特集2024.01-02

2024春闘へ
賃上げを勝ち取る
アメリカの労働組合運動は
なぜ活性化しているのか
日本の労働組合が
学べることとは?

2024/01/17
アメリカの労働組合運動が活性化している。さまざまな業種で労働組合が組織化される一方、ストライキを背景とした高い賃上げが実現している。背景には何があるのだろうか。識者に聞いた。
篠田 徹 早稲田大学教授

フェアではないという感覚

アメリカで労働組合運動が活性化し、高い賃上げなどが実現しています。背景には何があるのでしょうか。視点をどこまで広げるかで見方は変わります。

短期的な視点で見れば労働市場のひっ迫があることは間違いないでしょう。アメリカでは人手不足を要因とした労働市場のひっ迫が起きており、それを背景に賃金が上がっています。こうした状況でストライキを打てば、より効果的です。

しかし、視野を広げれば労働組合運動が活性化している要因はそれだけではありません。私が調べた限り、アメリカの労働現場に詳しい専門家は、異口同音に一般組合員の要求獲得に対する強い思いを指摘しています。

例えば、全米自動車労組(UAW)は、今回の労使交渉で、4年間で40%の賃上げを勝ち取りました。なぜ40%なのかというと、この間のCEOの報酬アップが40%だったからだといいます。格差や貧困が拡大する中、CEOの報酬は上がったのに、自分たちの賃金は上がっていない。これはフェアではない。そういう意識が強く働いたという指摘です。こうした感覚はアメリカ社会において重要です。

労働組合の民主化運動

問題は今なぜ、それが大きな力として現実的に現れたかです。そこで私が注目しているのが、いわゆる「民主化:democratization(デモクラタイゼーション)」です。これはつまり労働組合の民主化運動のことです。これを理解するためにはアメリカの労働組合運動の歴史を知る必要があります。

アメリカの労働運動が長らく抱えてきた問題の一つは、いわゆる「ボス支配」です。つまり労働組合の意思決定がごく少数のボスによって支配されてきた問題です。労働組合の規模が大きくなれば、その運動がある程度まで幹部請負的になるのは仕方ありません。アメリカの場合、特にエージェントと呼ばれる専門職が労働組合活動を運営していたこともあり、それが「ボス支配」の問題にもつながってきました。

この問題の根は深く、1920〜30年代までさかのぼります。例えば、トラック運転手の労働組合である「チームスターズ」は、「ボス支配」の典型でした。1957年にチームスターズの委員長になったジミー・ホッファはマフィアと手を組み、さまざまな不正行為を働きました。彼は、ジョン・F・ケネディの大統領時代に告訴され、その後、収監され、出所後に失踪しています。Netflixの映画『アイリッシュマン』でアル・パチーノがホッファ役を演じたことでも知られています。

実は、つい最近までホッファの息子がチームスターズの委員長を務めていました。彼は、2022年に交代するまで20年以上にわたって同労組の委員長を務めてきました。それがついに内外からのプレッシャーによって交代することになったのです。

これと同じことがUAWでも起きました。UAWでは2023年3月に新たにショーン・フェインが会長に就任しました。彼は、UAW史上、初めて行われた組合員の直接投票によって選ばれました。彼は組合の民主化運動の旗手でした。選挙の結果は僅差でしたが、今回のUAWのストライキの背景には、彼の当選があります。

チームスターズも同じです。チームスターズはUAWに先立って、ストライキを構えて交渉した結果、大幅賃上げを勝ち取りました。ストライキは結果的に実施されませんでしたが、要求を勝ち取れたのは、組合の本気度が会社側に伝わったからでした。組合側が一丸となれたのは、組合の民主化運動が実を結んだからだといえます。

勝ち取った成果

その結果、両組合は大きな成果を勝ち取りました。その一つが差別的な賃金制度の廃止です。アメリカでは2008年のリーマン・ショック以降、「Two-tier system(2層システム)」という賃金制度の導入が進みました。この制度は、ある時点の新規採用者から賃金が抑制される仕組みで、既存労働者と新規採用者で賃金体系を2層化するものでした。新規採用者の賃金が既存労働者の半分に抑えられるケースもありました。組合側はこれを差別だとして制度の廃止を求めてきました。今回、チームスターズとUAWは、この制度の廃止を勝ち取りました。今回の労使交渉で最も大きな成果だったといえるでしょう。

組合員のやる気を引き出す

このような成果を勝ち取れた背景には、現場の一般組合員の間に大きな不満がたまっていたことがありますが、大切なのはそれを実際の力に転換したことです。その意味で、アメリカの労働運動の活性化で最も注目すべきは、一般組合員のやる気を引き出したことにあります。労働組合が一般組合員のやる気を引き出したから、労働運動が活性化し、大きな成果を勝ち取れたということです。

一般組合員のやる気を引き出した具体的な方法の一つが、一般組合員による直接投票です。一般組合員が組織のリーダーを直接選ぶことで、組織に対する期待が高まりました。

組合員が組合の意思決定に参加する場はほかにもあります。例えば、アメリカでは労働組合の代表者が会社と締結した協約を批准するかどうか、組合員による投票が行われます。先のUAWの協約に関しても組合員による批准投票が行われ、結果は賛成が64%でした。つまり4割近くが反対しているわけです。

さらにアメリカには、コレクティブ・バーゲニング・チームと呼ばれる交渉団に組合員が参加する活動があります。こうした活動を通じて組合員が労働組合に対して期待を持てる状況が生まれたことが大きな成果につながったのだと思います。

また、政治的な後押しがあったことも指摘できます。バイデン大統領は労働組合寄りの姿勢を明確にしてきました。トランプ前大統領に奪われた労働者票を取り戻すためでもありますが、労働組合にとっては強い追い風が吹きました。

日本への示唆

アメリカのこうした経験から日本の私たちが学べることは、労働組合を活性化したいなら、組合員一人ひとりに組合の意思決定に参加する機会を与えるべきということです。自分たちのことは自分たちで決める。そういう運動のあり方が、組合員のやる気を引き出すことにつながります。

組合員一人ひとりに任せたら組合活動が混乱すると考える人もいるかもしれません。確かに最初は混乱するかもしれませんが、若い人を中心に労働組合に携わりたいと思う人も増えるはずです。組合役員は組合員をもっと信頼してもいいと思います。

労働組合は、人間的なスキルトレーニングができる絶好の場です。ここに若い人たちを巻き込むことができれば、大げさかもしれませんが、この国が変わることにつながっていくはずです。

組合員のやる気を引き出すためには、組合員が選べる状況をつくること。組合員が労働組合に期待できる状況をつくること。そういう運動が実現できれば、労働組合運動はおのずと活性化するはずです。

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