特集2024.01-02

2024春闘へ
賃上げを勝ち取る
日本経済の好循環のために
お金を家計に振り向ける

2024/01/17
日本経済の好循環を取り戻すために何が求められるのか。マクロ経済の観点からは、お金の流れを家計に振り向けることが重要だ。そのための方法が賃上げだ。
脇田 成 東京都立大学教授

お金の使われ方の変化

──日本経済を取り巻く状況をどのように捉えていますか。

日本のマクロ経済を見ると企業の純貸出が増え、政府と海外部門の純借入が増えています。これをGDP統計で分析すると、1998年頃から企業が純借入部門から純貸出部門に変化したことがわかります(グラフ)。企業の純貸出は、1998年の金融危機、2008年のリーマン・ショック、2020年のコロナ・ショックの時期に増えています。一方、同じ時期に政府と海外部門が純借入部門にまわっています。このことは企業がお金を使わなくなり、政府がお金を借り入れるようになったことを意味します。

企業の純貸出が増えた背景には、(1)企業貯蓄の増加、(2)ショック時の設備投資の減少という二つの背景があります。バブル崩壊以降、日本企業は非常に防衛志向になったことを示しています。

不況時において政府がお金を使うことは景気の失速を防ぐためにある程度必要です。しかし、お金とはある意味、「引換券」ですから、財政緩和や金融緩和で市場に流通するお金を増やし、「引換券」を増やしても、実際に生産される物やサービスがそれよりも少なかったら、いつかは引き換えができなくなります。その意味で政府の借入の効果には限界があるといえます。

また、政府が無制限に借り入れを続けることもできません。借り入れた分はいずれ返済しなくてはいけません。その意味で借り入れが続けば増税が必要になる場合もあります。

他方、政府の純借入とともに増えているのが、海外部門の純借入です。これは海外で使われるお金が増えていることを意味します。端的にいえば海外投資が増えているということですが、それによって資産が増えているかというとそうともいえません。海外投資に回したお金が効率よく使われていないということです。

このように見ると日本経済の状況は、企業が経済活動で生み出した利益が家計部門に回らず政府や海外部門に回っていることがわかります。具体的には国債と海外投資です。もっと効率よくお金を使う方法を考える必要があります。

グラフ 貸出化する企業部門:制度部門別の純貸出(+)/純貸入(ー)
データ出所 国民経済計算 脇田教授提供

金融政策と円安

──家計は、最近の円安によって実質賃金のマイナスが続いています。

現在の物価の高騰には、(1)世界的な資源・食料価格の高騰と、(2)日米の名目金利差による円安という大きく二つの要因があります。前者は、▼世界需要、▼産油国の要因、後者は▼米国要因、▼日本要因という要因に分けられます。このように物価高騰にはさまざまな要因があり、日本だけで解決するのは難しいことは確かですが、何もできないわけではありません。

例えば金融政策の見直しはその一つだといえるでしょう。いわゆる「アベノミクス」で大規模な金融緩和を継続した結果、ついには最近の円安につながり、家計は実質賃金のマイナスなどで大きな損失を被っています。

海外発の輸入インフレが起きた結果、海外への支払いが約20兆円増加しました。2022年度の経済成長率はおよそ2%でしたが、原油や天然ガスなどの鉱物性燃料輸入費を差し引くと、経済成長率は4%にまで高まります。円安の結果、余計な支払いが増え、経済成長の足かせになっています。日本で生産されたモノやサービスで得られた利益が、高い原油代などの輸入インフレによって海外に流出してしまうのは問題だと思います。

円安で輸出が増えるという話もありますが、以前と輸出の構造は変わっています。生産体制は各国での現地生産が進んでおり、日本からの輸出品は特殊な製品に限られるようになっています。何でもかんでも円安が良いという考え方を見直して、どのように円を防衛するかを考える必要があります。その意味では岸田政権になった時など、どこかのタイミングで金融緩和政策を見直す必要があったと考えています。

賃上げはなぜ必要なのか

──家計にお金を回していくために何が必要でしょうか。

日本経済は2005年頃には不良債権問題が解消し、国内投資に振り向ける余裕が生まれ始めていましたが、その後リーマン・ショックが来たことなどで、その機会を逸してしまいました。

企業の内部留保の増加を指して、「企業がお金をため込んでいる」といわれますが、企業の内部留保とは、利益から配当金を差し引いたお金のことです。従業員に賃金を支払った後に出るのが利益です。そのため、利益が出ているということは、従業員に賃金をあまり払っていないことを意味します。

従業員の賃金が上がらなければ家計は豊かになりません。家計が豊かにならなければ国内消費も伸びないので、国内投資も伸びません。

家計にお金を回す方法の一つは、国民が株式を購入して企業がもうけたお金の配当を受けることです。しかし、すべての国民に株式を購入してもらうわけにはいきません。そのため、もう一つの方法が賃金を引き上げることです。

春闘はもともと、1社だけ賃上げすると、その会社だけコスト高になることから、それを防ぐために業界各社が一斉に賃上げすることを狙いにしていました。1970年代のオイルショックに伴うインフレでは、春闘は物価上昇を抑制するメカニズムとして機能しました。

現在の状況を踏まえると、3月の春闘のためには、前年のインフレ率が直前の1月に発表されるので、その部分は空けておき、それにプラス何%という数字を秋頃の要求値にしてはどうでしょうか。

家計にお金を振り向ける

──家計重視の経済に転換するには?

近代経済学は血も涙もない市場メカニズムのための学問だと思われていますが、本来は家計の効用や満足度をいかに最大化するのを考える学問です。家計にいかにお金を回すのかを考えるのは経済学にとって当たり前のことですが、そうした当たり前のことが行われてこなかったといえます。

少子化が進むと生活インフラの維持困難など、さまざまな課題が顕在化します。国民生活を考慮しなければ日本経済はうまく回りません。そのため家計にお金を回すことが不可欠です。

統計を見ると消費が伸びれば投資も伸びる傾向が読み取れます。日本では高齢者が増えているとはいえ、一定数の若年層が存在します。若年層を対象にした住宅購入などの需要は必ず存在します。家計に着目すれば日本経済が成長する余地はあります。日本経済の好循環を実現するためには、政府と海外部門に流れたお金を家計に回すことが必要です。そのための方法の一つが賃上げなのです。

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