノリティーに関する国の調査データが圧倒的に足りていないことがあります。例えば、厚生労働省による職場におけるLGBTの調査は、過去1回しか行われていません(「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」)。また、国勢調査では、同性カップルの数を把握するかどうかが長年議論されてきましたが、実現していません。

このように性的マイノリティーに関する調査データが不十分な中で、国が調査研究を行えば、性的マイノリティーに関するさまざまなニーズが浮き彫りになり、国は対応を迫られることになります。そのことを避けるために「調査研究」という言葉を「学術研究」に修正したのだと思われます。本来であれば、国による継続的な調査研究が必要です。

さらに与党は、「性自認を理由とする不当な差別は許されない」という言葉を、「性同一性を理由とする不当な差別はあってはならない」と修正しました。このことも権利の幅を狭める狙いがあると考えられます。

── 国民民主党や維新の会も修正案を出しています。

5月19日、国民民主党と維新の会が、与党案に対し、「シスジェンダーの女性に配慮する」という規定を盛り込んだ案を検討していることが報道されました。これは、多数派(マジョリティー)にのみ配慮するという意味で、新しい法的差別を生み出すもので、容認できません。私たちは5月23日、厚生労働省で記者会見を開き、そうした問題点を指摘しました。

これは例えば、男女雇用機会均等法をつくるときに、女性が職場に進出すると不安になるから、男性に配慮する規定を設けるようなものです。そう聞けば、そのおかしさがわかるのではないでしょうか。

その後、5月25日には、両党が修正案に「全ての国民が安心して生活できるよう留意」するという条文を新設するという報道がされましたが、意図は変わっていません。

こうした動きの背景には、男性が自身の性を偽って女性トイレなどに侵入するという保守派の主張があります。与党が、「性自認」という言葉を「性同一性」に置き換える背景も同じです。しかし、これは不安をあおって新たな差別を生み出すことにつながります。

同じことは、20年前の「ジェンダーフリー・バッシング」のときにも起きていました。当時も一部の保守派によって、「ジェンダーフリーやジェンダーという言葉を使うと、男女の区別がなくなり、男性が女性風呂に入ってきたり、男女が同じ更衣室を使ったりするようになる」という主張が展開されました。20年たって同じことが繰り返されています。日本において、差別とは何かという議論が定着していないのだと痛感しました。

── 性的マイノリティーに対する社会の理解は広がりつつありますが、課題は残っているようです。

理解は広がりつつありますが、性的マイノリティーの実態を知らない人はいまも多いです。テレビタレントのような固定的なイメージを持っている人も多く、特にトランスジェンダーについては実態が知られていません。大学の授業で当事者の様子を動画等で見てもらうと理解してもらえます。事例を示して実態を知ってもらう活動が必要だと考えています。

── どのような法律が必要ですか?

性的マイノリティーが直面する差別や困難に実効性を持って対応できる法律が必要です。具体的には、性自認や性的指向を理由にした差別を包括的に禁止する法律が必要だと考えています。

例えば、働く場面では、採用や異動、昇進などのあらゆる場面で性自認や性的指向を理由にした差別を禁止するということです。トランスジェンダーの当事者は今も採用差別に直面しています。このほか、学校でのいじめや、行政の住民サービス、不動産の売買、賃貸など、さまざまな場面での差別を禁止する法律が必要です。差別を禁止する法律があることで、実効的な交渉が可能になります。

── 今後の運動の展開は?

SNS上では、LGBT、特にトランスジェンダーの人へのバッシングが吹き荒れています。当事者を置き去りにせず、幅広い人々と一緒に運動を進めていきたいと考えています。

── 労働組合に対する期待を。

労働組合は、社会権、労働基本権をはじめとした基本的人権の担い手であり、人権を守る組織です。

性的マイノリティーの差別禁止も、そうした活動の延長線上にあります。すべての人の人権を守るという原点に立ち返り、運動を主導してほしいと思います。

自治労の調査では、労働組合執行部の各階層にも性的マイノリティーがいることが明らかになりました。組合活動をする上でも、当事者がいることを忘れないでください。

今回の動きの中では、経済界が積極的に発言しました。労働組合のより積極的な発信に期待しています。

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