介護に備える
介護を支える
「ビジネスケアラー」急増時代に向き合う弱音を吐けない「男らしさ」がマイナスに
男性介護者の増加にどう向き合うか
介護者の実態
今年7月に公表された総務省の「就業構造基本調査」によると、仕事と介護の緊張関係に直面しながら働く人(ワーキングケアラー)の数は、364万6000人で、全有業者(6706万人)のうち5.4%を占めました。
この調査を次の二つの視点から分析しました。一つ目は、有業者のうち介護をしている人はどの程度いるか。二つ目は、介護者のうち仕事をしている人の割合はどの程度かということです。
前者は、有業者(6706万人)に占める介護者の総数は628万8000人だったので約1割でした。後者は、介護者628万8000人のうち、仕事をしている人は364万6000人だったので、その割合は約58%でした。つまり、介護者のうち6割近い人がワーキングケアラーということになります。
これを年代別で見ると、60歳未満の男性介護者の約85%、女性介護者の約70%は仕事をしながら介護をするワーキングケアラーでした。5年前の調査と比べても、この数値は増えています。介護者のマジョリティーはすでにワーキングケアラーになっているのです。
男性介護者の増加と課題
こうした中、男性介護者の割合も増えてきました。私が男性介護者の研究を始めた2000年代当初、当時の主たる介護者に占める男性の割合は5人に1人といわれていました。それがいまや主たる介護者の3人に1人が男性介護者になっています。
男性介護者が増加する背景には、家族形態の変化がまず挙げられます。介護保険制度がなく、3世代同居が多かった時代は、家族の中で家計に対するリスクが最も小さいとされる人が介護を担うケースが多かったといえます。それが賃金収入の少ない主婦であることがよくありました。
しかし、家族の規模が小規模化し、女性の社会進出が進み、介護サービスの利用が一般化するなどの変化を背景に男性介護者が増えてきました。
男性介護者の増加は、企業経営にも影響を及ぼしています。例えば、ある総合商社では海外の重要ポストに就けたいと考えていた人材が、介護を理由に断るというケースが実際に起こりました。そのため社内の実態調査を行い、社員の介護実態について調べたところ、回答者の約1割の社員がすでに介護をしていて、そのうち約8割が主たる介護者であることがわかりました。また、今は介護をしていなくても将来的に介護の心配をしている社員は9割近くにも上りました(労務行政研究所編『これから始める仕事と介護の両立支援』2015年、138〜149P参照)。以前、経済専門誌が「エース社員が突然いなくなる!」という特集を組んだこともありますが、社員の介護はすでに企業の経営課題になっています。
「男らしさ」の弊害
私が男性介護者の研究をする中で直面してきたのは、「男らしさ」の弊害です。具体的には、男性が自分の弱さやSOSを伝えるための言葉を持たず、それを語る場もないことが問題だと訴えてきました。
つらいことがあっても、泣きたいことがあってもこれらをじっとこらえていくのが男の修行である、と言ったのは、戦前の連合艦隊司令長官だった山本五十六でしたが、この格言を地で行くような男性の介護実態もあります。高度経済成長期に働き詰めで人生を過ごしてきた男性たちには、こうした規範が琴線に触れるのでしょう。実際、弱音を吐いたり、SOSを発信できなかったりする男性介護者のケースをたくさん見てきました。
こうした「男らしさ」は、時に不幸な事件につながります。介護が重度化しても周囲の助けを得ることができず心中を図るなどの不幸な事件が実際に起きてきました。
また、仕事と同じように介護をすることも男性介護者の特徴といわれます。つまり、仕事と同じように効率よく作業し、成果を追い求めるということです。しかし、介護は仕事と同じように成果が上がるとは限りません。むしろ、家族の老いや心身の衰えに寄り添う側面があります。認知症ではなおさらです。その点をうまく認識できず、仕事と同じように介護に向き合うと、自己流のリハビリトレーニングを強要し、思うように成果が出ないと不満が募り、暴力的な行為に発展するということも起こります。
介護を語れる場づくり
男性介護者に対する支援では、弱音を吐いたり、SOSを出せなかったり、仕事ばかりをしてきた男性の意識をどのように変えていくのかが問われます。そのための一つの方法が、場づくりです。
男性介護者支援の現場では、男性介護者が本音を語りやすい場づくりが重要です。実際、女性介護者が多く集まる場だと、寡黙でシャイな男性介護者は「はい」とか「いいえ」としか答えず、取り付く島がないケースがよくあります。そのプライドが邪魔をして、本音を語れず、弱みも見せない、といわれてきました。そこである地域では、男性介護者を集めて「居酒屋」形式で開催したところ、男性介護者が雄弁に語るようになったという事例がありました。
こうした活動を踏まえ私たちは2009年、男性介護者の会や支援活動の交流、情報交換の促進などを目的に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を立ち上げました。こうしたコミュニティー活動に参加することで男性介護者の意識が徐々に変化していくと考えています。
介護の話をすることは、会社のコミュニティーの活性化にもつながるはずです。都市銀行OBの方から次のようなエピソードを聞きました。配偶者の介護経験を退職者の会報に投稿したところ、元同僚たちから励ましの手紙や電話が寄せられるなど大きな反響があり、その後、現役向けの社内報にも掲載されて、現役社員からの反応もあったそうです。ある経済団体が主催した研修会でも、私の講演後に介護経験を語り合う経営者の姿がありました。
かつては介護をしていることが恥ずかしいことであり、隠さなければいけないという意識があったかもしれません。しかし、介護を経験する人が増えるにつれ、介護の話は共感されやすいテーマになっていると思います。
一方、キャリアへのダメージを恐れて、介護をしていることを会社に言えないという実態も残っています。SOSを発信しやすい、気軽に相談しやすい職場環境が求められています。
労働政策と介護政策
その上で政策的には、仕事と介護の両立ができるよう労働政策と介護政策の両面から対応する必要があります。現状では、労働政策で働き方の柔軟化が進められる一方、介護政策では、「重度化シフト」と呼べるように、家事援助のような軽度のサービスを介護保険制度から外し、重度の介護のみを対象とする方向に政策の議論が加速しています。こうしたサービスを利用できなければ、仕事と介護の両立は難しくなります。ワーキングケアラーの増加に逆行した政策だといえます。ワーキングケアラーがマジョリティーになる中、ケアを引き受けながら働ける環境とは何か、労働政策と介護政策を複合的に捉えながら議論を深める必要があります。