特集2023.10

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「ビジネスケアラー」急増時代に向き合う
評価されない感情労働
介護労働者への支援強化が必要

2023/10/12
介護労働には感情労働という側面がある。介護労働者が日々、直面している感情労働を適切に評価するとともに、精神的なケアを提供する体制をつくることが大切だ。
吉田 輝美 名古屋市立大学教授

感情労働の三つの特徴

介護労働には、感情労働という側面があります。

感情労働という言葉を広げたアメリカの社会学者であるホックシールドは、感情労働には三つの特徴があると説明しています。

一つ目は、対面もしくは声による顧客との接触があること。二つ目は、相手の感情に何らかの変化を引き起こすこと。三つ目は、雇用主が研修と管理体制を通じて労働者の感情活動をある程度コントロールすることです。

感情労働というと、顧客への対応でストレスが生じることをそう呼ぶと思われがちですが、そうではありません。相手の感情に何らかの変化を引き起こすことまでを含めて感情労働なのです。相手の感情を変化させるのは容易ではありません。だからこそ、感情労働によって労働者が疲弊するという側面があります。

介護現場での感情労働で一番難しいのは、認知症高齢者の介護です。今述べたように感情労働は相手の感情に変化を引き起こすことですが、利用者が認知症である場合、そのことが難しくなります。どうして不機嫌になっているのかを把握したり、感情の変化を引き起こしたりすることには特別なコミュニケーション能力が求められます。

また、介護サービス利用者の家族との対応も感情労働になり得ます。しかし、家族への対応まで現場の介護労働者に任せてしまうと介護労働者は疲弊してしまいます。大規模施設であれば、生活指導員や施設ケアマネジャーなどと連携して、介護労働者は利用者本人のケアに当たれるような体制をつくることが大切です。

対応は個人任せの現状

しかし、感情労働の特徴の3点目にかかわることとして、介護労働者が感情労働にどのように対処するかは、労働者個人に任されてしまっている現状があります。施設側は、感情労働は労働者個人の感情の問題という考え方から、感情労働について労働者個人任せにしてしまっています。そのため、感情労働について体系的な研修を提供する場はほとんどありません。

このように感情労働のスキル習得が個人任せになってしまっていることから、それにまつわる精神的なつらさも個人任せになってしまっています。感情労働で疲弊した介護労働者の精神的なケアを組織的に提供する体制も不十分です。それを支援できるようなリーダー層や施設長クラスの人材育成も進んでいません。

相手の感情を意図して変化させるコミュニケーションはとても複雑であり、それにはトレーニングが必要です。ところが、日本の介護現場では、日本語が話せればコミュニケーションが取れると思い込んでしまっているところがあります。感情労働には専門的なスキルが必要であり、研修体制を充実する必要性を社会全体で認識すべきです。

「カスハラ」と精神的ストレス

介護労働者は、利用者やその家族から理不尽なクレームを受けることもあります。いわゆる「カスタマーハラスメント」と呼ばれるものです。厚生労働省が近年、対策に乗り出すようになりましたが、現状では対応は施設任せになっています。

理不尽なクレームは、介護労働者に精神的なダメージを与えます。罵声を浴びせられれば恐怖心やストレスを抱くのは自然な反応です。在宅サービスの介護労働者の場合、利用者の家族から罵声を浴びせられることもあります。

最近、現場の介護労働者からよく聞く話は、「何でもやれ」とか、「何でできないんだ」という要求が増えているということです。介護サービスは決められたプランの中で行われるため、それを逸脱して提供すると、公平性の観点から問題が生じます。例えば、「あの人はやってくれたのに、この人はなぜやってくれないのか」ということです。そのため、介護サービスでは同じ質と量を提供することが大切です。

その一方、介護にはいまだ「福祉」や「ボランティア」のようなイメージが付きまとい、何でもしてくれるという意識が残っているとも感じます。介護に関するイメージが古いことが理不尽な要求につながっているのかもしれません。

こうした問題は、介護サービスへの理解が広がれば変わってくるかもしれません。昨年、親の介護に関するアンケート調査を実施しました。この中で、若年層を対象に、自分の親の介護をしないと考える人はどういう人かを分析しました。その結果、親との関係は良好でも親の介護はしないという人が多数を占めました。なぜかというと、親との良好な関係を維持するためであり、介護をすると関係が悪くなると考えていることがわかりました。自分たちでは介護できないから専門家に任せるという考え方が浸透しているようでした。

一方、その親世代も自分に介護が必要になったら施設に入れてほしいと希望していることもわかりました。なぜかというと、自分の親を介護して大変だったから、子どもたちに同じ経験をさせたくないという思いがあるようでした。

このように介護に対する考え方は、世代とともに変化しています。介護サービスに対する考え方が変われば、利用者と提供者との共通認識も生まれやすくなるのではないでしょうか。

感情労働の評価を

介護施設には、入居者3人に対して介護職員(または看護師)を最低1人配置するという人員配置基準があります。理不尽なクレームで介護職員1人が退職してしまえば、3人に対するサービス提供がなくなってしまうともいえます。

実際、カスタマーハラスメントで職員がメンタルダウンして退職した結果、事業所を閉鎖せざるを得なくなった事例も聞いています。サービス利用者と提供者がお互いを思いやりながら、介護サービスを運営することが大切だと思います。そのためには、介護サービスの利用者教育のようなものも必要になると考えています。

感情労働は、専門的なスキルが求められる労働ですが、適切に評価されているとはいえません。感情労働を適切に評価するための指標も整備されていないため、介護労働者の頑張りが適切に評価されていません。

例えば、相手の感情に変化を引き起こすという点では、利用者が亡くなった際、その家族がその施設に任せてよかったと思えるのであれば、そこで一つの感情労働が完結したことになります。こうした感情の変化を適切に把握し、評価することは、働く人にとってのモチベーションにもなるはずです。

介護労働者は、身体的な介護サービスを提供するだけではなく、利用者の感情に変化を引き起こすという意味での感情労働に従事しています。介護サービスを利用する側が、感情労働についての理解を深め、利用者と提供者の共通認識をつくることが、介護制度の充実のためにも大切だと思います。

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