特集2024.10

労働法の見直し議論の動向
デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーション
最低限の健康確保だけで豊かな働き方が実現できるか
「生活コアタイム」から労働時間を考える

2024/10/11
労働時間を規制する意義はどこにあるのだろうか。日本では、健康確保の視点からの議論はあるものの、生活時間を確保するという観点が弱い。「生活コアタイム」という観点から労働時間規制を考える。
圷 由美子 弁護士

──法がめざすものは健康確保だけ?

数ある労働条件の中で最も重要な項目は? と尋ねたら、皆さんは何を思い浮かべますか。私は、長年労働事件に携わってきた者として、「労働時間」を挙げます。なぜなら、時間とは「命の一刻」、私たちの命や人生や一部であり、かけがえのないものだからです。賃金は金銭で補填可能ですが、過ぎ去った時を戻すことはできません。また、時間は賃金を決定づける要素の場合もあります。そうした時間の本質に目を向けること、それが、労働時間規制の本質的意義を捉えることにつながります。

まず法の定めからみていきましょう。実は、法がめざすのは労働者の健康確保だけではありません。

労働基準法第1条1項は、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」と定めています。「人たるに値する生活」とは、働く人にとっての尊厳ある生活です。

労働契約法第3条3項は、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と定め、「人たるに値する生活」確保のため、「仕事と生活の調和」に配慮した労働契約の締結・変更を要するとしています。1日についても、生活との調和がとれる労働時間、翻って一定の生活時間の確保が求められているといえます。

しかし、現在の時間外労働の上限規制は1日単位ではなく、月や年単位、しかも、かろうじて過労死を防げるか否かの最低ラインです。

──あるべき労働時間規制とは

人の生活は1日単位であり、「人たるに値する生活を営む」ために、際限なき労働時間をせき止める壁として、1日単位の規制こそ必要です。そして、法が求める、生活との調和を図るために、私は「生活コアタイム」という理念を提唱しています。「生活コアタイム」とは、1日のうち最低限の譲れない生活時間帯を指します。連合総研の「勤労者短観(2020)」で、どの時間帯を確保したいか調査したところ(「生活コアタイムの必要性に関する調査」)、性別、子の有無を問わず、その時間帯が18時から22時であることが見えてきました。

さらに、この調査結果から、性別役割分業が可視化されたことは興味深かったです。同じく6歳未満の末子を持つ男女を比較したところ、女性の多くが、確保したい時間帯を17時以降としたのに対し、男性の多くはその時間帯を19時以降としているという結果が出ました。ここから、女性たちが保育園等のお迎えに走り、家庭にて夕食提供などを担うのに対し、男性はいまだ仕事、という状況がうかがえます。

そして、実際に生活コアタイム理念に共感してくれた広島県のある社労士が、担当企業で上記「生活コアタイム」調査を行ったところ、18時以降を生活時間として確保したいとの声が多く集まり、始業時刻を早める「スライドワーク」を導入、その結果、帰宅後、「生活コアタイム」を確保できるようになり、職員の満足度が向上したという効果が確認され、同企業は同県より「ワークスタイルカンファレンスグランプリ」に選ばれました。

このように、労働者が確保を希望する生活時間に着目し、その時間帯を確保する施策を講じることは、法の求める「人たるに値する生活」確保の実践であり、かつ、働く人のウェルビーイング向上の実現になるのです。

──労働時間については、もっと自由に働けるよう、規制を緩和すべきという声もあります。

労働時間規制の議論になると、毎回、このような声があがります。「生活との調和?そんなもの、自分にはいらない。仕事をする自由があるはずで、調和なんぞ強いるのは自己決定権の侵害。労働時間規制など、不眠不休で働きたい権利を奪う悪法だ」

この点、労働基準法第1条2項は、「労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」とし、労使双方に、労働条件向上を図るよう求めています。

法は労働者に対し、他者を出し抜くために、法の最低基準スレスレや法基準を下回る長時間労働をすることを許さず、労働条件向上に向けた公正な競争を求めているのです。自主的な脱法を許せば、労働者間に際限のない競争が生じ、結果的に労働者全体の労働条件低下を招くことになるからです。

生活時間の観点からすれば、労働時間規制には、労働時間が生活時間に流れ込んでくるのを防ぐという役割もあります。労働者には、職場以外の生活があります。労働者が属する場は、職場だけではありません。家庭、地域、社会という場で責任を果たす主体でもあります。労働時間規制とは、その人にとっての職場以外の生活の場における時間を確保するという意義もあるのです。

──労働組合に対する期待を。

労働組合は「36協定」というカードを存分に活用してほしいです。ご存じのとおり、36協定なしになされた時間外労働は違法であり、刑事罰の対象になるのであって、労働組合が当事者として握っている、この締結権の重みと責任を再確認し、仲間(組合員)の尊厳ある生活確保のために、時代に先駆けたアクションにトライしてほしいです。

労働組合にとって最も重要なものは組合員の生の声です。組合員が「人たるに値する生活」として何を求めているか、その声を正確に吸い上げる「組合員アンケート」を実施していただきたいです。そして、その中に、「生活コアタイム」の調査項目を加え、その集約をいわゆる「立法事実」として、会社と協議し、上記広島県の企業のように、具体的施策を勝ち取り、労働組合こそが、上記法の実践者であることをアピールしていただきたいと思います。

皆さんが、率先して生活時間確保を掲げ、組合員や職場全体のウェルビーイング向上の好事例を実現し、それを他の労働組合に横展開することが、社会を動かす原動力となり、かつ、労働組合の存在意義を改めて知らしめることにつながります。ともに実践していきましょう。

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