SOGIにかかわらず
働きやすい職場へ
ダイバーシティーを進めようトランスジェンダーと職場の対応
大切なのは「してはいけないことをしない」こと
トイレ問題への疑問
──トランスジェンダーの職場環境について、トイレ使用に関することがよく取り上げられます。
メディアの関心がトイレや風呂に集中していることに疑問を感じています。トランスジェンダーの当事者が直面しているのはそれらの問題だけではありません。私自身、トランスジェンダーの当事者ですが、トイレの使用に困ったことはありません。
トイレについては、性別移行の段階に応じて当事者も対応の方法を変えるべきと考えています。かつて私はひげを生やしていた時期がありました。その頃の私が女性トイレを使っていたら通報されていたでしょう。逆に、今の私が男性トイレに入ると男性が困惑するはずです。性別移行の途中では多目的トイレを使っていました。
このように、トイレの使用については、その人の性別移行の段階や周囲の人間関係によって、対応の仕方も変わるはずです。例えば、Tさん(取材者のこと:40代男性、性自認は男性で異性愛者)が、ある日突然、「私は女性です」と言って、女性トイレを使おうとしても、周りは反対するでしょうし、Tさん自身も恥ずかしい思いをするでしょう。多くの人はそれがわかっています。そういうことです。
インターネットでは、女装した性犯罪者と見分けがつかないという言説を見かけますが、誰であっても性犯罪は違法です。極端な事例を挙げて問題の本質を見えなくしています。
一律の対応はできない
──実態に即して対応するということですね。
トランスジェンダーへの対応について、一律的な基準を設けたがるのは間違いです。トランスジェンダーと一言でいっても、その内実は多様です。例えば、性別を完全に移行した人もいれば、移行途中の人もいます。戸籍を変えている人もいれば、そうでない人もいます。外見もさまざまです。そのため、何か一律で判断できることはなく、その人の実態に即してケースバイケースで対応するしかないのです。
外国人といっても、国や地域によって文化は異なりますし、同じ国でもいろいろな人がいます。障害者といっても、障害の種類や程度は人それぞれで、一律の対応はできません。その人の障害の種類や程度に応じて、個別具体的に対応しているはずです。トランスジェンダーへの対応も、それと同じです。
ですから、トイレや風呂ばかり取り上げ、何か一律的な基準を設けようとする議論の立て方は間違っていると思います。あくまで個別具体的な事情に即して考える必要があります。トランス女性のトイレの使用を巡る裁判でも、裁判所は個別具体的なケースを検討しています。
具体的な対応を挙げるとすれば、トランスジェンダーの従業員がいてもいなくても、多目的トイレをつくっておくと良いと思います。
実際の困りごとは?
──トランスジェンダーの当事者は、職場でどんなことに困っているでしょうか。
トランスジェンダー固有の問題というよりも、すべてのSOGIの人にかかわる問題ですが、ハラスメントです。ハラスメントは、どのような性自認や性的指向の人に対してもしてはいけません。
私の担当した事件で、トランスジェンダーの女性(MtF)が、男性の上司からわいせつな行為を受けた事件がありました。裁判では加害者の男性上司が、「男同士だから問題ない」と主張しました。これは、二重の意味で間違っています。一つは、トランスジェンダー女性を男性と表現すること。もう一つは、男性同士ならセクハラをしてもいいと考えていることです。
セクハラは、男性であろうが、トランスジェンダーであろうが許されるわけではありません。SOGIにかかわらず、ハラスメントや差別はいけない。そのことをまず徹底する必要があります。
パワハラ防止措置法の指針には、SOGIハラに関する事項とともにアウティングも盛り込まれています。本人の了解を得ず、その人の性自認や性的指向を第三者に暴露してはいけません。
これまであった相談の中で、「自称・理解のある人」から、性的指向をカミングアウトするよう促され困っているというものもありました。カミングアウトは本人の意思によって決めることです。第三者が強要するのは問題です。
性別は個人情報です。それを取り扱う人事部などの担当者は、必要がないのに性別の情報をオープンにすべきではありません。性別情報は、管理職の男女比を把握するなどの合理的な理由があれば把握してもよいと思いますが、そうでなければ、不必要に明らかにすべきではないと思います。
職場の雰囲気を変える
──ハラスメントの背景には固定的なジェンダー意識があるのかもしれません。
男性だから、女性だからという男女二元論的な発想をやめるべきだと思います。女性だけ制服を着せるのはおかしいし、男性が化粧をしてはいけないのもおかしいです。TPOをわきまえていれば、男性も化粧をしていいし、服装は自由であるべきです。その意味でも、不要な髪形や服装の規定を改めるべきだと思います。
トランスジェンダーの当事者が職場でストレスを感じるのは、トイレのようなハード面よりも、職場の雰囲気のようなソフト面であることが多いです。企業でハラスメント研修の講師をすることがありますが、問題が残っている企業もあります。例えば、二次会で風俗店に行くとか。こうした行為は、職場の女性や風俗に行きたくない男性、同性愛者の男性のことを考えていません。このようなシスジェンダー(性自認と生まれた時に割り当てられた性別が一致)でヘテロセクシャル(異性愛)であることを前提とした職場の雰囲気は変えてほしいと思います。
してはいけないこと
──企業や労働組合は何をしていくべきでしょうか。
大切なのは、何か特別なことをするのではなくて、「してはいけないことをしない」ことです。ハラスメントやアウティングのように、してはいけないことをしないこと。これがとても大切です。
トランスジェンダーの当事者は、当事者だからといって特別なことを求めているわけではありません。一方、腫れ物にされることも望んでいません。「普通」に接してくれることを望んでいます。トランスジェンダー特有の問題に取り組むというよりも、「男性はこう」「女性はこう」という固定的な発想を取っ払ってほしいと思います。
まとめると、トランスジェンダーへの対応として大切なのは、不必要な男女二元論をやめること、SOGIにかかわるハラスメントをしないこと、アウティングをしないこと。この三つです。付け加えれば、多目的トイレや更衣室をつくれるといいと思います。
こうした実践ができれば、トランスジェンダーの当事者だけではなく、性別を問わずすべての従業員が働きやすい職場になるはずです。