特集2024.10

労働法の見直し議論の動向
デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーション
労使コミュニケーションが
議論の俎上に
労働組合がビジョンを示すチャンス

2024/10/11
厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」で労働基準法に関する幅広い議論が行われている。議論の柱の一つが労使コミュニケーションだ。この課題に注目が集まっているからこそ、労働組合は自分たちのビジョンを示す必要がある。
嶋﨑 量 弁護士

デロゲーションの登場

厚生労働省は今年1月「労働基準関係法制研究会」を立ち上げました。この研究会の目的は、今後の労働基準関係法制について包括的で中長期的な検討を行うことと、「働き方改革関連法」の施行から5年が経過して、その見直しについて具体的な検討を行うことです。この研究会は労働法学者など10人の有識者から構成されています。

研究会での議論は、大きく分けて、(1)労働基準法の労働者性、(2)労働時間制度、(3)労使コミュニケーションの三つに分類できます。

このうち、労使コミュニケーションに関しては、この研究会の前に「新しい時代の働き方に関する研究会」という別の研究会が昨年10月に報告書を出しています。この中で注目されたのが、労使の集団的な合意によって労働基準法の規制を適用除外にできる「デロゲーション」の拡大が議論されたことです。報告書は次のように述べています。

「企業においては労働時間と成果がリンクしない働き方をしている労働者については、労働者の多様で主体的なキャリア形成のニーズや、拡大する新たな働き方に対応できるよう、労働者とコミュニケーションを図り同意を得た上で労働時間制度をより使いやすく柔軟にしてほしいという希望も見受けられた」(18ページ)

デロゲーションに関しては、今年1月に経団連が「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」の中でも、その拡大を求めていたため、「労働基準関係法制研究会」の中でどのように議論されるかに注目が集まっていました。

研究会の議論動向

「労働基準関係法制研究会」の議論を見ると、全体として、デロゲーションが研究会の議論の中心になっているとはいえません。デロゲーションに関してはむしろ、複数の委員やヒアリング対象の連合や社労士会から懸念が示されています。労働時間規制に関しても上限規制を厳格化する方向での議論も出ています。

一方、9月10日に開催された13回目の会合では、それまでの議論のまとめの1項目として、「歩合給制との関係において、割増賃金についても、労使コミュニケーションの基盤がきちんとあることを前提に、一定の労使自治によるデロゲーションを認める余地があるのではないか」という記載があります。

しかし、現段階では各委員がさまざまな論点を提示しているに過ぎず、少なくとも、この研究会でデロゲーションが大々的に進められようとしている状況ではありません。今後どのような議論が展開されるのかは読めないというのが正直なところです。

労働組合からの発信を

このような議論状況を踏まえると、労働組合としては単にデロゲーションに警戒するだけではなく、自分たちのめざす労使コミュニケーションのあり方をむしろ積極的に発信していくべきではないでしょうか。研究会での議論では、経団連も含め、労使コミュニケーションの重要性と、その主体としての労働組合の果たす役割の重要性については異論がありませんでした。この状況をチャンスと捉え、労働組合から積極的に提言を行うべきです。

労働組合の組織化推進策や活動の活性化を進める上で、私は一例として次のような策があると考えます。

一つは、ワークルール推進法をつくって、その中で労働組合活動に関する啓発活動を行うことです。例えば、行政が労働組合活動の啓発を行い、労働組合の結成や加入を後押しすることが考えられます。労使コミュニケーションの好事例集をまとめるなど、経営資源としての労働組合の役割を経営者に伝えることもできます。

また、労働組合活動に対する便宜供与のあり方を見直すことも考えられます。例えば、就業時間中の労働組合活動をしやすくしたり、組合専従者の休業に関する制度を整備したりすることは検討課題になり得ます。さらに組合費の税法上の優遇なども考えてもよいでしょう。

さらには、労働委員会の実効性の確保や、不当労働行為を行った企業等を公契約から排除するなど、行政側の対応を見直して、労働組合活動を後押しすることもできます。

労使コミュニケーションの重要性に注目が集まっているからこそ、労働組合側からこうした活性化策を積極的に訴えていくべきではないでしょうか。

研究会から漏れている課題

他方、研究会の議論から漏れている課題もあります。

例えば、配置転換に関する課題がそうです。研究会では、テレワークや労働時間が議題に上る一方で、配置転換に関する議論がされていません。特に転居を伴う配置転換は、働く人の生活に大きく影響するにもかかわらず、日本では企業の強力な配置転換命令が認められてきました。テレワークを含めて働き方が変わる中で、配置転換のあり方を議論することが必要だと考えています。

もう一つは、正規・非正規の雇用形態間格差の問題です。これは「働き方改革関連法」における「同一労働同一賃金」にかかわる問題です。この問題は、5年前の法改正の中心的な課題でしたが、今回の研究会の中で取り上げられていません。雇用形態間格差が残っている現状を踏まえれば、正面から取り上げるべき課題です。例えば、パート・有期法の「不合理な待遇の禁止」に関する立証責任を使用者側に転換させたり、有期労働契約に関する入り口規制を導入したりする議論が考えられます。

さらには、研究会の中では、ジェンダー格差に関する議論もほとんど出てきていません。男女間格差が残っている現状を踏まえれば、より踏み込んだ議論が必要となるはずです。

ビジョンを示すチャンス

労働組合は、自分たちが取り組んだ活動の成果をもっと積極的にアピールしてほしいと思います。育児休業をはじめ、労働組合が勝ち取った労働協約が法律となってすべての人に波及した例にとどまらず、労使交渉の中で勝ち取ったさまざまな成果を発信してほしいと思います。また、労働組合が現在行っている労使コミュニケーションそのものの役割を発信することも大切です。労働組合があるからこそできることを丁寧に訴えてほしいと思います。

厚生労働省の研究会で労使コミュニケーションに注目が集まっている今だからこそ、労働組合は自分たちのビジョンを社会に示すチャンスです。労働側がこの研究会を「活用」する気持ちで向き合い、社会にアピールしてほしいと思います。そのことが安易なデロゲーションの拡大論の排斥にもつながるはずです。

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デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーション
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