特集2023.10

介護に備える
介護を支える
「ビジネスケアラー」急増時代に向き合う
スウェーデンの介護制度は
どうなっている?
高負担でもサービス実感

2023/10/12
高齢化は先進諸国の共通した課題の一つだ。高福祉・高負担で知られるスウェーデンの介護制度はどうなっているのだろうか。その特徴について識者に聞いた。
斉藤 弥生 大阪大学教授

自治体の責任を明確化

スウェーデンの高齢者介護には三つの特徴があります。

一つ目は、サービス利用率の高さです。スウェーデンには成人した子どもが親と同居する習慣がありません。そのため介護が必要な高齢者にとって介護サービスの利用が生活の支えとなっています。その結果、介護サービスの利用率が高くなっています。中でも、自宅で介護を受けるホームヘルプが介護サービスの中心です。日本の介護は、施設に通所するデイサービスやショートステイが中心ですが、スウェーデンなどの北欧は、介護職員が自宅に来るホームヘルプが中心になっています。

二つ目の特徴は、24時間対応の包括ケアが行われていることです。訪問看護や在宅医療と組み合わせて提供されることで、本人が望めば最後まで自宅で暮らせる仕組みが整えられています。

三つ目の特徴は、地方自治体が大きな権限を持っていることです。スウェーデンは1982年に「社会サービス法」という法律を成立させ、高齢者や障害者、児童などの福祉に関するサービスを一元化しました。その法律の第2条は、「自治体は地域内に住む住民が、必要な援助を受けることができるよう、その最終責任を負う」ことを定めています。このようにスウェーデンの介護サービスは、地方自治体の責任を明確にし、自治体に大きな権限を与えていることが特徴です。そのため、どのような介護サービスを提供するか、そのサービスの利用料金をいくらにするのかはすべて自治体の判断に任されています。その中で高齢者は所得に応じて介護サービスを利用することができ、高齢者の安心につながっています。

地方税中心のシステム

こうした特徴を持つスウェーデンの介護制度を支えているのが、地方税です。

日本とスウェーデンでは、介護制度の財源が異なります。日本の介護制度の財源は、介護保険料と税金が半分ずつですが、スウェーデンの介護制度はすべて税金で賄われています。

その主な財源が地方税です。地方税は所得税が中心となって構成されており、一部の高所得者を除いて一般市民の所得税はすべて地方税として扱われます。その上で、地方税が介護や保育をはじめとした生活関連サービスの財源として利用されています。

このように地方税が中心となって介護や保育、教育といったサービスが提供されることで、税金を支払う市民にとっては、自分が払った税金が身近な生活関連サービスに使われていることを実感しやすいシステムになっています。このことが高負担でも納得できる制度につながっています。スウェーデンは間接税が高いイメージがありますが、それらは防衛や高等教育に使われ、生活にかかわる介護や保育、義務教育などは地方税によって賄われています。

介護サービスが税金で運営されるということは、その他のサービスと税金を分け合う必要があるという点で課題もあります。その点、日本は介護保険制度によって介護の財源を確保しているところに特徴があります。

人手不足とグローバル化

スウェーデンの介護制度の課題の一つは、人手不足です。

スウェーデンでも介護労働者の賃金は他の産業の労働者に比べて低いことが指摘されています。介護労働者の賃金は、国レベルの労使交渉によって決まりますが、近年、労働組合の組織率が低下し、労使交渉の影響力が下がっているという問題があります。

背景にあるのは、海外にルーツのある介護労働者の増加です。スウェーデンでは海外にルーツのある介護労働者の割合が25%に上っています。日本の場合、高齢者施設で働く外国人の割合は私の推計では5%程度なので、その比率の高さがわかります。その中で労働組合に入らない海外にルーツのある介護労働者が増えています。

もう一つの課題は、民間企業の拡大です。介護業界における民間企業の割合は、スウェーデン全国で2割ほどですが、ストックホルムのような大都市では7〜8割に上っています。さらにこれらの企業の多くは、国際的な投資会社で、こうした投資会社が運営する介護事業者は労働組合の組織率が低く、労働条件が守られにくいという問題があります。

こうした投資会社は、地域に密着して運営されてきた事業者を買収し、チェーン化を進めています。そのため民間介護企業がチェーン系列化するという事態が生じています。その結果、市場の寡占化が進み、市場の競争機能が発揮されなくなり、介護の質が低下するという問題が懸念されています。

また、介護制度が地方税を主体として運営される中で国際投資会社が拡大することは、税金が国外に流出することも意味します。このことは高い税金であってもそのお金が地域に還元されるという仕組みに影響を及ぼし、納税の納得性にかかわります。経済のグローバル化がスウェーデンの介護制度に大きな変化をもたらしています。

老後が不安な日本

日本への示唆としてどのようなことがいえるでしょうか。内閣府は1980年から5年ごとに日本とスウェーデンを含む「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(「高齢者意識調査」)を行っています。この調査結果を見ていきましょう。

まず、調査項目の一つである「同居家族以外に頼れる人の有無」を見ると、日本は他国に比べて頼れる人が少ないことがわかります(表1)。また、「近所づきあいの程度」を見ると、日本は病気の時に助け合うことが少ないことがわかります(表2)。加えて、「経済的困窮を感じている人」の割合を見ると、日本は他国に比べて高いことがわかります(表3)。

こうした結果から読み取れることは、日本は他国に比べ、近所づきあいが強いわけではなく、老後の備えも十分ではない人が多いということです。こうしたことから政府の政策と高齢者の意識や生活実態との間にギャップがあることがわかります。つまり、政府が「自助」を進めようとしても自力では介護サービスを購入できる高齢者が少なく、「共助」を進めようとしても近所づきあいは強いわけではない、ということです。

経済的困窮を感じている高齢者の割合は、日本はスウェーデンの2倍以上に上っています。先ほどの「高齢者意識調査」では、日本の6割近い高齢者が「老後の備えは足りない」と答えています。一方、スウェーデン、ドイツ、アメリカでは7割弱前後の高齢者が「十分」と答えています。ここには介護だけではなく年金や現役時代の生活保障のあり方も影響してきます。

どうすれば老後への不安を減らし、安心した生活を送ることができるのか。介護制度だけではなく、さまざまな社会保障制度を含めて総合的な対策を講じる必要があるといえます。

表1 同居以外に頼れる人の有無(%、複数回答、75歳以上)
内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2020年)
表2 近所づきあいの程度(%、複数回答、65歳以上)
内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2020年)
表3 経済的困窮を感じている人 (%、65歳以上)
「困っている」は「困っている」「少し困っている」の合計。「困っていない」は「あまり困っていない」「困っていない」の合計
内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2020年)
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