特集2024.05

つながりを生むレク・文化活動を考える
労働組合「レク」図鑑!
労働文化とは何か
助け合い・分かち合いが原点に

2024/05/14
レクリエーション活動を含む労働組合の活動が、文化活動だ。その文化活動は、労働文化の一つの表れでもある。では、労働文化とは何だろうか。識者に聞いた。
篠田 徹 早稲田大学教授

全電通の労働文化

情報通信産業は、いつの時代も先端産業で、そこで働く労働者、特に技術系の人たちは、いわゆるブルーカラーの労働者と異なる労働者意識を持っていました。電電公社にはたくさんの女性職員が働いていました。その中で情報通信産業の労働組合が、組合員を一つにまとめ、組合員としてのアイデンティティーを維持するのは簡単ではありませんでした。NTT労組の前身「全電通」は、教育宣伝活動にものすごい労力を注ぎました。組合員としてのアイデンティティーを持ちづらい環境だったからこそ、それをまとめるために教育宣伝活動に力を入れたのです。その結果、全電通としての「文化」が形成されたのだと思います。

労働文化が生まれた背景

労働文化という言葉は近年、なかなか使われないため、言葉の定義から説明する必要があるでしょう。

まず働くことにかかわる言葉として「work」や「working」があります。これは、「仕事」や「働く」と翻訳されます。価値中立的で機能的な表現だといえるでしょう。

一方、文化という言葉には、20世紀初頭まで大衆文化は含まれませんでした。それが変わったのが、1917年のロシア革命です。この革命を通じて大衆文化の重要性が認識されるようになります。

背景にはマルクス主義の考え方があります。マルクス主義によれば革命が起きるのは、技術革新や生産力の増大のような経済の問題が原因でした。それゆえ革命は技術力や生産力の高い先進国から起きるはずだと考えられていました。ところが実際は、産業化の遅れていたロシアで革命が起きてしまったのです。

これに困ったマルクス主義者たちはこの問題の原因を考えました。イタリアのマルクス主義者のグラムシは、獄中で次のように考えました。つまり、革命が起きる客観的な条件はそろっているのに、主観的な条件がそろっていない。革命を起こすはずの労働者たちが目隠しされているから革命が起きないのだと。そしてその目隠ししているものがアメリカの消費文化であると考えたのです。こうしたことから大衆文化の重要性が認識されることになり、カルチュラル・スタディーズという研究が発展し、働き方もその対象になりました。

労働文化の定義

カルチュラル・スタディーズでは、一般庶民が愛好するマンガのようなさまざまな事柄が研究対象になります。私はかつてカルチュラル・スタディーズの研究者から、この学問の対象は「wayoflife」だと言われました。つまり、人々の毎日の生き方・暮らし方のすべてが文化を表しているということです。

このように考えると、「workculture」「workingculture」という言葉には、働くことに関するあらゆるものが含まれます。例えば、長時間労働やハラスメントといった仕事の現場で起きていることも「workculture」として理解することが可能です。

しかし、「労働文化」は異なります。英語で「労働」は、「labor」と訳します。これは「work」よりも狭い概念です。

20世紀を代表する哲学者の1人ハンナ・アーレントは、人間の営みを「労働」「仕事」「活動」の三つに分けました。英語にすると「labor」「work」「action」です。このうち「労働」は、奴隷の行う自立性のない働き方に由来する言葉です。現代風に意味を捉え直せば、「へとへとになって働くこと」といえるでしょう。

他方、アメリカやイギリスでは、「labor」という言葉には、労働運動や労働党のような特定の価値観が含まれています。そこには働く人たちが助け合って運動を展開するという意味が込められています。

これらの視点を踏まえて私は労働文化を次のように定義しました。すなわち、「労働文化:laborculture」とは「助け合い分かち合いという価値観を大切にした労働者の生き方、暮らし方」という定義です。ポイントは、生き方、暮らし方を全般的に含んでいること。連帯的な価値観を大切にしながら毎日を暮らすことが労働文化であるということです。

日本の労働者と労働文化

労働文化が上記のようなものだとすると、日本にも労働文化は存在するでしょうか。私は毎年、大学の講義で、学生たちに「労働とは何か」を説明するために自分が説明しやすい映画やドラマを何でもいいから5本選んで発表してもらっています。すると興味深いことにだいたい二つのポイントが見えてきます。一つ目は、生活費を稼ぐため。もう一つが、仕事を通じて他者とつながること、連帯することです。学生たちの報告を聞いていると、日本にも労働文化は存在すると感じます。

では、労働文化を醸成するために大切ななことは何でしょうか。私は、一緒にいる感覚を持てること、いろいろなことを語り合い、その場にいると楽しくて一体感を持てることだと思います。戦後1950年代に労働組合を中心に全国で文化運動が盛んになったのは、それが楽しかったことが一つあります。当時は戦後から数年しかたっておらず、他に楽しいことがなかったため、労働組合などが行う文化活動が喜ばれました。

でも現代は楽しいことがあふれています。今、1950年代と同じことをしても喜ばれません。しかしだからといって労働文化の活動がなくなっていいとも思いません。大切なのは、今の時代に合わせた労働文化を醸成することです。

助け合い・分かち合いは楽しい

そこで私が考える最大の労働文化活動は、「賃上げ」と「組織化」です。アメリカで労働運動がなぜ盛り上がっているのかというと、一般の組合員が「賃上げ」や「組織化」に参加しているからです。それらの活動に自ら参加して、人々の意見をまとめて、会社と交渉して実際に会社や社会を変えていく。たいへんですが、とてもやりがいのある活動です。そこに若者たちが集まってきています。

他方、日本では「賃上げ」も「組織化」も執行部任せになっています。本来やりがいのある活動ですが、他人任せなので楽しくありません。組合活動の醍醐味は、何といっても会社と対等の立場で意見をいえることです。かつては団体交渉に組合員をたくさん動員したものですが、そういう機会も日本の労働組合活動から失われています。春闘は満額回答でも組合員が参加していなければ連帯感は醸成されません。

かつて文化活動が盛り上がったのは、それ自体が楽しかったこともありますが、それ以前に組合活動で一緒に活動し、連帯感を持っていたことの方が重要です。レク活動であれだけ盛り上がれたのは、それを楽しめる関係性が組合活動で醸成されていたからです。

労働者文化の根底には、他者とつながって助け合ったり、分かち合ったり、そういう生き方・暮らし方が楽しいと思えるような感覚があります。それを醸成するための活動はレクリエーションだけではありません。「賃上げ」や「組織化」に一緒に取り組む方が、効果が高いです。それができるのは、労働三権が保障された労働組合しかありません。だからこそ、現代日本における最も効果的な労働文化活動は、「賃上げ」「組織化」という労働組合のメインの活動に組合員に主体性を持って参加してもらうことだと私は思います。

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