特集2024.01-02

2024春闘へ
賃上げを勝ち取る
変わる春闘の機能と役割
「後追い型」から経済成長の起点に

2024/01/17
物価高などを背景に春闘に対する期待が高まっている。春闘の果たす機能とは何か。それはどう変化してきたのか。2024春闘で求められることは何か。識者に聞いた。
ウー ジョンウォン 法政大学教授

春闘の四つの機能と変化

春闘には、四つの機能があります。

一つ目は、賃上げをすることです。それにより組合員の生活を安定させます。これは春闘の最も基本的な役割です。

二つ目は、幅広い範囲の労働条件を巡って労使が話し合うことで、緊張感ある労使関係を構築する機能です。

これら二つは、狭い意味での春闘の機能だといえます。

ただ、春闘にはこのように組合員に対して影響を及ぼす機能だけではなく、組合の外に影響を与える機能もあります。

その意味における三つ目の機能は、賃上げを社会に広く波及させることです。これは、労働組合が勝ち取った賃上げが労働組合のない企業の賃上げにも波及するというものです。歴史的にはこの波及効果が、社会全体の生活向上に大きく貢献してきました。

四つ目の機能は、マクロ経済の好循環を促進することです。企業が生み出した付加価値を労働組合が春闘によって分配することで、内需が拡大し、それによって新たな経済成長につながるというサイクルです。歴史を振り返ると春闘は日本の経済成長を促す役割を担ってきたといえます。

しかし、1990年代後半以降、春闘のこれらの機能は、2番目を除いて非常に弱くなってきました。背景には、日本経済そのものが成長力を失ってきたことがありますが、それだけではなく、企業の考え方が変わったこともあります。

その変化とは、分配に対する考え方が変わったことです。春闘が機能していた時代には企業は生産性三原則をよく守っていました。生産性三原則とは、(1)雇用の維持拡大、(2)労使の協力と協議、(3)成果の公正な分配の三つのことを指します。1990年代後半以降、このうち3番目の成果の公正な分配がおろそかになりました。その結果、労働者は生み出した付加価値の分け前を手に入れることができず、消費が低迷し、日本経済は悪い循環に陥りました。

企業の考え方が変わった背景には、株主重視のコーポレートガバナンスが広がり、労働者への分配が軽視されてきたことがあります。さらに発展途上国との価格競争を経営戦略の軸として選択したことで人件費カットが進んだこともあります。また、労働組合としても1990年代後半以降、雇用を守るという大義名分に押され、成果の配分を求める声が弱くなったことが挙げられます。

「後追い型」から先行投資へ

こうした中、春闘は変化を求められています。特に変化を求められているのは、四つ目のマクロ経済に果たす機能です。

これまでの春闘は、経済成長で生まれた果実に対して労働組合が要求し、分配してきました。つまり、経済成長がすでに実現した上で事後的に分配する「後追い型」システムだといえます。

企業が投資し、経済が成長する時代にはこれでよかったかもしれません。しかし、春闘を取り巻く情勢は変化しています。経済は長らく低迷しており、その理由の一つは、企業の投資不足です。企業の内部留保はこの10年間だけで250兆円増えました。DXやAIへの投資は先進諸国に比べて少なく、人的資本への投資も他国に比べて大きく見劣りします。

こうした状態では、かつてのような「後追い型」の春闘では、経済成長を促すことも、成果を公正に分配することもできません。そのため、発想を逆転させなければいけません。すなわち企業が率先して人的資本に投資をし、それをてこに経済成長を実現し、それをさらなる分配につなげるというサイクルです。従って、今までのように単に企業と経済が成長するのを待っていてはいけません。労働組合が企業に対して賃上げや人材確保など「人への投資」を促し、それを起点に企業の成長を実現するという発想が重要になります。

このように、春闘における「人への投資」が経済成長につながり、日本経済を停滞から脱出させる出発点となるのです。その意味で春闘が日本経済に果たす役割は、以前よりむしろ大きくなっていると捉えています。

労働組合はこのサイクルをリードする役割が求められています。労働組合が賃上げを積極的に求めることは、自分たちのためだけではなく、日本社会全体にとっても非常に重要だと認識してほしいと思います。このことを組合員や社会全体に広く訴えてください。

2024春闘の課題

2024春闘には大きく二つの課題があります。一つ目は、物価高への対応です。物価の上昇に賃上げが追い付いておらず、実質賃金が低下しています。賃金を物価の上昇に合わせて引き上げなければ生活レベルを維持できません。生活レベルが低下してしまっては、経済の成長も何もあったものではありません。

二つ目は、企業規模間格差の是正です。連合の2023春闘の最終回答集計結果を見ても組合員数1000人以上の賃上げ率が3.69%だった一方、100人未満の賃上げ率は2.94%でした。こうした中小企業において物価上昇を上回る賃上げを実現しなければ、日本経済全体の好循環にはつながりません。そのためには春闘の機能の一つである「波及効果」を発揮する必要があります。

波及効果を高めるポイントの一つは、価格転嫁の実現です。政府は11月末、労働組合の粘り強い活動もあって、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を取りまとめました。労働組合はこの指針を活用して賃金の底上げを実現してほしいと思います。

具体的には、この指針を産業別労働組合の取り組む産業別最低賃金につなげることです。すなわち、グループ会社や下請会社と産業別の最低賃金を交渉するのと同時に、指針をもとに単価の引き上げを交渉し、賃金の底上げを実現するという方法です。この取り組みを手掛かりに未組織会社の組織化を進めることもできるはずです。産業別労働組合としては、価格転嫁の担当者を配置し、サプライチェーンのチェックを行い、賃上げを促す春闘を展開していく必要があります。

春闘の波及効果をこのように高めるためには産業別労働組合の機能強化が不可欠です。産業別労働組合が役割を発揮しなければ波及効果は広がりません。そのためには産業別労組に一定の資源を割く必要があります。

組合員に何を伝えるか

日本経済が低迷から抜け出せるかどうか、今後5年くらいが非常に重要な時期になります。春闘はその中で重要な役割を担っています。春闘は自分たちの生活のためだけではなく、企業の未来、さらに日本社会全体の未来をつくっていくために必要です。春闘が「人への投資」を起点としながら経済成長と公正な分配につなげることで、社会全体が健全に発展していきます。労働組合はそうした自覚を持って組合員に春闘の意義を伝え、会社と交渉してほしいと思います。

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