特集2024.10

労働法の見直し議論の動向
デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーション
働き方改革は"道半ば"
働く者を守る観点での見直しを!

2024/10/11
労働基準法の見直し論議に対して連合はどのような姿勢で対応していくのか。労働法制を担当する連合の松永優紀・労働法制局部長に寄稿してもらった。
松永 優紀 日本労働組合総連合会(連合)
総合政策推進局
労働法制局部長

日本における長時間労働などによる過労死の問題を深刻に受け止め、これまで実質的に青天井であった労働時間に罰則付きの上限規制を課した「働き方改革」は一つのターニングポイントとの見方もなされています。実際にスタートしてから5年が経過した今、その成果と課題を検証し、実効性を高める見直しが求められます。

1.働き方改革から5年、職場は変わったか

2019年4月から働き方改革関連法が順次施行され、現在では、すべての業種で時間外労働の上限規制などがスタートしました。同法附則の検討規定には、施行から5年後に施行状況を検討した上で所要の措置を講ずることが明記されています。

連合でも、労働者の実感からみた効果検証を行うため、「『働き方改革』(労働時間関係)の定着状況に関する調査」(2024年7月)を実施しましたので、その結果から現状と課題を確認していきます。

(1)時間外労働の上限規制

まずは時間外労働の上限規制については、罰則付きの規制となり「36協定」の意義が一層高まった一方で、「残業には36協定の締結が必要」との認知度は49.2%(2024年)にとどまり、2019年(55.3%)よりも低下しています。また、36協定を締結する過半数代表者の選出についても、不適切な選出方法があわせて51.4%に上り(図表)、2019年(55.7%)と比べてもあまり改善していません。結果として、「不払い残業(サービス残業)がある」との回答も全体の約3割を占めるなど、違法な長時間労働が少なくない現状が明らかになりました。

時間外労働は、あくまでも例外的に命じられるものであり、適切に選ばれた過半数代表者との36協定の締結が不可欠であるとの理解が十分に浸透していないことは大きな問題です。さらなる周知の徹底、過半数代表制の適正化と厳格化の取り組みを進めることが必要です。

図表

※2017年、2019年、2024年で調査対象が異なるため、2024年の調査対象者にそろえて再集計している

(2)年次有給休暇(年休)の取得状況

「年次有給休暇の年5日の取得義務化」について、「取得しやすくなった」(20.5%)との回答の一方で、「5日取得できていない」(11.3%)、「5日取得できても特別休暇が減らされるなど、あまり意味がない」(12.2%)といった課題も多く指摘されています。特に、契約・嘱託・派遣で働く者からの回答では「取得しやすくなった」が9.0%と非常に低くなっています。

まずは義務化された年休の年5日取得を徹底すべきですが、雇用形態の違いなどによって十分に取得できていない現実も直視すれば、誰もが気兼ねなく年休を取得しやすい職場環境の整備を一層促すことが必要です。

本調査以外にも、連合には労働相談などを通じ、長時間労働やハラスメントなど数多くの相談が寄せられており、今も職場で困難に直面している労働者が多い現状を踏まえ、監督指導の一層の徹底、法規制の見直しなど改善を進めていく必要があると考えています。

2.働き方改革に関連した厚労省における検討および経団連の提言

一方、国や経団連からは社会経済の変化、働き方の多様化などを踏まえた新たな労働基準法制に関する意見提起がなされています。

(1)厚生労働省における見直し・検討の動向

(1)新しい時代の働き方に関する研究会

厚生労働省は2023年3月から「新しい時代の働き方に関する研究会」を開催し、同年10月に報告書(以下、新時代研報告)を公表しました。新時代研報告では、労働基準法制の従来の「守る」役割の重要性を指摘しつつも、個別・多様化する働く人の希望を反映させる「支える」役割が強調されています。その上で、多様な働き方、自発的な能力開発やキャリア形成を「支える」ためには、労使による規制緩和が可能となるような制度見直しが必要であることも示唆しています。

(2)労働基準関係法制研究会

その後、厚生労働省は今年1月より、新時代研報告も踏まえつつ、労働基準法制の包括的かつ中長期的な検討とともに、働き方改革関連法の見直しに向けた検討を行うため、学識者による「労働基準関係法制研究会」を開始しました。同研究会では、事業や労働者の概念、最長労働時間規制、労働時間からの解放の規制、過半数代表制をはじめとする労使コミュニケーションなど幅広いテーマに関する議論が続けられています。勤務間インターバル制度の導入義務化や、連続休日勤務に対する規制といった労働者保護につながる意見がある一方、在宅勤務における新たなみなし労働時間制の検討や、副業・兼業時の割増賃金の労働時間通算は不要にすべきといった長時間労働の温床になりかねないような意見も出ています。

(2)経団連「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」の公表

また、今年1月には、経団連が「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」を公表しました。同提言では「労働者の多様なニーズへの対応」をうたい、過半数労働組合がある企業であれば、労使自治による労働時間規制のデロゲーション(規制の例外)を拡大すべきとしています。また、選択制の「労使協創協議制の創設」も提唱していますが、労働組合のように団結権等の基盤もない仕組みの下で、対等な労使交渉が担保され、労働者の意見を適切に反映できるのか、使用者により導入を強制されるのではないかなど多くの問題が考えられます。

3.真に働く者のための労働法制の確立に向けて

2.で紹介した厚生労働省の研究会の一部の意見や経団連の提言では、労働者の多様なニーズを理由に、一定の労使合意の下での規制緩和の必要性に言及されています。しかし、依然として職場では労使の力関係の格差がある中、労使合意の下での「規制緩和」を可能とすれば、労働者がより過酷な働き方を強いられかねません。そもそも労働基準法は最低基準を規定したものであり、それを上回る多様な働き方は現行制度でも可能です。働く者の命と健康を脅かしかねない最低基準の緩和は断じて行うべきではなく、今後も最低基準としての労働基準法の役割は堅持すべきと考えています。

そもそも労働者のニーズだけではなく苦情や職場の課題といった声を反映させるためには、労使対等を実現するための基盤の強化が不可欠であり、そのためには団結権等が保障された労働組合による集団的労使関係の構築・強化こそ促進すべきです。

2024年は、自動車運転者や医師、建設業で働く者にも時間外労働の上限規制が適用されただけでなく、過労死等防止対策推進法の施行から10年の節目でもあります。働き方改革は、働く者の命と健康を守るために、この間、進められてきましたが、見直し論議に乗じて、労働者保護の流れに逆行しようとする意見も聞こえます。真の働き方改革のためには、まずは働く者を守る観点での検証と見直しを丁寧に進めることが重要であり、連合として、働く者の実態と実感を踏まえた検証も進めながら、働き方改革関連法の実効性を高めるための見直しが進むよう、今後も、政策と運動の両面での取り組みを展開していきます。

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