介護に備える
介護を支える
「ビジネスケアラー」急増時代に向き合う急増する「ビジネスケアラー」
現実と知識の大きなギャップを埋めるには?
代表取締役副社長
──「ビジネスケアラー」に求められる心構えとは?
介護について考える際、知ってほしい三つの大前提があります。
一つ目は、日本は人類史上かつてない高齢化社会に突入しているということ。人類は、これほど高齢化した社会を700万年の歴史の中で経験していません。現代日本を生きる私たちは、想定していたものとかなり違う老後を覚悟しなければいけません。
二つ目は、人間は未来のことを考えられないということ。これは介護を自分ごととして考えるのが難しいことを意味します。私たちの脳は、たとえ自分自身のことであっても、未来のことを考えるのを苦手としています。脳科学でも、自分の未来は、人ごとのように処理されることがわかってきました。何が言いたいかというと、これからの日本人は、ほぼすべての人が介護に直面することになるのに、そのことを自分ごととして認識するのが困難なのです。
世間では、元気な状態から急に亡くなる「ぴんぴんころり(医学的な急死)」が理想と言われたりしますが、その実際の割合は社会全体で5%程度、20人に1人に過ぎません。例えば、自分と両親の3人に当てはめると、全員が介護を必要とせず亡くなる確率は8000分の1です。さらに親の介護が始まる理由の第一位は認知症ですが、2025年には、軽度認知障害を含めれば高齢者の3〜4人に1人が認知症になると予測されています。配偶者の両親を含めれば、どこの家庭でも認知症の介護が始まっていてもおかしくない計算です。
このように介護と無縁でいられる人はほとんどいません。なのに、それを自分ごととしてとらえられず、介護に関する知識がない人が数多くいます。だからこそ、周囲にいる人たちが、あの手この手で介護への備えを何度も繰り返し伝える必要があります。
知識と現実のギャップ
三つ目は、育児と介護は似ていると漠然と考える人が多いということです。このことは大きなリスクを抱えています。
育児と介護はまったくの別物です。まず、育児に関して私たちは誰もが育児をされた経験(ユーザー体験)があり、体験を通した深い知識を持っています。そのためどのような教育機関や教育支援があるのか、その使い方も知っています。幼稚園、小学校といったサービスの意味がわからない人はいないでしょう。また、育児には妊娠期間を含めると、育児と仕事の両立まで1年弱の猶予期間があります。加えて育児は大変なのは長くてもだいたい10年くらいで、子どもの成長とともに徐々に手離れしていきます。
一方、介護は違います。ほとんどの人は介護の経験がありません。小規模多機能型居宅介護、グループホームといったサービスの内容を正しく認識している人は少数派です。使えるサービスに対する知識もない中で、猶予期間もなくいきなり介護が始まり、それがいつ終わるかもわからず、時間がたつほど介護が重たくなっていく。それが介護です。
このように育児と介護は正反対ともいえる性質を持っています。にもかかわらず漠然と同じようなものと捉えている人が多いことは、介護に向き合う点で大きなリスクをはらんでいます。知識と現実のギャップを埋める必要があります。
両立支援が対策の根本
──介護に関する知識がないとどのようなリスクに直面するでしょうか。
例えば、親が認知症になると銀行口座からお金を引き出せなくなります。その口座に年金や退職金が入っている場合、親の介護に必要な費用のみならず、親の生活費まで子どもが負担する人が出てきます。こうした事態は、代理人カードを設定したり、家族信託を利用したりと、正しい準備をしておけば防げます。問題は、こうした事実を知っているかです。
──「ビジネスケアラー」支援として求められることは?
最も重要な対策は、介護離職の防止ではなく、仕事と介護の両立支援です。
介護離職は、仕事と介護の両立が失敗した結果であり、原因ではありません。介護離職を防ぐためには、その原因である両立支援が欠かせないのです。
経産省は、仕事と介護を両立している人の生産性は平均で27.5%落ち、その経済損失は7.9兆円に及ぶと試算しています※。介護離職による労働損失額1兆円などと合わせると全体で約9.2兆円に及びます。介護離職よりも両立困難による損失の方がずっと大きいのです。
両立支援の根幹は、教育です。介護に関する知識不足こそ、ビジネスケアラーの生産性を低下させる最大の要因です。
柔軟な働き方があっても、介護に関する知識がなければ、両立はうまくいきません。逆に、介護に関する知識があれば、多くの介護は、仕事を休むことなく、生産性も下げずに行うことも可能です。
幸運なことに、日本の介護サービスは、世界一充実しています。大切なのは、制度を充実させることではなく、すでに充実している制度を使いこなす知識を身につけることです。
ただし、こうした日本の介護サービスは、車で例えるなら「F1カー」のような高性能を持ちながらも、運転は難しいのが実情です。それに対して、多くの人の知識は、運転免許がないどころか、「ハンドルって何?」という状態です。世界最高性能の車を持ちながら、それを運転するための知識が不足しているのです。
こうした背景から、ビジネスケアラー支援の根幹は、介護に関する教育なのです。ビジネスケアラーが真に求めているのは「休みやすい柔軟な職場」ではなく「仕事を休まずに介護もこなすための具体的な支援」です。言うなれば「仕事と介護の両立のための教習所」が必要です。
知識を伝えるために
──知識がなく、介護を自分でやろうとすると困難に直面しそうです。
介護離職や虐待などの事例を見ると、介護サービスをうまく使いこなせていないケースが多いです。
現在の介護は、「準医療」という存在になっています。お風呂とトイレ、食事の三つは、三大介護と呼ばれますが、こうした身体介護を自分でしている人は、介護離職しやすいことが調査からもわかっています。
身体介護は素人がやるとかえって要介護の状態が悪化する危険性もあります。食事の仕方によっては誤嚥性肺炎になったり、お風呂で転倒して骨折したりすることもあります。「介護くらいはしてあげたい」と良かれと思って親の介護をすると、かえってお互いにマイナスの結果をもたらす可能性が上がるのです。
──知識を伝えるためには?
そこがまさに、これからの労働組合の重要な役割だと思います。ビジネスケアラー問題の難しいところは、経営層も含めて、当事者になる人の多くが、介護に対する忌避感があり、適切な準備もしていないし、知識もないというところです。
そうした状況を打破するのは、組織内で正しい危機感を醸成する、とても地道な活動です。人類史上かつてない高齢化を経験している日本において、こうした活動が期待されるのは、まさに労働組合なのではないでしょうか。
より具体的なアドバイスを一つするならば、組織内の全員が、介護が始まる前から、介護のプロと、一人でいいので名刺交換しておくことです。こうしたことを含めて、介護の対策はできるだけ早く始めることが重要です。
経営者にとっては、仕事と介護の両立は、経営課題です。今年から健康経営銘柄の評価指標の中に従業員の介護に関する項目が含まれるようになりました。両立支援せず業績悪化につながれば、それは経営者の責任問題になります。
従業員の皆さんは、介護に関する会社の研修などに積極的に参加してほしいと思います。その上で、労働組合は、組合員に研修への参加を呼び掛けたり、機関誌を通じて情報を伝えたりする一方で、会社に対して両立支援の重要性を訴えてほしいと思います。