特集2023.10

介護に備える
介護を支える
「ビジネスケアラー」急増時代に向き合う
介護保険制度の今後はどうなる?
財源と人材確保の二つの課題

2023/10/12
介護保険は、介護サービスへの需要が高まる一方、「財源」と「人材確保」という二つの課題に直面している。介護離職を防止するためにも、介護保険サービスの充実が求められている。課題にどう向き合うべきか。
高野 龍昭 東洋大学教授

介護保険の財源問題

介護保険制度が創設されたのは2000年です。制度創設から20年の節目に当たる2020年、私は介護保険制度の「財源」と「介護人材」の二つの課題を指摘しました(「介護保険20年 さらなる『社会化』のために」NHK視点・論点)。その課題は一層拡大しています。

日本の人口構造の高齢化が進むことは、制度創設時から予測されていました。しかし、制度を設計した人たちも介護保険の給付費用がここまで膨らむとは想定していなかったと思います。

75歳以上人口の伸びと介護保険給付の伸びを比べてみると、介護保険給付の方が明らかに伸びています。制度創設当初の介護保険給付は、約3兆2000億円でした。それが2021年には11兆円にまで膨らんでいます。約3.4倍の増加です。

一方、同じ期間の75歳以上人口は約2.1倍の伸びです。従って、75歳以上人口の伸びに対して、介護保険給付の伸び方はかなり大きいといえます。

当初の想定より介護保険給付が増えた背景には、介護保険制度への理解が深まり介護保険制度を利用する人が増えたこと、家族が小規模化し介護保険サービスを利用する人が増えたこと、高齢化が進んで認知症の高齢者が増えたことなどが影響しています。

特に認知症高齢者の課題は、制度創設当初よりも拡大しています。認知症の発症率は年齢が上がるほど高くなり、その介護は、身体的な介護だけが必要なケースと比べ、日常的にイレギュラーな対応が求められ、多くのサポートを必要とします。そのため介護保険の給付の増加に結び付きます。

このような要因が重なって、介護保険給付の伸びは、後期高齢者人口の伸びを大きく上回っていると考えられます。

一方、その給付の伸びとともに国民負担も増えてきました。介護保険の財源は、介護保険料と税金が50%ずつで構成されています。2000年度の税負担は1兆6000億円でしたが、21年度には5兆5000億円にまで膨らんでいます。また、65歳以上の人の介護保険料も同じ期間で約2倍に達し、40歳以上の人の介護保険料も同様の傾向にあります。

介護保険制度への需要が高まると同時に、保険料や税負担の増加が課題となっています。しかし、ここまで見てきたように、ひどい無駄遣いがあるとか、一部の事業者が利益誘導をしているというわけではありません。当然、今後も介護保険給付は伸びていくと見込まれます。

介護人材の処遇改善

介護保険制度のもう一つの大きな課題は介護人材の確保と処遇の改善です。

1990年代前半まで介護サービスは行政が提供することが原則で、その運営が社会福祉法人などに委託された場合でも、介護労働者の賃金は公務員に準じる水準が保障されていました。

その後、介護分野の規制緩和が進み、民間企業などが参入するようになると、なるべく低い委託料で運営させようとする流れが強まります。また、介護保険施行後は、2008年のリーマン・ショック後の不況以降、多くの労働者が介護分野に流入しましたが、ミスマッチも多く発生し、離職率が高まりました。その際、介護分野の低賃金・重労働が顕在化し、人材不足が加速する事態が生じました。

こうした事態を受け、政府は介護労働者の処遇改善に取り組むようになりました。介護労働者の月額の給与水準は、全産業平均と比べて10万円ほどの差がありましたが、現在は4万〜5万円にまで縮小しています。十分とは言えませんが、是正傾向にあります。

政府は賃金水準の引き上げとともに、事業者に対して従業員のキャリア・アップ等の計画実施なども求めています。こうした取り組みもあって、介護分野の離職率は一般サービス業と同水準にまで低下しています。

ただし、働き手の確保は今後ますます難しくなります。私は、今後の介護業界には「2040年問題」が最大の課題になると指摘しています。政府の人口推計では、2040年代に向けて85歳以上人口だけが急増し、その他のすべての世代の人口は減少します。要介護認定を受ける人の比率は、75歳以上で32%、85歳以上では58%に及びます。認知症が発症する確率も高まります。つまり、要介護高齢者が急増する中、その支え手となる働き手の確保がますます難しくなることを意味します。

介護労働者の処遇改善はもちろん大切ですが、それだけでは人材不足は解消できないことは明らかです。介護分野でのICTの利活用、DX化を進めるなど、複合的な対策が重要になっています。

介護離職防止が重要

労働組合の皆さんに伝えたいのは、介護離職防止の重要性です。

日本の家族構成を見ると一般的に親と子どもには30歳くらいの年齢差があります。この場合、子どもが40歳代半ばになるくらいから親が後期高齢者になります。先ほど述べたように75歳以上の高齢者の要介護認定率は32%です。つまり、仮に、自分と配偶者の親を含めて老親が4人いるケースでは、4人のうち1人か2人は要介護状態になっているという計算になります。人口の高齢化が進んだ今、誰もが働きながら介護する「ビジネスケアラー」になり得るということを想定しておく必要があります。

「ビジネスケアラー」の増加に伴って重要になるのが、介護離職の防止です。介護離職者は年間10万人ほど発生しています。このことは企業にとっても、日本経済全体にとってもマイナスです。

介護離職をした人を追跡調査した研究によると、多くの人が悪循環に陥っていました。具体的には、介護離職をすると収入が減るだけではなく、家族が介護を担おうとすると高齢者が重度化するケースが多く、家族関係も悪化し、家族が健康状態を悪くすることも少なくありません。離職期間が長くなると復職も難しく、収入と老後の年金額が減るという悪循環です。労使で介護離職の防止策を構築することが重要です。

そのためには、企業が従業員の介護に関する悩みや現状を把握することが大切です。例えば、従業員の家族に要介護状態の家族がいるか否かや、介護の悩みを抱えているかなどを把握することも一つの方法です。その上で、従業員が介護の悩みについて相談・対応できるよう、企業が介護の専門家と契約するような方法も考えられます。

働く人の生活を支える

介護保険制度を巡っては、国民負担を増やして介護サービスを手厚くするのか、国民負担を増やさずに財源の配分を見直すのかという議論が繰り返されてきました。財政的な問題はありつつも、ここまで見たような現状を踏まえれば、介護サービスの質・量を充実させることが欠かせません。介護人材の処遇を改善し、人材を確保していく必要もあります。そのためには、介護保険料を負担する年齢を現在の40歳から引き下げて、社会全体で高齢者介護を支える必要もあります。

高齢者が適切な介護サービスを受けられなければ家族の介護離職が増え、その結果、私たちの生活は悪循環に陥ります。つまり、介護サービスの提供が充実しなければ、働く人たちの生活は成り立ちません。私は、国民負担増を受け入れた方が、結果的に自分たちの生活が楽になると考えることが大切だと思っています。

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