特集2024.01-02

2024春闘へ
賃上げを勝ち取る
エッセンシャルワーカーは
なぜ低処遇なのか
背景を読み解き対応策を探る

2024/01/17
社会に必要な仕事なのにエッセンシャルワーカーの処遇はなぜ低いのか。さまざまな業界の実態を調査し、書籍にまとめた研究者にその背景や求められる対応策などについて聞いた。
田中 洋子 筑波大学教授

日本とドイツの違い

エッセンシャルワーカーの研究を始めた当初の問題意識は、低賃金・不安定雇用で働く女性が多いということでした。これについての研究が十分に行われていないと考えた私たちは、日本と海外を比較しながら、女性の非正規雇雇用の実態を調査することにしました。

最初に取りかかったのが、スーパーマーケットの研究です。他の研究者と一緒に日本とドイツで調査を始めたところ、驚くことがいくつもありました。特に驚いたのは、ドイツのスーパーマーケットには日本のようなフルタイムとパートタイムの処遇格差がないことでした。

日本のスーパーマーケットの場合、パートタイム労働者は、短期契約を繰り返し、最低賃金より若干高い程度の時給で働くことが多いです。昇給や昇進がほとんどないまま、責任ある仕事をしているケースも少なくありません。一方、正社員は長時間労働に加え、引っ越しを伴う頻繁な異動・転勤があり、疲弊しています。

驚いたことに、ドイツにはこうした処遇の分断がありませんでした。ドイツにもパートタイム労働者は多くいるのですが、フルタイム労働者との格差がありません。パートタイムで働いていても賃金水準はフルタイムと同じで、働く時間数に比例して賃金が決まるシンプルなルールで動いているからです。

ドイツには、働く人が労働時間を選べる権利があり、フルタイムからパートタイムへ、パートタイムからフルタイムへ移動することができます。パートタイムもフルタイムも同じ賃金表の給与額に基づき時間割合で支払われます。

こうしたことがどうして可能なのかというと、その土台として、産業別労働組合が地域の経営者団体と交渉して、働く時間の長さと関係なく、同じ仕事で働くと同じ給与になる、という単一の賃金表をつくっていることが挙げられます。

フルタイムとパートタイムで働く人の割合は、日本とドイツでさほど変わりません。しかし賃金水準・処遇のあり方を見ると、とても大きな違いがあるのです。

低処遇の背景

調査結果に驚いた私たちは、調査対象を他の業種に広げることにしました。その頃ちょうど新型コロナウイルスの感染が拡大し、エッセンシャルワーカーという言葉が広く使われるようになりました。

スーパーマーケットやドラッグストア、そこに商品を運ぶトラックドライバー。ほかにも医療従事者や介護士、保育士など。その人たちがいなければ社会は回らないのに、低処遇で苦しんでいる労働者の存在が明らかになりました。なぜそういう事態が生じているのか。私たちは、各産業・業種の研究者と協力し、エッセンシャルワーカーの処遇問題として研究することにしました。

具体的には、スーパー、外食チェーン、保育士や学校などの公務職場、病院、介護、運送、建設工事、アニメーション制作など、幅広い分野の処遇のあり方を分析しました。その成果は『エッセンシャルワーカー──社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』(旬報社、2023年)にまとめられています。

私たちは、エッセンシャルワーカーの処遇問題について、現状だけではなく、なぜそうなったのかという歴史も含めて分析しました。

その結果、さまざまな産業で起きている変化に共通する大きな背景が見えてきました。それは、構造改革や行政改革、「官から民へ」、「小さな政府」という新自由主義的な政策の存在です。

こうした結論は当初意図していませんでしたが、業種を個別に分析した結果、底流としての変化が見えてきました。

こうした新自由主義的なイデオロギーに基づく経済とは、人件費をできる限りカットして、企業の都合に合わせて人を安く使うほど、企業の業績が良くなり、競争力が高まるとする考え方です。こうした考え方が1990年代から30年間で日本中に広がった結果、エッセンシャルワーカーの低賃金構造がもたらされた、というのが研究によって見えてきたことでした。

コストカットの拡大

それらは次のような形で社会に影響を及ぼしました。

一つ目は、コストダウンのための女性や若者を中心とした非正規雇用の活用です。1980年代まで、パート・アルバイトなどの非正規雇用は、家計補助型の働き方であり、社会問題化していませんでした。しかし、バブル崩壊後に男性正社員の雇用・給与が不安定化すると、これらは生計維持型に変化していきます。それでも企業はコストカットのため低賃金の非正規雇用を積極的に活用し続けています。

二つ目が、公共サービスの削減です。「官から民へ」の大合唱の下で、公務員の数や予算は劇的に減らされ、公共サービスは圧力にさらされました。その結果、公務の現場では大きく非正規化が進んでいます。特に、多くの専門職の人たちが非正規に追いやられました。その処遇は低く、フルタイムで働いても年収が200万円に届くか届かないかです。

三つ目は、請負や業務委託の拡大です。日本にはバブル崩壊前にも下請け構造はありました。しかし1990年代以降は、下請け企業への配慮がなくなり、買い叩けるだけ叩く、応えられなければ安い業者、海外の業者に出すということが広く行われるようになりました。その結果、低価格競争が進み、ピラミッド構造の中での「中抜き」も進みました。それが、実際に現場を担って働いている人たちの低賃金を生みだしました。

これら三つの出来事は、共通した考え方の下で進んできました。それがコストカットと市場競争に任せるという新自由主義的な考え方です。これらが政府や企業の方針となり、それが国民にも受け入れられていったことで、日本の低賃金構造が生まれたのだといえます。

差別しない処遇が鍵に

ここで問いたいのは、こうした考え方に基づいて経済運営が行われた結果、日本の競争力は本当に高まったのか、という点です。実際の所、日本の賃金は30年間にわたり低迷し、企業の競争力も低下しています。コストカットすれば競争に勝てる、という考え方からそろそろ本気で卒業する必要があります。

そのためにまず必要なのは、社会に不可欠なエッセンシャルワーカーの仕事をきちんと評価し、処遇を底上げすることです。そのために次のようなことが必要だと考えています。

一つ目は、働く時間の長さによって処遇の格差をつけないことです。様々な事情からパートタイムで働きたいという人の給与や処遇を、フルタイムと差別するのはもうやめましょう。

二つ目は、働く場所によって労働者を差別しないということです。引越したくないという人の給与を2割も3割も下げるやり方はおかしいです。

その代わり、仕事に求められるレベルに応じた賃金が定められるべきです。この点で、日本の労働組合が産業別の賃金表を使用者に求めていく主導権を発揮していくことを期待しています。

最後に、公務労働に対する政府の姿勢を変えることです。保育・教育や介護など、私たちに必要な公共サービスが予算不足と非正規化で劣化してしまう前に、働く人に予算をつける必要があります。

労働組合は、働く人々の声を拾い上げ、小さなことでもいいので、現場で一歩踏み出すチャレンジを繰り返してほしいと思います。失敗も成功も含めた現場での取り組みを積み重ねる中で、働く条件の底上げが実現できるのだと思います。

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